二章 11話
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[王国暦426年9月上旬]
王都の正門、アンデルは立派な体躯を持つ馬の横に立ち、広大に広がる平原を見つめる。東の先、地平線が曙色に染まり始めている。
「アンデルさん、お待たせしました」
門の中から、馬を曵きトマスが出てくる。
「おはようございます、トマスさん。早速ですが出発しましょうか」
二人は轡を並べ静かに進み始める。
「今回の旅程ですが、あまり細かくは決めていないんです。まずは街道伝いに途中途中の街に寄りながら東へ進みます。目的地は旧国境のベルク要塞跡地です。できればその近辺で野営も考えています。ベルク要塞まではゆっくり行って五日ぐらいでつければいいかなと」
進みながらアンデルは今回の旅の行程を伝える。いかんせん急な参加だったのでまだ何も説明していなかった。
「なるほど、まずはベルク要塞跡地ですね。わかりました。あぁ、こう見えて私も乗馬には慣れてますので、ご安心くださいね。私はまだ船を持っていないので、南部の移動は基本的に馬でしてね。若いころからずっと馬にまたがってきました。まぁ荷物を載せて曳く事も多かったですがね」
「それは心強いです。あと、王国領内は比較的安全だと思っていますが、旧帝国領に近づくと正直どんな状況か分かりませんので注意してくださいね。何かあった時、緊急時には必ず私の側に来てください。こう見えて私は強いですから。ふふ」
「わかりました。そのときは、荷物を捨て置いてでもお側に参ります。ははは」
こうして諸々を確認し合いながら二人は進んでいく。
王都周辺は、ドナティア平原と呼ばれる土地が広がっており王国を支える一大穀倉地になっている。王国北部に連なる山脈から平原に向かい多くの川が流れている。それらは途中で離散合流を繰り返しながら西の海へと辿り着く。その中間地点に王都ドナティアは据えられており、水と食料に恵まれている。
太陽はすっかりと天高くに位置し、昼時を示している。
「トマスさん、このあたりでお昼を取りましょう」
「そうですね。私も久しぶりの馬で少々疲れた所です」
アンデルは馬から下りると、馬から荷物を外す。荷物から桶を二つ取り出すと、自分の馬とトマスの馬の前に置き、そこに魔法で水をなみなみと注ぐ。馬の顔を少し撫でやると、すぐに鍋と鍋を吊るす三脚を取り出す。近くの地面に三脚を立てそこに鍋をかけ同じく水を注ぐ。鍋の下の空間に結界魔法を蓋のない箱のような形で展開し、その中に火魔法を発動し湯を沸かし始める。これは持続型の火魔法で発動者の意思が無ければ基本消えないようになっている。
「いやぁ、アンデルさんすごいですね。思わずみとれてしまいました」
トマスは、アンデルのあまりの手際の良さに手伝うこともできず眺めていた。
「はは、これはその、慣れといいますか。良くやっていたんですよ」
「いやそれにしても、素晴らしい手つきに感動しました。それに、改めて魔法とはすごいもんだと感心しました。実は旅用にと水袋も持ってきたんですが、アンデルさんが一緒だと必要ありませんな」
「そうですね、水に困ることは無いと思います。ちょっと打ち合わせの時間も無かったので申し訳なかったです」
少々照れくさそうにアンデルは火を見つめる。水が沸き始めたのを確認すると小さな四角い塊を鍋に二つ入れかき混ぜ始める。
「ほう、それはお湯に溶かすとスープになるんですか?いやいや驚いてばかりです。あぁ、パンは私も持ってきていますのでそちらをお出ししますね」
そうして、二人はそれぞれの器にスープを入れ食事を始める。
パンをかじっているアンデルを見つめながら、トマスは静かに話しかけ始める。
「アンデルさん・・・。今回、無理なお願いをし、同行させていただいた事改めて謝罪と感謝をさせてください」
頭を下げるトマス。
「大丈夫ですよトマスさん。僕も一人では不安なこともありますし、心強い方と一緒で安心している部分もあるんですから」
手を振りながらアンデルは答える。
「いえ、なるべく早いうちにお話をしておかないといけないと思っていたんです。同行させていただけるのであれば私のことを知ってもらう必要があると思いますので」
いつものようなおおらかで、気さくな感じはなく真面目な表情でトマスは話を続ける。
「私のようなしがない商人がなぜアンデルさんに同行を頼むのか、不審に感じていると思います。・・・、正直に申しまして、私は少し以前よりアンデルさんについて調べていました。丁度吸血鬼の噂を耳にした頃からです。街での噂や色々な店で見聞きした話をまとめていました。アンデルさんが、軍にいらっしゃったことも存じています」
その言葉にアンデルは一瞬だけ体を硬くする。
