二章 5話
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[王国暦426年8月29日ーー王立中央大学]
大学内で桶を晒しながら歩くのはまずいと考え、鶏の血で一杯の桶を、仕立て屋で買った布地で包み隠しながらアンデルは研究室に戻ってくる。
「さて、準備だな。もし仮に、あの時のような強力な魔法が出てしまった場合大学どころか、王都の一部が消えてしまう。光の照射魔法にしたいところだが、怖いな。うーん、そうか、結界魔法でまず囲んでなるべく弱い魔力を流す感じか」
そう言うとアンデルは部屋の一部に結界を構築する。防御魔法であったが、自分自身の魔法を上手く相殺できるか自信はなかった。続けて、桶と布地を持って結界の中へ入る。結界内に布を広げ、そのまま手を当てる。
「うん。魔法は発動されない。次は水魔法で布地を濡らしてっと、よし。やはり濡れた布からも、弱いけど光が出る。で、最後にこれか」
桶を持ち、布の上に少しずつ血を流していく。濡れていた布地に血が水と混じりながら広がり薄い赤色に染まっていく。結界内に血の匂いが充満し始める。
「うっ、匂いがきつい。逃げ場がなくて溜まってるのか。我慢だ。何とか一回試さないと」
立ち込める血の匂いのせいか指が震える。それでもアンデルは先へ進むために作業を続ける。
「よし。さっきと同じくらいの魔力で」
アンデルは眉間に皺を寄せながら、赤く染まる布に手を置く。そしてそっと魔力を込める。
「あっ!」
結界内を光が眩しいほどに照らす。水だけの時とは明らかに違う光の強さだった。目を細めながら確認したアンデルがそっと手を離すと光は消えていく。続けざまに、右手を前に伸ばし照射魔法を出す。すると同じように結界内が照らされた。
「同じだ、これなら通常の魔法が外部発動でも出せる。もう一回はどうだ」
また血染めの布地からは光が照射された。そのまま実験を繰り返していく。
「水だけの場合とは違い繰り返しの発動が可能。威力も通常魔法と遜色なしか」
一旦記録を記しながらもう一度アンデルは確認していく。記録後布地をみると水分が無くなり時間が経過したせいか、血が固まり布地がゴワゴワとし始めていた。
「これは、どうだ」
結界内でゴワゴワに固まり始めた布に手を置き魔力を込める。しかし光は弱く発動されたがすぐに消えてしまった。もう一度試すがもう光は出てこなかった。
「乾くと、血がついていてもだめなのか・・・濡れていることで外部発動が可能になる。そこに鶏の血が加わると威力の高い魔法が発動可能になる。ただしそれらは乾くと発動できなくなるっと。とりあえず、こんな感じか」
記録を見返しながら頭の中を整理していると、研究室の扉がノックされる。
「アンデル先生失礼します。衛士のものですが、先生を訪ねてこられ正門でお待ちの方がおられます。いかがいたしましょう」
大学の正門を警備する衛士の一人が、扉越しに尋ねてきた。
「あっ、あの、どなたが来られたかわかりますか」
突然の声かけに驚きながら返事をする。
「あぁすみません。えーと、エルベールさんにフレデリクさんという方でした」
思ってもいなかった名前にアンデルは更に驚く。
「えっ!あの、ご案内お願いします」
アンデルは慌てて研究室を片付け始める。布と桶を自室に運び、もう一度結界魔法をかけ封鎖しておく。研究室の窓を開け放し、軽い風魔法で空気を入れ替える。そうこうしていると再び扉がノックされる。
「お連れしましたので、お入りいただきます」
どうぞと言うまもなく扉が開かれると、そこにはエルベールとフレデリクが立っていた。
「よう」
「お邪魔しますね」
二人が声をかけ部屋に入ると後ろで扉が閉められる。
「お二人とも、びっくりしました。お越しいただきありがとうございます。あっ・・・」
アンデルは二人を案内しようとするも、研究室はもちろん自室にも来客をもてなす準備が全くないことを思い出す。お茶のセットどころか椅子すら足りない。
「あ、あのすいません。全然ものがなくて、おもてなしもできませんが・・・」
そう申し訳なさそうに伝えると、フレデリクが答える。
「ふふ。かまいませんよ。私たちも突然押しかけてしまいましたから」
「おぅ、なんなら今から三人で飯でも行くか。そこでちょっと話でもしようぜ」
続けてエルベールが提案してきたので、アンデルもそれを承知する。三人は連れ添い、近くの屋台で昼食を食べることになった。
「元気かアンデル」
