本編 8話
数分後。音とユーマ、エヴァーの3人は黄昏図書館に到着した。だが、図書館内はすっかり闇に包まれてしまっていた。上空ではロストが未だに拘束されたままになっている。疲れてしまったのか、眠ってしまっている。エヴァーはロストを心配そうに見ていた。
「ロスト…。」
そんなエヴァーの視線が届いたのか、ロストは勢いよく目を開けこちらを見た。
「あー、戻ってきたんだキミたち。いい加減この拘束解いてくれない?」
不機嫌そうに言うロスト。そんなロストの苦言をユーマは鼻で笑って撥ね退けた。
「その願いは聞けないな。それに、お前自分でその拘束くらい解けるだろう?」
「分かってて言ったんだ。キミ、嫌なやつだね。」
「お前には言われたくないな。」
ロストは拘束をあっさりと解いてしまった。そしてエヴァーの姿を見つけると不敵に笑った。
「やあ、姉さん。久しぶりだね。何しに来たの?」
「ロスト、貴女を止めに来たの。もうあの時の悲劇を繰り返さないためにね。」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ後ろの少年2人も同じ気持ちってわけか。ならやってみなよ。…神秘の異能書籍たち、あいつらを全員始末しろ。」
ロストの命により、神秘の異能書籍は弾幕を放ってくる。3人はその弾幕を避けた。
「神秘の異能書籍6冊全ての所有者になったからこそ操れる…!2人も気をつけて!」
「「了解!!」」
エヴァーは音とユーマにそう声をかけ、注意を促した。音はユーマに言った。
「ユーマ、僕らも!」
「あぁ、もちろんだ!」
そう言ってお互い地面に降り立ち、異能書籍を開いた。
「さあおいで…アリス!」
「開け、ドラコニアルーム!」
音はアリスを、ユーマは白い竜を召喚しロストに向かわせる。アリスが正面からロストを突こうとするが神秘の異能書籍からの攻撃があってなかなか本人に近づけない。それどころか強力なビームを放ってくるのでアリスたちが避けるので精一杯になってしまう。
「このままじゃ防戦の一方だ、何とかしないと…!」
「僕に任せろ。2体を強化する。」
ユーマはそう言うと、羽ペンを取り出しサラサラと空間に文字を書いた。書き終えると異能書籍にそれを投影させた。すると、アリスと白竜の周りにオーラが出現し2体の体内へ吸い込まれていった。
「よし、強化完了だ。」
「アリスたちにどんな効果を?」
と音が聞くと、ユーマは説明をした。
「アリスにはスピード特化を施させてもらった。白竜には防御の盾を与えた。だから、白竜が神秘の異能書籍からの攻撃を引き受けている隙にアリスにはロストの相手をしてもらうという作戦でいこう。」
「なるほど…よし、それでいこうか。」
ユーマの作戦を了承した音は、すぐアリスに指示を送った。ユーマもまた白竜に指示する。
「アリス、僕の元へ戻って来て!」
「白竜よ、ロストの元へ向かえ!」
それを合図にアリスは音の元へ戻り、白竜はロストへと向かっていった。予想通り、神秘の異能書籍が率先して攻撃を放ってくる。それを白竜は防御の盾を用いて受けた。音はそれを確認し、アリスを送り込む。
「今だ、アリス。ロストの所へ行って。」
アリスは猛スピードでロストへと向かっていく。その距離が近づき、アリスは槍を構えた。ロストは白竜に集中しているためアリスが見えていない。
(これならーー!)
