本編 6話
「管理人、完治おめでとう。もう大丈夫?」
「心配をかけたな、音。この通りもう平気だ。ありがとう。」
あの日から数日が経った。完全回復した管理人に会いに、音は黄昏図書館を訪れていた。すっかりと元気になった管理人を見て、音は安心していた。
「あの時は1人で戦わせてすまなかったな。僕が弱かったばかりに…。」
そう言って俯く管理人だが、音は
「謝らないで良いよ。向こうが強すぎただけさ。僕の方こそ、アリスを勝手に使ってごめんね。」
とフォローすると同時にアリスの無断使用を詫びた。管理人は微笑んで、
「いや、良いんだ。あの状況なら致し方ない。寧ろ、アリスをよく使いこなせたものだ。素晴らしいと思う。」
そう言い、音の頭を優しく撫でた。音は管理人の優しさにほっとした。
「それより今日から学校が再開したんだろう?」
「うん。久々にクラスの皆に会えて良かったよ。それに、早速異変らしき話を耳にしたから管理人に伝えようと思って来たんだ。」
それを聞いて管理人の顔つきが真剣なものになった。
「詳しく聞かせてくれるか?」
「うん。実はーー」
夏休みも終わり、今日は新学期だ。音はいつものように蓮と明人と共に学校にやってきた。教室に入ると、見慣れた顔ぶれが揃っている。クラスメイトたちと挨拶を交わしながら自分の席へ着く。鞄から本を取り出して読んでいると、とある女子グループの話が耳に入った。
「ねぇ、聞いた?『切り裂き男』の噂!」
「何それ?」
「なんかね、夏休み中に学校に肝試しに来た男子グループが遭遇したらしいの。両手に鎌を持って追いかけてきたらしいよ。」
「マジ!?怖っ!」
「それでね、その男子グループの1人が逃げ遅れて行方不明になっちゃったんだって!もしかして…。」
「ちょっと止めてよ~。」
そんな会話を聞き、音は異変の可能性を察知した。
「なるほどな。確かにそれは異変で間違いなかろう。」
一通り話を聞いた管理人は、キッパリそう言った。
「だよね。また逢魔図書館の連中かな。」
「それは確定とみて良いだろうな。」
そう言って管理人は神秘の異能書籍が埋め込まれている石板を見て言う。
「ユーマが所有しているのを省いて、残り1冊。真剣に臨もう。」
「うん。ユーマからはどうやって取り戻す?」
「それは今回の件が終わった後で、逢魔図書館に乗り込んで取り戻すことにしようじゃないか。今は目の前の異変を解決するのが先決だ。」
「だね。」
ーーその後。音と管理人は異能書籍を手に異変の現場へと向かった。
「へぇ~。夜の学校ってこんな感じなんだ。なんか新鮮。」
「確かに。僕は夜に学校は入ったことないから、余計そう感じるのかな。」
時間停止を使っているとはいえど、その場の景色は変わらない。音は少し驚きつつも管理人と共に歩みを進め、異変の現場に辿り着いた。
「ここが現場か。なるほど、確かに異変の跡があるな。」
目の前の防火扉にはびっしりとおびただしい程の血痕が残されていた。それを見て、音は首を傾げた。
「昼間はこんなのなかったのに。」
「おおかた、夜になると出てくる仕組みなんだろうよ。昼間は術か何かを使って隠しているんだろうし。さて、現場に着いたことだし主犯が出てくるのを隠れて待とうじゃないか。」
ーーそれから数分。音は管理人と2人、その時を待っていたのだが…。
「あのさ…これ、来るの?異変の主犯。」
「来るよ…多分。」
「多分じゃ不安なんですけど!?」
思わずツッコミを入れてしまう音。だがしかし、ここまで待っても来ないというのは流石に怪しい。
「今日は出て来る気分じゃないってことなのか…?」
「そんな訳ないでしょう…。とりあえずもう少し待ってーー」
「音、静かに。誰か来る。」
管理人の言葉に音は口を閉ざした。確かに、2階から誰かが降りて来る足音がする。その足音は徐々に近づき、1階に降り立ったであろう所で止まった。踊り場の窓から差し込む月明かりに照らされて、その姿が露わになった。そこにいたのは全身黒ずくめの男だった。黒髪に切れ長の目、口元まで隠れる外套を着ている。
「管理人、あれって…!」
「あぁ、恐らく異変の主犯だろう。」
音と管理人が声を潜めて会話していた、その時だった。2人が隠れていた場所に突如ナイフが飛んできたではないか。
「「!?」」
思わず顔を見合わせ驚く2人。だが次は手榴弾が投げ込まれた。
「あ、これヤバいーー」
「音、伏せろ!」
大きな爆発音。だが2人に怪我はなかった。何故ならーー
「助かった…ありがとう、アリス。」
爆発寸前で管理人がアリスを呼んだからである。アリスが2人に覆い被さる形で庇ったおかげで難を逃れた。そして立ちあがった音の目の前にナイフの切っ先が突きつけられる。煙が止んだ先にいたのは、やはりあの男であった。
