二章 10話
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[王国暦426年9月上旬]
アンデルとヴェスペリオが酒を酌み交わしている頃、王都の安宿の一室。
『・・・。
もうしばらくドナシオン王国滞在を延ばすことにした。その間も店は二人に任せる。
少し気になる人物を見つけた。まるで若い頃の私のような男だ。危うさを抱えながらもまっすぐな男だと思う。何がかは分からないが、どうしても気になってしまってね。こちらの商売はまだ上手くいきそうに無いところで申し訳ないが、そいつに少し賭けてみたいと思っている。店の損にはならないように、線引は気をつける。そちらの事は頼んだ。』
「ふぅ。こんなもんか」
トマスは、弟二人への手紙を書き上げる。
「元軍人、英雄にして研究所所長の十八歳。危険な匂いしかしないが、勝負に出られる余裕は今しかないかもしれん。何かのきっかけにでもなってくれればそれだけでも構わん」
トマスはここ数日、アンデルについて調べていた。昨日の晩、王都北東に広がる官庁街と南部を分ける大通りから南に二筋程入った所にある小さな食堂での事。
『なぁ、ついに先鋒大隊の解隊が発表されたな。まぁ、エルベールさんにフレデリクが辞めたから仕方ないといえば仕方がないが』
『そうだな。にしても俺はアンデルが不憫でよ。軍にいれば間違いなく出世出来ただろ。勲功第一、それにあいつの力ならすぐに大隊長、将来は将軍コースだろうよ』
『間違いない。なんで研究者何かに回されなきゃいけないんだよな』
その店は軍人が多く通う店であった。たまたま入った店で小さな声で不満が漏れ聞こえてくるのをトマスは集中して拾っていく。
「勲功第一・・・、大戦後市井に発表されたというあれか。確か『若き英雄の活躍で勝利に導かれた』か、名前は発表されていなかったはずだが、それがアンデルだったか」
トマスは集めた情報や噂話を頭の中で整理していく。
「若き英雄、天才魔法師、吸血鬼・・・」
すべてが綺麗に繋がりアンデルを指し示している。その事をトマスは完全に理解してはいる。
「しかし、本人を知ってしまうと噂や肩書が全く不釣り合いだってことも理解しちまう。英雄譚なんて今も昔も、飾り付けられた話だってことは分かってるが、戦争での活躍は間違いないんだろう。それに吸血鬼の噂だって最後の吸血鬼ってところ以外は概ね違ってもいない。けれど、どれもこれも真面目な青年が愚直に進んだ結果に過ぎないってのが正解なわけだ。それに吸血鬼の噂が急速に変わってきてやがる。『医学部で新たな発見が近いらしい』『医学部での研究に沢山の血が使われてるらしい』か。あからさますぎるだろ」
それでも、とトマスは思う。「あいつのそばにいれば何か見れるんじゃないか」と。トマスは覚悟を決めつつあった。
翌朝アンデルは旅の準備を始める。
「と、やる気を出してみたけど、あまり準備することないな。食料は基本途中の街で食べるとして、水も問題なし。あぁ、念のため野営道具も持っていかないといけないか。あとは予備の衣類ぐらい・・・。馬か、馬を借りないといけないな」
そうして必要なものが決まりアンデルは街へ出ていく。
いつもの仕立て屋で既製品の衣類を一着購入し、正門近くにある貸馬屋に向かう。王国内の都市の多くに店を構えており次々と馬を乗り換えていけるサービスであった。また貸馬屋はあわせて手紙などの配達もやっており、ポストホースとも呼ばれることがある。
「すいません、明日朝から一頭お願いしたいのですが」
店の従業員に声をかける。
「はいよ。明日朝だね、うん空きもあるし大丈夫です。名前と連絡先をここに書いてください」
手渡された帳面に名前と大学の住所をつづっていく。
「馬の種類はどうします」
「えーっと、軍馬に近い頑丈なのがいいんですが」
「お客さん、馬の扱いは大丈夫なんですね。軍馬となると少々クセがつよいですけど」
「大丈夫です。馬は慣れてますので」
「わかりました。ならそういつで明日の朝用意させてもらいます」
手続きも終えもう昼か、と店を出ようとすると外から扉が開けられる。
「おや、アンデルさん。こんなところで奇遇ですね。アンデルさんもお手紙でしたか?」
「こんにちは、トマスさん。いや僕は馬を借りに来たんです」
「馬ですか。どちらか、遠くにでも出られるんですか」
「そうですね、しばらく、東の方へ向かうことになったんです」
「っ!あの、アンデルさんちょっとお待ちいただいても?この手紙だけ出してきますので、少しお話をよろしいですか」
「はい、今日の用事は一通り済んでますので、かまいませんよ」
それを聞くとトマスは急いで店の従業員に手紙の配達を依頼する。
「お待たせしました、どこか近くでお昼にでもしましょう」
そう言うとトマスはアンデルの先に立ち近くの店を探す。
「そこの屋台でもよろしいですか」
トマスは振り向きアンデルに尋ねる。
「えぇ、構いません」
二人は料理の注文をし、外に並ぶ椅子に腰掛ける。
「すみません唐突にお誘いしてしまい。それでアンデルさん、東の方へしばらくというのは?」
珍しく前のめりに尋ねてくるトマスの様子に少し驚きながらもアンデルは答える。
「実はまぁ、研究の関係で旧帝国領をしばらく回ろうと思ってまして。大学にも許可を頂けたので、明日から出かけようと準備していたんです」
「明日から、ですか・・・」
今自分は、唐突に覚悟を求められている。そう感じながらトマスは必死で考える。
「あのアンデルさん。ご無理を承知でお願いしたいのですが、その旅に私も同行させていただけないでしょうか」
トマスが机に額がつくほど深く頭を下げる。アンデルは突然のトマスの依頼に驚き言葉が出てこない。
『えっ、なんでトマスさんが僕と?どうしようか、いろいろと具合が悪い気がするしお断りした方が・・・』
「決してアンデルさんのご迷惑にならないよう注意します。また各都市で必要な細々した手配など何でも私のほうでさせていただきます。もちろんそういったものの手数料などはいただきません。私も、この王都でなかなか上手くいかない状態でしたので、そろそろ王国の別の場所もと考えていたんです。せっかくアンデルさんとお知り合いになれた時に、偶然にもアンデルさんが東に向かわれると。もう今しかないと思い、無理を承知でお願いしております」
トマスはいつもより早口で一気に説明すると再び頭を下げた。その尋常じゃない勢いにアンデルは押されていく。
「あの、トマスさんとりあえず頭を上げてください。えっと、まず僕は馬で行く予定なので、トマスさんは馬に乗れるかと、野営をする可能性もある事。あと、そうですね、少し秘密のこともあるかもしれませんのでそのときは離れて貰うこともあります。正直言えば一人で行きたいとは考えていますが、どうですか」
「おっしゃる事すべてアンデルさんの望むままに対応させていただきます。どうかこの通り」
「あぁ、困ったな。そうですね・・・。まぁ、わかりました、トマスさんには僕もご迷惑をおかけしたので、ご一緒しましょうか」
「ありがとうございます。アンデルさん。アンデルさんのご厚意に感謝報いるためにしっかり働かせていただきます。では、これから明日の準備をしてきますので失礼します」
残っていた食事を一気にかきこみ立ち上がると走って離れようとするが、立ち止まりこちらを振り向く。
「明日日の出の鐘に正門でよろしいか」
大きいな声で思い出したかのように尋ねるので、アンデルは慌てて頷く。それを確認するとトマスはまた駆け出していった。
「すごい、時間はまだ決めてなかったのに」