そう思った、その時だった。何かがアリスの腹を貫いた。その何かというのは黒い触手のようなものだった。音はそれを見て青ざめる。
「アリス!!」
触手が引き抜かれ、アリスは力尽きたように脱力してしまいそのまま地面に叩きつけられた。そしてそのまま消滅してしまう。
「ボクが見てないと思って油断したね?残念。ボクだけでなく闇の触手も見ていることを忘れないで欲しかったな~。」
ロストは冷めた目で音を見る。アリスの消滅と同時に白竜にも限界が来ていたようだ。盾にひびが生じてきている。ユーマは焦りを見せていた。
「まずいな。このままでは白竜もお陀仏になりかねない。」
「白竜を一旦下がらせた方が良いんじゃないかな。僕としても白竜を失うわけにはいかないから…。」
「そうだな。白竜、僕の元へ戻れ!」
ユーマの声に応じ、白竜はユーマの背後へ戻った。それを見たロストは嘲るように笑った。
「あれ、どうしたの~?もしかしてもう打つ手なしになった?それならそれでこっちは好都合なんだけどさ、もっと楽しませてよ~。」
明らかに楽しそうなロストを見て、音とユーマは苦虫を嚙み潰したような表情になってしまう。
「一体どうすれば…。」
「ここは、私に考えがあるわ。」
エヴァーが2人の所へやってくる。ユーマはエヴァーに駆け寄った。
「エヴァー、何か打開策が?」
「神秘の異能書籍の所有権を剥奪する、という作戦に出ます。ただ、ロストが10枚ある管理書を書き換えているのは確か。完全に奪うまでには少々時間がいるけれどね…。」
「じゃあ、僕らで時間稼ぎをしましょうか?」
「そうしてくれると助かるわ。音、ユーマ、お願いできる?」
エヴァーの問いに2人は頷いた。
「ありがとう。では頼みました。」
「はい!行こう、ユーマ。」
「あぁ。行くぞ、オト。」
音とユーマが去った後、エヴァーは急いで自身の周囲にフィールドを張りファイリングされた神秘の異能書籍の管理書を10枚全て取り出した。管理書には赤い文字が書かれている。
(やはり、管理書を書き換えられていたか…。全部書き換えるのは骨が折れそうだけれど、音とユーマが時間を稼いでくれている間にやらなければ。)
「お願いね、2人とも。」
戦場へと駆け出す少年2人の背を見て、エヴァーはそう静かに言った。
一方で音とユーマは走りながら次の作戦を話し合っていた。
「ユーマ、ここからの作戦はどうする?」
「そうだな…僕に1つ案がある。聞いてくれるか?」
「もちろん!」
音の返事を聞き、ユーマは再度白竜を呼び寄せた。白竜は音とユーマの目の前に降り立った。するとユーマは白竜の上へ乗ったのだ。
「地上からが駄目なら上空から狙う。ロストと同じ目線で戦うという作戦だ。」
「なるほどね。確かに上空からなら攻撃もしやすいし、良いと思う。」
音は納得し、その案を肯定する。ユーマは音に向かって手を差し出した。
「オトも乗ってくれ。」
「僕も良いの?」
「あぁ。2人で仕留めるぞ、確実にな。」
そう言ってユーマは不適に笑う。音は力強く頷き、差し出された手を取る。ユーマに引っ張られ後ろに乗せられた。
「しっかり摑まっていろよ?」
「うん、分かった!」
「よし…飛べ、白竜!」
ユーマの一言を合図に白竜は空へと飛び立った。
そのまた一方で、ロストは一向に攻撃が来ないことに退屈を覚え始めていた。
「何も来なくなったな…本当に打つ手がなくなったのかな?ならもう儀式、始めようかな?うん、それが良い!」
そう1人で納得し、ロストは神秘の異能書籍を再度取り出した。そして術式を発動しようとした、その時だった。
「そうはさせない!」
背後から声が聞こえた。音とユーマがロストの元へやって来たのだった。ロストは不機嫌そうに舌打ちして
「邪魔が入ったか。」
と呟くも、すぐ表情を切り替えて音とユーマに話しかける。
「おー、少年たち!ボクと遊んでくれるの?嬉しいな~、ありがとうね?」
ニコニコと満面の笑みを浮かべるロストに対し、今度は音が話しかける。
「その前に僕の話を聞いて欲しいんだ。良いかな?」
「うん、良いよ?ボクは今機嫌が良いからね。聞いてあげるよ。」
ロストはそう言った。音はその答えを聞き、すぐ問いを投げた。
「ロスト、キミが世界を掌握したい目的って何なのか教えて欲しいんだ。」
音の問いを聞いてロストは一瞬驚いた表情をするが、やがて楽しそうに笑いながら言った。
「目的~?そんなの決まってるよ。ボクが楽しいと思える世界を作るためだよ。」
ロストの答えを聞いた音は、首を横に振った。
「本当は違うんだろう?本当は…逢魔図書館にある全ての忘れ去られた物語や夢、思い出…それから忘れ去られた物語の象徴である自分を永遠に忘れさせないようにするためなんじゃないの?」