「キミ…逢魔図書館の連中だね?」
「如何にも…我が名はリウ。お前たちの刑を執行しに来た者だ。」
その男、リウはそう言い放った。管理人は音の隣に立ちリウに問いを投げた。
「神秘の異能書籍、持ってるよねキミ。持っているなら返して欲しいんだけど。」
管理人の問いに応じ、リウは外套の下から白い表紙の本を取り出し言った。
「お前たちの探し物はこれだな?残念だが、お前たちがこの本を取り戻すことは出来ない。」
「何故?そっちのボスの命令だから?」
「それもあるが…第一に、お前たちの命がここで終わるからだ!」
リウはそう言い、神秘の異能書籍に怪異の素をぶちまけ、そのまま宙に放る。いつもの流れで神秘の異能書籍を媒体に怪異が出来上がった。今回の怪異は、いつもの怪異とは違っていた。
「人型、だね。いつもは獣に近い形をしているのに。」
「だから『切り裂き男』と噂されていたのか。なんにせよ、倒すことに変わりはない。音、やるぞ。」
「うん。」
音と管理人はそれぞれの異能書籍からオーエンとアリスを召喚し、戦闘の準備に入った。
「お前たちが何をしようと、無駄なこと。おい、あいつらを葬れ。」
リウの指示により、怪異が動いた。
「オーエン、僕らもーー」
音はオーエンに指示を出そうとしたが、管理人がそれを止める。
「待て、音!」
管理人の静止を受け、音は一度指示をストップした。次の瞬間、どこからか斬撃が放たれる。音はオーエンに、管理人はアリスに抱きかかえられて回避した。
「何あれ!?どこから放ってるの!?」
「音、ここは一旦退避だ。アリス、一度2階へ上がってくれ。」
「オーエン、アリスに着いていって。」
音と管理人は一度退避した。それを見て、リウは怪異に指示を送る。
「あいつら、逃げたぞ。追え。絶対に逃がすな。」
2階の反対側の階段の踊り場で音たちは少し休んでいた。
「一時しのぎだろうが、ここまで来れば大丈夫だろう。音、あの怪異はいるか?」
音は逃げて来た方向をこそっと見て、すぐ管理人に報告した。
「大丈夫、まだいないみたい。」
「そうか。しかし…あの斬撃、どう攻略しようか。」
「アリスの槍でも、オーエンの鎌でもいけそうではあるけど…どこから来るのかの予測が出来れば良いよね。」
音と管理人は顎に手を当てて考える。
「考えていても仕方ない。とりあえず、その作戦に見合う本を探すか。」
管理人は懐中時計から黄昏図書館のライブラリに掛け合った。その時だった。
「!」
音は遠くから金属を擦るような物音を耳にした。あの怪異が来ていることは明確であった。
「管理人、怪異が来てる!」
「よし、逃げーー」
3階へ逃げようとした、その時。斬撃が音たちの目の前を横切り、壁に衝突。それと同時に怪異が姿を現した。
「!」
「遅かったか…。」
怪異がこちらを向き、音たちの存在を認識したようだ。両手にはつい先ほどまでは持っていなかった小振りの鎌を持っている。怪異は音と管理人に向かって鎌を降り降ろそうとしたが、アリスとオーエンがそれを止めた。怪異は力でゴリ押ししようとしているが、アリスとオーエンに平等に力をかけるのが難しかったようで、一度飛び退いた。音と管理人は立ち上がる。どうやら覚悟が決まったようだ。
「音、こうなったらいつも通りにやるぞ。」
「うん、分かった。」
そうお互いに言葉を交わし、異能書籍を開いてアリスとオーエンに指示を送った。
「アリス、情けはかけるなよ。叩きのめせ!」
「オーエン、遠慮はいらない。倒してしまって!」
お互いの主からの命を受け、2体は怪異に向かっていく。怪異はというとアリスとオーエンに対してまたも鎌を振り降ろす。だが2体はそれを避けた。それを見ていた管理人は
「音、ちょっと頼まれてくれないか?」
音に頼み事をした。音は首を傾げつつ、管理人からの頼みを引き受けることにした。
「良いけど、どうしたの?」
「僕が本を探している間、戦いの指揮を任せても良いだろうか。もし、人員が足りなければここから呼んでくれて構わないから。」
そう言って異能書籍を羽織っているローブから何冊か出してくる。音はそれを受け取り、
「分かった。僕に任せて。」
「頼むぞ。僕も準備が出来次第、戦線に戻るから。」
と言い、管理人は戦線に背を向ける。音はそれを庇うように管理人の前に出て、戦況を見た。
(今のところは大丈夫そうだけど…アリスもオーエンもあの斬撃が邪魔で怪異に近づけてない。それを打破してくれる存在はーー)
音は渡された異能書籍から該当する本がないかを探す。すると1冊の本に辿り着いた。題名は『白雪姫』。
(これなら…!)