エルベールがアンデルの背中をバシバシ叩きながら尋ねてくる。
「おかげさまで。何とか。お二人も元気そうで安心しました。今はどうされてるんですか」
「退役してすぐ、私とエルベールの二人で、ヴィルジール中隊長の家族に会いに行ってたんです。王都から東に一日くらいの街なんですがね」
「俺もヴィルもずっと一緒にいたからな。ヴィルの家族のこともよく知ってんだ。だから、な。最後の姿を伝えてきた。俺らにしかできねぇ最後の仕事だ」
エルベールは優しい笑みで空を見上げる。
「ありがとうございました、隊長、参謀長。目の前で最後を確認した自分が伝えないといけなかったです」
「アンデル、そんなふうに考えなくていいですよ。私もエルベールなんか特にですが、中隊長とは長く時を共にしました。それに、我々は彼の上官でもありますしね。我々にさせてください。もうそれくらいしか出来ることはなかったですから」
フレデリクが寂しそうな笑みを浮かべると、丁度食事が運ばれてきた。
「おう、なんだ。まずは食うぞ。兵士は食ってなんぼだ」
エルベールの言葉で皆が料理に手をつける。
「アンデル、辞めてまだ間もないのに痩せただろ。ちゃんと食ってんのか。隊でもあんだけ食え食えって言っただろうに」
「すいません。なかなか、時間取れなくてパンばっかりでした」
「アンデル、それはだめだ。いいか戦いの前にはきっちり食う。これが戦士だ。腹が減っていい仕事は絶対にできんからなぁ、ははは」
「エルベール、我々は戦士ではないのですがねぇ。まぁでもアンデル、食事はできる時にしっかりとっておきなさい。それは間違いではないですからね」
二人から続けざまに小言を言われるが、それになんとも言えない居心地の良さを感じる。
「はっ、了解しました」
敬礼をしながらアンデルは続ける。
「お二人はこれから・・・」
「それよ、今日来たのはお前にも挨拶をと思ってな。これから二人で、王国内を回って部下たちの家族にも会いに行こうと思ってる。まぁ、全員は無理だし、わかるところだけだがな。で、その後にちょっと南部を見て回ろうと思ってな」
「南部、大陸南部ですか」
「えぇそうです。幸いな事に私もエルベールも独り身、使わず貯め込んだ金もあります。少し世界を見て回ろうかという話になりましてね。私も王国しか知らないのでこの機会に見聞を広めようかと」
「まぁ俺はまだ食ったことのない美味いもんと、南部のオネェちゃんとの出会いを求めてだけどな、ハッハッハ」
その報告にアンデルは驚いたが、二人らしいなとも思う。上官、部下の関係の二人だったが当時から親友のように見えた。少しだけうらやましいとも感じてしまう。
「そうですか、寂しくなりますけど、戻られたら是非お話を聞かせてくださいね。私も南部の事何も知りませんから」
「えぇもちろん。次はお酒を飲みながらお話しましょう。ところで、アンデル、大学の方はどうですか」
フレデリクが尋ねる。
「はい。研究室は先ほどご覧いただいたような有様ですが、少しづつ研究は進んでいると思っています。今はあの要塞戦のあれについて研究を進めています」
エルベールの顔が少しだけ険しくなったように感じると、その顔を近づけ、声を落として話しかける。
「アンデル。俺たちは魔法のことは何もわからん。だから助言もできん。けどな、『魔法』の研究についてはくれぐれも慎重にやれ。いいか、この国の礎は魔法だ、建国を成し遂げたのも、繁栄を築いたのも、そして統一を果たしたのも魔法なんだ。これに群がる奴は俺らが想像できるもんなんかじゃねぇんだ。得体のしれない奴らがうごめいてやがる。それが『魔法』だ。お前が中隊長として見せていた慎重さを忘れるな。いいな」
緊張感と重みのある言葉に息を呑む。そう、この国にとって魔法は偉大で重要でそして神から与えられた奇跡なのだ。気を引き締めながらアンデルは静かに頷く。
「まぁお前は強いからな。それは心配してないが、軍人じゃなくなった途端に痩せるやつは信用ならんな。鍛えろ、身体は動かしとけよアンデル」
そう言うとエルベールはアンデルの背中を強く叩いて笑った
「今日はありがとな。じゃぁ俺等行ってくるけどよ、お前もせいぜい頑張るんだぜ」
「はい。今日はありがとうございました。お二人もくれぐれもお気をつけくださいね。また土産話を楽しみにしています」
三人は屋台前で別れの挨拶を済ませ、それぞれ帰路についた。皆、新しい道を進み始めている。アンデルはこぶしを強く握りしめ、大学へと戻っていった。