「…!」
ロストは言葉に詰まり、何も言えなくなってしまう。音はその反応を見て確信した。
(あの反応は、間違いなさそうだ。)
「でも、だからといって神秘の異能書籍を使って世界を掌握するなんて間違ってる!」
「…じゃあ、どうすれば良いんだ!」
音の言葉に、ロストは声を荒げた。
「あの図書館には、忘れ去られてはいけないものが山ほどある!なのに、人間たちはそれを知らずにただのうのうと夢や思い出、そして物語を忘れていくんだ!ボクは…ボクはそんなの耐えられないんだよ!」
そんなロストの思いに呼応するように神秘の異能書籍が開き、音とユーマの方へ攻撃を放とうとしていた。
「だからボクは世界を支配する王になるんだ!もう2度と、忘れさせないために!」
その言葉を合図に神秘の異能書籍からビームが放たれる。白竜はそれを回避し、ロストの周囲を飛び回った。
「どうする、オト。このままじゃ僕らも巻き添えになりかねないぞ。」
「うん、分かってる。」
そう言って音は異能書籍を1冊取り出し開いた。そして詠唱を唱えた。
「一夜の夢を見せて、ピーターパン!」
緑色の服を着た少年、ピーターパンは小さな妖精と共にロストの元へと向かっていく。彼らを視認した神秘の異能書籍はビームを集中的に放つも、ピーターパンたちは回避している。そしてある程度回避した後、ピーターパンが指を鳴らした。すると、神秘の異能書籍からの攻撃が無力化された。ロストはそれを見て更に取り乱した。
「何でだよ!こうなったら…!」
地上から触手が伸びて来てピーターパンたちを襲う。音はそれを見て、
「ここが好機だ。一気に畳みかけるよ!霧のように消しつくせ、U.N.オーエン!」
オーエンを召喚した。オーエンは銀の鎌を振り下ろし、触手を全て切った。
「…!」
ロストは目を見開く。目の前で触手が切られる様を見て、ショックが大きかったのだろう。そのまま動かなくなった。音は戻ってきたオーエンとピーターパンを労う。
「ありがとう、戻って良いよ。」
2体が異能書籍へ戻ったのを確認し、ユーマに言った。
「ユーマ、エヴァーの所に行こう。そろそろ大丈夫だと思うし。」
「そうだな。白竜、エヴァーの所へ行ってくれ。」
2人はエヴァーの元へと向かった。
その頃。エヴァーは必死になって万年筆を動かしていた。集中して書き換えていく内に、気づけばもうあと1枚になっていた。丁度最後の1枚が書き終わるという所で音とユーマが戻ってきた。2人は白竜から降りてすぐにエヴァーの元へと向かった。
「エヴァー、大丈夫?」
音が声をかけると、エヴァーはフィールドを解除して音とユーマの方を向いた。
「お帰りなさい、2人とも。無事に書き換えが終わりましたよ。」
そう言って微笑む。音とユーマは揃って安堵のため息をつく。
「2人のおかげで何とか間に合ったわ。ありがとう。では…神秘の異能書籍よ、真の主の元へ戻れ!」
エヴァーが管理書を掲げ、詠唱するとロストの周囲に集っていた神秘の異能書籍が白い光を放ってエヴァーの元へ戻っていく。我に返ったロストはそれを見て慌てふためく。
「待て、行くな!駄目だ!それを失ったらーー!」
ロストの言葉も虚しく、神秘の異能書籍は6冊全てがエヴァーの周囲に集った。エヴァーはそれを見て優しい笑顔を浮かべながら言った。
「お帰りなさい、貴方たち。よく戻りました。」
音とユーマはその様子を後ろで見ていた。ユーマは音に耳打ちした。
「ミッション、成功だな。」
「…うん、そうだね。後は…。」
そう言って音はロストを見た。いつの間にか地上に降りてきていたらしい。俯いているせいか、表情がよく見えない。エヴァーもまたロストの存在に気づいたようだ。
ロストに言葉を投げかける。
「ロスト、もう諦めなさい。貴女の目的は潰えたわ。」
その言葉を聞いて、ロストは呟く。
「潰えた、だと?」
その言葉の直後、ロストは身をよじらせて高笑いした。それはそれはとても楽しそうに。そして次の言葉を放った。
「まだ終わりではないぞ?黄昏図書館の管理者よ。」
放たれたその声音はロストのものではなかった。低い声音。明らかに違う誰かのものだ。エヴァーは顔色を変えて問う。
「貴方、ロストではないわね。一体何者!?」
エヴァーに問われた何者かは小さく笑いながら言う。
「良いだろう。見せてやる。真の本の悪魔の姿をな!」
言い終わると同時にロストの身体が再び宙に浮き、周囲にどす黒いオーラが現れる。それは勢いよくロストの身体から抜け出した。そして黒いオーラは爆散し本の悪魔、その真の姿を見せる。本の翼を持った美青年がそこにはいた。
(あれが…!)