以前に管理人がこの本を使っていた場面を思い出し、少しでも状況が変わればと音は召喚を決めた。
「頼んだよ、白雪姫!」
詠唱と共に白雪姫が顕現し、音の背後に控えた。
「白雪姫、アリスとオーエンをサポートして。あの斬撃をどうにかして欲しいんだ。」
音の指示を受け、白雪姫は戦線に出ていった。それと同時刻に怪異は再び斬撃を飛ばしてくる。白雪姫はそれを見逃さなかった。その斬撃に向かって毒りんごを投げつけたのだ。斬撃によって毒りんごは切れたが、代わりに大きな爆発が起こった。
(白雪姫の持つ毒りんごは爆弾。それで怪異を攪乱出来ればーー)
音の予想通り、怪異は動揺を見せる。その隙をついてアリスとオーエンは怪異に一撃を入れた。怪異は廊下を一直線に吹っ飛んでいき、壁に激突。音は心の中でガッツポーズをした。
(まずは一撃!これならーー)
…が。怪異が壁に衝突した際に発生した煙の中から何かがこちらへ飛んできた。赤黒い何かが。つい先程の斬撃かと思いきや、飛んできたそれは怪異が手に持っていた小振りの鎌だった。その小鎌はまるで斬撃に瓜二つだ。それを見て音は理解した。
(もしかして…僕らが斬撃だと思っていたのは、あの小鎌だったんだ!よそから飛ばしてたんじゃなくて、小鎌自体を投げて斬撃に思わせてたんだ!ということはあの小鎌を怪異の手元から遠ざければ、戦況は楽になるかもしれない!)
そう考えた音は早速3体に指示を送ろうとした、のだがーー
「!、アリス、オーエン!」
2本の小鎌はアリスとオーエンの頭に突き刺さっていた。2体はその場に倒れこみ、そのまま消滅してしまった。その場に残った小鎌は怪異が回収し手元に収まった。
(しまった!とりあえず、次の本をーー)
手元の本を探っていると、背後から声がかかった。
「音、待たせてすまない!」
「管理人!準備が出来たんだね?」
「あぁ、これならいけるかもしれない。それで今の状況は?」
音は現在までの状況と自分の判断が遅れたせいでアリスとオーエンを失ってしまったことを正直に話し、詫びた。
「そうだったのか。しかし、音も咄嗟のことで判断が遅れてしまったんだろう?それなら仕方ない。もう気にしない方が身のためだ。」
「管理人、本当にごめん。」
「大丈夫だ。第一、僕も全部を音に任せ過ぎたのも悪かった。慣れたからと油断してしまった。僕にも非はある。」
そう言って管理人は音の肩を優しく叩き気にするな、と諭した。音は俯きつつも
「…ありがとう。」
と礼を言った。そこへリウが怪異と共に姿を現した。
「勝負はついたな。降参するならその命は奪わないでおいてやろう。」
その言葉を聞いて、管理人は笑いながら言った。
「降参だって?するわけないだろう?確かに僕たちは今、不利な状況にある。だがそれが何だというんだって話だ。その程度で諦めるなんてしたくないんだよ。」
と言って立ち上がる。
「さて、音が頑張ってくれたんだ。ここからは僕が相手をしよう。必勝法だって持って来た。相手に不足ないだろう?」
管理人はリウに問う。リウは大きなため息をついて、
「余程亡き者にされたいようだな。良いだろう。…やれ。」
リウの合図で怪異が動いた。管理人は側にいた白雪姫に指示を送る。
「白雪姫、アレを!」
雪のように美しい手から毒りんごの爆弾が2、3個放たれる。それらが全て爆発すると、辺りは黒い煙に包まれる。その隙に管理人は白雪姫にもう1つ指示を送った。
「白雪姫、音の側にいて守ってやってくれ。」
白雪姫は頷き、音の元へと向かっていった。それを見送り、管理人は正面を向く。怪異とリウはというと無傷でその場に立っていた。
「あーあ、残念。今の爆発で2人揃ってやられてくれれば良かったのに。」
心底残念だというように管理人は言う。
(まぁ、それも面白くないか。まだまだこれからなんだしね。)
怪異は威嚇の咆哮を上げる。それを合図に管理人は手に持っている異能書籍を開いた。
「百発百中で頼むよ、ロビンフッド!」
弓矢を持った男、ロビンフッドが姿を現した。それを見て、リウもまた怪異に指示を送る。
