一章 1話
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[王国暦426年6月2日ーーベルク要塞]
要塞の城壁に設置されていた見たことのない兵器。要塞にたどり着き最初の攻撃態勢に入った時にその兵器が目に飛び込んできた。戸惑いはみなあったが、それでも攻撃命令は解除されなかった。アンデルの先制魔法から続けて後方の貴族の魔法師から集中魔法が放たれる。攻城戦のいつもの戦いの始まりだった。けれど、魔法は城壁に近づくにつれ弱くなり城壁手前で消滅した。しばらく同じような攻撃を続けたが結果はみな同じだった。
そこから一週間、戦線は膠着していた。そしてしびれを切らした旅団長の命令により先鋒大隊に、城壁および城壁上の未確認兵器の破壊が下命される。親衛魔法旅団の強さは魔法による遠距離攻撃。接近戦は全く想定していない。相手の矢や帝国が最近使い始めた大砲などの火薬兵器も魔法と比べるとその飛距離は劣っていた。その優位性から魔法の一方的な攻撃で一気に殲滅する。しかしこの時の命令は、そうでは無かった。
親衛魔法旅団は、魔法師である貴族によって構成された魔法に特化した軍団。戦場においては様々な政治的な配慮もされつつ圧倒的な火力を持って制圧していく、王国軍の要でもあった。遊軍的な取り扱いが多く、一般の師団では対応が難しい状況など特定の場面で重用される。その旅団にあって先鋒大隊はやや特殊な立ち位置である。全て貴族で構成されている為、危険な状況等に対応出来ない場面も生じてしまう。そのため旅団付きという形で平民によって構成されたものが先鋒大隊であった。いわば貴族のための肉の壁であった。
新兵器破壊の命令が下されたのち、大隊長、大隊参謀長、各中隊長の計6名にて軍議が行われた。
「エルベール。命令撤回の上申は済んでいるのだな」
最初に発言したのは、大隊参謀であるフレデリクであった。問いかけられたのは大隊長であるエルベール。
「無論だ。命令を下されたその場でな。攻城兵器も持たず敵の三分の一の数で何が要塞を攻略だ。貴族様たちに大きな声で問うたわ。少なくとも他の師団へ援軍要請を行なってからでは無いとあまりにも無駄だとなぁ。」
震える大隊長の顔は紅潮している。間を置き少し息を吐くと続けた。
「『我らが援軍を請うのに、血の一滴も流さず請うたのでは申し訳なかろうよ』そうお貴族様はのたまった」
少しの沈黙。武骨なテント地で作られている幕舎の中にランプの軸がジジッと燃える音だけが響く。炎の揺らめきがすきま風によってより強くなる。
「ならば血を流すしかあるまいて」
そっと小さく、それでいて軍人らしい野太い声で呟いたのは一人の老兵。第二中隊長ヴィルジールであった。その人生の多くを帝国との戦場に費やし、数々の歴史を目撃してきた一人でもある。ただ前線に身を置く事のみを是とし、今もなお隊の先頭を駆け続けている。二十年程前、戦場で当時二十代だったエルベールと出会い彼と意気投合したヴィルジールはそれからそばで戦場に立ち続けている。
「お前も、いや、皆もわかっておろうて。どんな阿呆でも魔法が使える特別なお貴族さんには逆らえん」
「ヴィルよ、いやそうだな。フレデリク、流す血の最も少ない方法を今すぐ考えろ」
大隊長の無茶な問いにフレデリクはうつむく。皆がフレデリクを見つめる。沈黙が続く中、フレデリクは額に大粒の汗をためながらそっと顔をあげる。
「私はヴィル殿程ではありませんが、それなりに長く大隊長殿と戦場を駆けてまいりました。今ほど私の無力を呪ったことはないでしょう。ただ、隊の参謀として、職務として軍命にのっとった策を一つだけ提案させていただきます。エルベール、あなたは決して受け入れないでしょうが」
再びフレデリクはうつむく。残りのものは皆息を呑む。
「かまわん。言ってくれ」
覚悟を決めたようにエルベールは続きを促す。
「内容は単純です。城壁に鎮座するかの兵器をこの七日ほど観察してきましたが金属でできていることぐらいしか分かりませんでした。当然魔法も使えない私には仕組みも何も分かりません。あれを破壊となれば近接距離から何とかするか、城壁を崩し落下させ壊すかといった方法しか思いつきません。もしくは極めて近い距離からであれば魔法が使える可能性もあります。なんにしろ近づいて壊す、これしかないでしょう。そこで明日夜襲を行い一気に近づきます。近づいた後、……アンデルの持つ高出力魔法で破壊する。これが最も可能性の高い作戦です。破壊後はすぐさま撤退し本隊の魔法攻撃を待ちます」
その作戦の困難さは誰にでも理解できていた。困難な命令を受けているうえ、他に打つ手は無かった。そして、その作戦であれば最も敵に近づくアンデルは死ぬだろうと、その場の全員が理解していた。
「私は賛成であります。大隊長」
沈黙を破るように声をあげたのはアンデルであった。
「これまで大隊長には私の異常な立場を配慮いただき、いえ、一切配慮いただくことなく通常通りの扱いをして頂いたこと深く感謝しております。もし本当に私が神の奇跡の体現者であるなら明日の作戦もまた上手くいきましょう。また、上手くいかなかったとしても私は晴れて平民の子として名を遺してゆけるかと思います。どうかこの作戦を実行いただければと思います。」
アンデルは確かに、この時死を覚悟していた。平民でありながら魔法が使える特殊性によって、好奇の目に晒されてきた。教会の後押しで魔法師として軍の道を進んできたが、そこでは貴族魔法師から陰湿で執拗な嫌がらせを受けてきた。それでも三年前辿り着いたこの大隊は違っていた。成り立ちがそもそも捨て石のようなこの隊の中で、アンデルはまるで大きな家族の中にいるような安心感を得ていた。皆、魔法が使える事をただただ便利だと純粋に褒めてくれ、しかし常に一軍人として厳しく指導を受けてきた。家族のためなら自分の持つこの力で、全力を投げ出してでも守りたいと思った。アンデルはこのとき、すべての覚悟を決めた。