(真の、本の悪魔!)
音とユーマはその姿を驚きをはらんだ目で見ていた。だがそれと同時にロストが地上へ落下していく姿も捉えた。
「マズい、ロストが!」
ユーマが異能書籍を開く。だがそれよりも先にエヴァーが走り出していた。
「!…ロスト!」
エヴァーは落ちてくるロストを受け止める。顔色は悪く、身体は冷たい。もう命の灯が消えかけていることをエヴァーは悟った。それでも必死にロストの名を呼んだ。
「ロスト、ロスト!お願い、目を開けて!」
目に涙を浮かべながらエヴァーは叫ぶ。だがロストからの反応はなかった。するとそんなエヴァーを本の悪魔は嘲笑う。
「呼びかけても無駄だ。その娘の生命力は全てこの私が吸い尽くしたからね!その娘はもうすぐ息絶える!」
「そんな…!」
ショックで頭が真っ白になってしまうエヴァー。ユーマは本の悪魔へ問いを投げた。
「本の悪魔。何故今までロストを依り代にしていた。お前の目的はなんだ!」
それを聞いた本の悪魔は余裕のある笑みを浮かべて言った。
「教えてやろう、人の子よ。まずは何故その娘を依り代にしたか、だな?簡単なことだ。その娘は逢魔図書館に存在する物語や夢、思い出、そして忘れ去られた物語そのものである自分を人の子らが忘れていくのを恐れていた。私はその恐れに付け込んだのだ。娘をそそのかし、私や逢魔図書館の異能書籍を取り込ませ本の悪魔となるように仕向けた。そうすれば後は娘の生命力を私が貰えば良いだけだ。私は何のリスクもなく復活を遂げることが出来る、というわけさ。」
「つまり…自分の復活のための養分にロストを使ったと?」
「その通りだ。そちらの人の子は察しが良いな。」
音の言葉に、本の悪魔は嬉しそうに目を細めて言った。だが音にとってはその褒め言葉すら不快極まりなかった。
「次の質問の問いにも答えてやろう。私の目的は、言わずもがな世界の掌握。全てを支配下に置き、私が理想とする世界を作るのだ。どうだ、素晴らしいと思わんかね?」
本の悪魔の問いに対し、ユーマは鼻で笑い答えを返した。
「理想とする世界、ね。ロストの命を奪ってまで復活した野郎のすることがこれとはな。聞いて呆れるよ。あんたには、世界を支配する価値も存在する意味もない。それならロストの方が可愛げがあったぞ?なぁ、音?」
「確かに。ロストが復活した目的は貴方よりもまだ納得出来るものだったけれど、貴方の目的は自分勝手が過ぎている!ユーマの言う通り、貴方は価値がない者だ!」
音も反論した。それを聞いた本の悪魔の顔に青筋が浮かぶ。
「私の目的を否定するか!人の子の分際で!良いだろう、その娘諸共まとめて消し炭だ!」
音とユーマはエヴァーとロストを背に隠すように前に立った。音はユーマに言った。
「ユーマ、どうする?」
「…とりあえず、異能書籍は全部使えるようにはなった。いつでも戦闘に持ち込める。だけど、あいつに勝てる算段はあるか?」
「…あまりないと思ってる。」
音はそう返し、渋い顔をした。ユーマは考え込むもすぐに顔を上げ、
「…とにかく、音はエヴァーとロストを守ってくれ。僕があいつを引き付ける。」
「いや、駄目だ。ユーマ1人に任せてはいけない。ナイチンゲールの異能書籍を持ってきているから、彼女にロストの延命処置を任せて、守護要員にアリスを置く。僕はオーエンと一緒に戦場に出るよ。」
音の作戦を聞き、ユーマは渋々承諾した。
「…分かった。それでいこう。」
ユーマの返事を聞いた直後、音はエヴァーたちを振り返り言った。
「エヴァー、僕たちで奴を止めてくる。ロストの傍にいてあげて。」