「また新たな使い魔を呼んだか。何度やっても無駄だと言っているだろうに…おい、やれ。」
怪異は手に持っていた小鎌を投げつける。
(あれが音の言っていた問題の攻撃か。普通ならどうするか迷ってしまいがちだが、ここにはロビンがいる。)
管理人はすぐにロビンフッドに指示をした。
「ロビンフッド、あの小鎌を打ち抜け!」
それに応じ、ロビンフッドは素早く2回連続で矢を打った。矢は小鎌を貫き、消滅させた。怪異は驚き後退りする。
「知らなかったか?ロビンフッドの矢は百発百中。お前の攻撃なぞ、すぐ打ち消せる。」
管理人は不敵に笑う。それを見たリウは怒りつつも怪異に指示する。
「くっ…!何が何でも、あいつらを倒せ!」
小鎌を失った怪異は、管理人とロビンフッドの元へ突撃していく。その手が届く寸前で怪異の首は切り落とされた。首を切り落としたのは、なんと消滅したはずのオーエンであった。
「オーエン!?まさか…!」
管理人が振り向くと、音が異能書籍を開いていた。音は顔をゆっくりと上げ管理人を見て微笑む。
「間に合って良かった。」
首を切り落とされた怪異はそのまま消滅した。管理人はその場へ駆け寄り、神秘の異能書籍を回収した。その後すぐに音の元へやって来た。
「ありがとう、音。だけど、オーエンはどうやって?」
「前に管理人が教えてくれた異能再生術を使って、オーエンを再生したんだ。」
「あぁ、あれを使ったのか!」
「うん。咄嗟に思いついたのがそれだったから…。」
照れくさそうに言う音の頭を、管理人は優しく撫でた。
「よくやってくれた。音のおかげで怪異を倒せたんだ、もっと誇って良いと思うぞ。」
「!…ありがとう、管理人。」
その様子を、外からリウが見ていた。
「…。」
音と管理人を怒りと復讐心に満ちた目で見つめ、その場を去った。
リウの敗北は逢魔図書館にも伝わったようだ。レディは額に手を当てて大きなため息をつく。
「リウでも駄目だったのか…何故だ、何故だ!」
椅子から立ち上がり取り乱すレディをユーマは諫めた。
「レディ、落ち着いて。」
「これが落ち着いていられるか!私たちは、あれを回収しなければならないというのに…!」
ユーマの言葉を聞いてもなお落ち着きを取り戻さないレディ。過呼吸気味の息を整え、勢い良く顔を上げる。
「こうなれば最終手段だ!ユーマ、黄昏図書館に乗り込め!そして神秘の異能書籍を全部取り戻すんだ!」
「!…承知。」
「あぁ、それと。あの音という少年もだ。ここへ連れてこい。」
その発言に驚くユーマ。
「オトをですか!?でも何故…。」
「…あの管理人の傍にこれ以上あの少年を置いてはいけない。そう感じるからだ。仮にあの管理人の正体が“あいつ”なら尚更さ。」
「…なるほど。ではレディは向こうの管理人の正体を分かっているのですね?」
ユーマはレディに問いただした。レディは頷く。
「先程は仮に、と言ったが間違いないだろう。それにあの少年にも全てを話さなければいけないからな。ユーマ、任せたぞ。」
「はい。」
短く返事を返し、ユーマは黄昏図書館に向かった。
その頃、黄昏図書館ーー
「これで5冊目だね。」
「あぁ、何だかんだ集まるのが早かったな。」
石板に置かれた神秘の異能書籍を見て、音と管理人は話していた。
「あとは、ユーマが持っているものを取り返せばコンプリートだね。」
「そうだな。さて、早速プランを立てようじゃないか。」
音は頷き、2人でツリーハウスへ向かおうとした時。突如背後で爆発音が聞こえた。煙が止んだ先にいたのは、ユーマだった。
「ユーマ…!」
「どうやら、乗り込む手間が省けたみたいだな。」
管理人は不敵に笑う。ユーマは閉じていた目を開けて音と管理人を見据える。
「やぁ、黄昏図書館の諸君。」
「ユーマ、ここに何しに来たの?」
音にそう問われ、ユーマはさも当然のように言う。
「そんなこと、聞かなくても分かるじゃないか。神秘の異能書籍を奪いに来たんだよ。」
人差し指で音と管理人を指し、ユーマはそう言った。