「最初はささいな好奇心でした。しかし、初めてお会いしてから、何度かお話をするうちに、私はあなたに若い頃の自分を重ねて見るようになっていました。以前若い頃の弟のようだと話しましたが、よくよく考えるとそうではなく、まるで自分のようだと思えてきました」
アンデルはトマスの目をじっと見つめる。
「一見すると、世間知らずなまだ未熟な若者に見えるのですが、あぁすみません、でもあなたのなかにはも少し暗い闇があるのではとも思えたのです。世間知らずではなく、世間に興味が無い、他者や、いや自分自身にさえも興味が無いんじゃないかと。まるで達観した世捨て人のように見えたのです」
「トマスさん・・・」
アンデルは言葉をのみ込み、話を待つ。
「私が親やすべてを失い自暴自棄になったとき、一切がどうでもよくなった時期がありました。私の場合、それでも弟達がおりましたので、何とか立ち直りましたが。そんな危うさを、アンデルさんの中に見た気がしました。ならばこそ、アンデルさんの横で手を差し伸べることぐらいならできるかもと思いました。もちろん商人なりの下心もあるのは間違いないと思います。勝手な思い込みでこのように失礼を重ねているのは承知しています。よければ、少しでも私を信用いただければ、何なりと頼っていただければ、何にでも使ってやっていただければと心から思っています」
トマスはまたアンデルに頭を下げる。
「トマスさん。以前トマスさんがしてくれたように、僕も少し昔話をさせてください。
私は産まれた瞬間に孤児となりました。産まれた村の神父に養われ、命は救われました。三年間、その神父に育てていただきそこから王都の孤児院に入ります。その頃には私は魔法を発動していました。貴族にしか使えないはずの魔法を平民の孤児が魔法を使った事は、周りの大人達をおおいに驚かせたと思います。そこから、教会によって私は特別扱いを受けるようになります。他の孤児よりも手厚い援助を受けました。孤児の仲間たちからは、ごく一部の子を除いて僕から距離を置いていました。多分怖かったんだと思います。初等学校でも似たような感じです。勉学についてもそれなりにでき、更に魔法が使え、教会の影がいつも見える。そんな子供に近寄ろうとする子供はほとんどいませんでした。初等学校を終える時、教会の方々から、魔法を最も輝かせるならまずは軍に行くべきと勧められ、教会にお金を出してもらい士官学校へ入ります。そこでは、当然のように貴族の魔法師たちに目をつけられました。小さな嫌がらせから、直接的な暴力まで。でも平民は貴族に逆らえません。なるべく関わらないように、近寄らないように三年間ひたすら座学と訓練だけに集中しました。その生活のなかで、僕は自分自身が周りに比べて圧倒的に強い事を知りました。同年代では僕にどうやっても敵わないことを自分自身理解し始めた時、自分が周囲からものすごく離れた場所にいるような感覚になりました。すごく悪い言い方ですが、こいつらなんかいつでも殺せる、そう思いました。それからは何も恐ろしく無かったですし、逆に他の人への感心も全く無くなりました」
トマスは目を見開きアンデルをぐっと見つめる。手もとの水を軽く口に含み、アンデルは続ける。
「軍に入隊し、配属された先で僕は大きな衝撃を受けます。平民だけの隊でしたが、上官や仲間達はまず私の魔法を便利な道具だと笑い、めちゃくちゃこき使われました。今まで距離を置かれたり妬みのもとだった魔法が、めちゃくちゃこき使われるんです。本当に驚いたしうれしかった。それに自分はまだまだ弱いことも教えてもらいました。魔法は使わなかったですが、鍛錬で隊長や年配の上官からボコボコにされるんです。めちゃくちゃ強かったんです彼ら。あの時、自分が恥ずかしくなりました。勝手に斜に構えて格好つけてただけかも、って。それからも隊の皆に可愛がられ、こき使われ、まるで家族といるようだと思うようになり、この人たちを守りたいと、思いました」
懐かしむように笑うアンデルを、トマスは目を細めながら見守る。
「でも、結果的に家族の多くを失いばらばらになりました。皆から離され、目の前にはまた魔法だけが残ったんです。また・・・。トマスさんにお会いしたのはそんな時です。トマスさんが僕を世捨て人のよう、と仰ったのは間違いないことだと思います。周りはどうでも良かったのかもしれません。世間知らずとおっしゃったのも、きっとまた、誰も怖くない、自分は何があってもどうとでもできるとその気持ちが出てきてたせいもあると思います。
話が長くなってしまいました。今の僕はトマスさんを信用するしないとかまで考えてないかもしれません。裏切られようが、だまされようが、何とでもできるって・・・。そう考えているんだと思います。それが僕の闇、だと思います。
すみません、ちゃんとした答えにできないんですが、僕は決してトマスさんを疑ってるとか不審に思って警戒しているとか、そのへんは大丈夫です。
さぁ、旅は長いので、ゆっくりと行きましょう」
二人は片付けをし、口数少なく東へと進んでいく。