「!…う、ん。ごめんね、ごめんなさい、私が、しっかりしないと、いけないのに…!」
大粒の涙を流しながら言うエヴァー。いくら大人びていても、中身はまだ幼い子供と同じだった。音は優しくエヴァーを抱きしめた。
「良いんだよ。こういう時くらい頼っても。大丈夫。貴女は十分凄い人だから。」
そう言うと音はその場にフィールドを張り、まずはナイチンゲールを召喚した。
「傷ある者に恵みを、ナイチンゲール!」
召喚し終えると、音はナイチンゲールにロストの延命処置を頼んだ。
「お願いがある、ロストの延命処置をして欲しいんだ。」
ナイチンゲールはいつ命の灯が消えてもおかしくない状態のロストを見て、すぐに抱き上げその腕に包んだ。いつもは桃色の光だが、今回は緑色の光を放っていた。その隙に音はアリスの召喚に移った。
「さあおいで…アリス!」
アリスがその場に顕現し、音の隣にやって来た。
「アリス、エヴァーとロストを守っていて。」
音の指示を聞いてアリスはエヴァーとロストの前へ立った。音はそれを確認してよし、と頷いた。
「これで僕らは本の悪魔の討伐に専念できる。」
「だが、アリス1人で大丈夫か?」
少し心配そうに問うユーマに、音は言った。
「正直な所、僕も不安な点はある。けど…僕はアリスを信じているから。」
「!…そうか。では、行くぞ。」
「…うん!」
そう言って音とユーマは白竜へ乗り、戦場へと向かった。その数分後、武器のぶつかり合う音が響いた。
「ロスト…。」
エヴァーはナイチンゲールの腕に抱かれているロストを心配そうに見つめた。そして戦場を見た。音たちと本の悪魔がぶつかっている。その様子を、自分はただ見ているだけという状況に、エヴァーは己が不甲斐なさに打ちのめされた。
(何か、ないの?私にできること…。)
必死に考えていると、背後からか細い声が聞こえた。
「姉、さん…。」
「!、ロスト?」
見ると、ロストが薄く目を開けてエヴァーに向かって手を伸ばしていた。エヴァーはその手を取って包み込む。そして優しく語りかけた。
「大丈夫?辛くない?」
「うん…楽だよ。姉さんこそ、何か、迷っているんじゃないの…?」
「…実は、」
エヴァーはロストに話した。ロストが生死の境を彷徨っているのに、音とユーマが本の悪魔と戦っているのに、自分は見ているだけしかできない。自分が不甲斐ない、ということを。ロストはそれを聞いてエヴァーに言った。
「姉さんでも…迷うことが、あるんだね。」
「私は、このまま見ていることしか出来ないのかって思ったら…悔しいし、不甲斐ないと思ってしまって。どうしたら…。」
俯くエヴァーに対し、ロストは小さく笑って言う。
「そんなに悩む必要、ないと思うよ。」
「え…?」
「姉さんは、さ。ボクも助けたいしオトたちも助けたい。両方の思いに板挟みになっている、と思うけど…ボクは今、ナイチンゲールがいるから大丈夫。だから…オトたちを、助けてあげて…?」
「!」
エヴァーは気づいた。そうだ、今ロストの傍にはナイチンゲールがいてくれている。なら自分が今助けるべきなのはーー音とユーマだということに。エヴァーは天を仰ぎ、だいぶ満身創痍に近けれど諦めていない少年2人を見る。エヴァーはそれを見て真剣な表情になり、詠唱を開始した。
「神秘の異能書籍よ、我の元へ!」
6冊の神秘の異能書籍がエヴァーを中心に取り囲む。そしてエヴァーはロストを振り返る。
「ロスト、ありがとう。」
「ボクは何もしていないよ。姉さんが出した答えなんだから、ね?」
そう言って弱々しく笑うロスト。エヴァーもまたロストに言葉を投げた。
「ロスト、貴女も頑張りなさい。気を強く持って。」
「…勿論さ。」
ロストがそう返した後、エヴァーは前を向いた。アリスも傍に控える。エヴァーは優しく笑って、
「アリス、貴女もありがとう。」
と感謝の意を述べた。そして戦場の方を向いて力強く言った。
「では、行きましょうか。」
そう言って神秘の異能書籍を開き、一斉に攻撃を放つ。それを合図にアリスも上へ飛んで行った。
その頃。音とユーマは苦戦を強いられていた。どんな攻撃をしようが本の悪魔には通用しないという状況に置かれてしまっているため、2人の間には余裕がなくなり始めていた。本の悪魔はそんな少年2人を嘲笑う。
「どうしたの?どんどん動きが鈍っているようだけど?残念だけど、逃げ回っているだけじゃ私は倒せないよ!」
黒い表紙の本たちが白竜の後を追う。囲まれるーーそう思った次の瞬間、地上からの攻撃が本たちを打ち払った。音とユーマは驚きを隠せない。
「ユーマ、今のって…!」
「あぁ、間違いない…エヴァーだ!」
2人は地上を見た。視線の先にはエヴァーがいた。エヴァーもまた2人の視線に気づいたのか大きく頷いてみせた。そして驚きを隠せなかったのは本の悪魔も同じだったようだ。余裕ある表情が崩れ、少し焦りが浮かんでいる。そしてまたもや本を仕向けようとしていた。
「お前たち、あいつらをーーは!?」
本の悪魔の身体が宙に持ち上がる。アリスが持ち上げているのだ。音は少し喜びを含んだ声で言った。
「アリス、来てくれたんだ!」
音の言葉に、アリスは頷き本の悪魔をそのまま地面へと叩きつけた。呆気なく地上へと消えていく本の悪魔を音とユーマは呆れた表情で見ていたがすぐ我に返った。
「急いで地上に降りよう。地上にはロストもいるんだ、本の悪魔の目に触れでもしたら大変だ。」
「うん、そうだね。」
そうして、音とユーマは地上へ戻って来た。エヴァーが2人を出迎える。
「お帰りなさい、2人とも。」
「戻りました。助太刀ありがとう。」
音はそう言って礼をする。そしてナイチンゲールの方を向いてエヴァーに問う。
「ロストは、どう?」
「心配いらないわ。もう終わるみたいだから。」
その言葉と同時にナイチンゲールから放たれていた緑色の光が消える。ロストの身体が優しく地面に降ろされた。数分もしない内にロストは起き上がった。そしてエヴァーと音、そしてユーマを見て言った。
「えーと…無事生き返りました、ロスト・ブックです…。」
そう遠慮がちに言った。エヴァーは安心した表情でロストを抱きしめる。
「ロスト…!貴女って子は、本当に…!でも、良かった…!」
涙ながらに言うエヴァーを見てロストは謝罪する。
「ごめんね、姉さん。心配かけて。オトとユーマもごめん、そして助けてくれてありがとう。」
エヴァーだけでなく、音やユーマにもそう言ってくれるロストを見て音は思った。
(やっぱり、本当に悪い人ではなかったんだ。今までは本の悪魔に操られていたから…悪人を演じさせられていただけだったんだ。)
そう考えれば、ロストもまた被害者であることは理解できた。悪いのは全て本の悪魔であることも。
感動の再会に浸っていた次の瞬間。いきなり大きな揺れが音たちを襲った。
「な、何事!?」
「!、あれは…!」
ユーマの言葉に全員が前を見る。つい先ほど本の悪魔が叩きつけられた場所から黒いオーラが出ていた。そこから黒い塊が浮かび上がってきて爆散した。その中から姿を現したのは、変わり果てた姿の本の悪魔だった。本の悪魔は音たちを指さして言った。
「よくも、よくも私を叩きのめしてくれたな、貴様ら!だがもう逃がさない。全員亡き者にしてやろう!」
音とユーマは異能書籍を手に臨戦態勢になるが、それをエヴァーが止める。
「2人とも、待って。あの状態の本の悪魔はもう、普通の異能書籍じゃ太刀打ち出来ないわ。」
「じゃあ、いったいどうすれば…。」
「簡単だよ。キミたち2人がボクと姉さんの所持者になれば良いのさ。」
ロストはそう言って不敵に笑う。音とユーマは思わず首を傾げる。
「僕らが?それってどういう…?」
「黄昏図書館と逢魔図書館、それぞれの異空間の概念。それがボクと姉さんであることはキミたちもご存じの通りだと思う。でもね、それだけではないんだ。」
「…まさか。」
音がボソッと口にする。ロストはその反応を待っていたようで、楽しそうにしている。
「実は、ボクと姉さんは神秘の異能書籍の1部でもあるんだ。」
「!」
ユーマが驚きの表情を見せた。音は何となく察した表情でエヴァーとロストを見る。
「だからね、当然ボクも持ってるよ。神秘の異能書籍をね。」
そう言ってロストはどこからか紺色の本を取り出した。エヴァーが持っている神秘の異能書籍と描かれている柄が違っているが、ロストが持っているということは間違いないのだろう。それを見た音は1つの疑問を口にする。
「エヴァーが持っているのは6冊なのに、どうしてロストは1冊だけなの?」
「逢魔図書館の場合、あまり表立っているわけじゃないからね。この1冊とボクの力だけで守れるだろっていうことらしいよ。」
「なるほど…。」
そうこう話していると、背後で本の悪魔が咆哮を上げている。音はその顔に焦りを浮かべた。
「躊躇している場合じゃなさそうだ。ユーマ、ロストの提案を受けよう。」
「…そうだな。」
そして、エヴァーは音につきロストはユーマについた。ここは必然的に決まったので神秘の異能書籍の契約をすぐに行うことが出来た。
「音。あの時、私を励ましてくれたこと心から感謝しているわ。ありがとう。そんな貴方だからこそ、私は神秘の異能書籍を預けたい。良いかしら。」
「うん、勿論だよ。一緒に守ろう、たくさんの物語を。多くの人たちの夢や思い出を。」
音とエヴァーは手のひらを合わせた。2人を薄黄色のオーラが包む。それが止むと、音の手の甲に紋章が浮かんでいる。服装も白い礼装に変わった。
「これで契約完了。さあ、私を使いこなしてみせて、音!」
「うん!行くよ、エヴァー!」
一方、ユーマとロストはーー
「ユーマ、今まで姉さんと逢魔図書館を守ってくれてありがとう。」
「僕は何もしていないよ。僕の方こそ、さっきは手荒いことをしてごめん。」
拘束したことを詫びると、ロストは笑って
「気にしないで。現にこうしてオトと一緒に助けてくれただろう?」
そう言って許してくれた。そして衣服の長い袖の中から手を出し、手のひらをユーマに向ける。
「キミはとても良い人だよ。ボクはそんなキミに神秘の異能書籍を預けたいんだ。ボクと契約してくれる?」
「…勿論さ。最後まで守り抜くために。」
ユーマとロストは手のひらを合わせる。群青色のオーラが2人を包みこんだ。それが止んだ後、ユーマの手の甲には紋章が浮かんでいた。服も紺色の礼装を身に纏っている。
「契約は交わされた。さて、ユーマ。ボクを使いこなせるかな?」
「…あぁ、やってみせるとも!行こう、ロスト!」
ーー2人の少年による最終決戦が今、始まるーー!




