本編 2話
「黄昏図書館…?」
音は聞き慣れない単語に首を傾げる。管理人はツリーハウスの前の切り株に座り、向かいの切り株に座るよう音に言った。
「今から全部説明するから、ここに座って。」
そう言われ、音はとりあえず切り株に座る。そして管理人はぽつぽつと話し始めた。
「さっきも言ったけど、黄昏図書館は世界中の物語が集まる場所。生きとし生ける者達の物語、つまり思い出や夢が集まる場所なのさ。ここに集まっている本達はその結晶。僕は神秘の異能書籍と、その所持者達と共に長きに渡ってここを守って来たんだ。」
「神秘の異能書籍…?所持者?」
頭がパンクしかけている音を見て管理人は申し訳なさそうに謝る。
「突然聞き慣れない単語ばかりだよね。すまない。神秘の異能書籍を説明する前に異能書籍について話をしようか。」
そう言うと、どこからか一冊の本が管理人の手元に出現した。その赤色の本は先程あの生命体と戦っていた時に管理人が使用していたものだった。
「異能書籍とは、その名の通り異能力が込められた本だよ。本の題名や登場人物の名前を口にすることでその異能を発揮するんだ。キミもさっきの戦いを見ていたから分かるだろう?」
「…うん。見てはいけない物を見てしまった感覚だったよ。」
音の言葉に管理人は「だろうね」という表情をしていた。
「さて、異能書籍のことについては分かってもらえたと思うからそれを踏まえて神秘の異能書籍についての説明をしよう。神秘の異能書籍というのは、この黄昏図書館を守護する6冊の異能書籍のことさ。以前は所持者がいたのだけどあの戦いで全員命を落としてしまったんだ。」
「あの戦いって…?」
管理人は一瞬、言葉に詰まるもすぐに話し出す。
「かつて、ここで神秘の異能書籍を巡る戦いがあったんだ。本の悪魔と悪名高き人物、ロスト・ブックが神秘の異能書籍を盗んで世界の終末を目論んだ。僕と神秘の異能書籍の所持者達は全力を以て彼女を封印したんだ。その戦いで所持者達は力尽き、そのまま帰らぬ者となってしまったのさ。」
「なるほどね。で、神秘の異能書籍はその後どうなったの?」
「黄昏図書館の敵対組織である逢魔図書館の連中が持ち去っていったよ。このままじゃ皆の思い出や夢が消されてしまう。だから僕はあいつらから神秘の異能書籍を取り戻さないといけないんだ。この図書館の平和を守るために。皆の思い出や夢を守るためにね。でも、一人では骨が折れる。だから音、キミに頼みがある。」
管理人はそう言うと、音に手を差し出した。
「僕と一緒に、神秘の異能書籍を取り戻す手伝いをして欲しいんだ。」
その夜。自室のベッドで横になっていた音はずっと考えていた。結局、その場では管理人の頼みを了承出来ず明日まで考えさせて欲しいと言って帰って来てしまったから。
(どうすれば良いんだろう…そもそも、僕が首を突っ込んで良い話なのだろうか。)
だからといって放ってはおけない。考えれば考える程に分からなくなっていく。
「一体、どうすれば…。」
深刻な顔で天井を見上げる音。そこへ、音の部屋のドアをノックする音が響く。ドアを開けると、そこには母が立っていた。
「母さん、どうしたの?」
「夕食の時から浮かない顔をしているから、どうしたのかなって思って。」
どうやら母は元気のない自分を心配してくれたようだ。何かあったの、という表情の母を見て音は戸惑う。
(母さんに相談出来る訳がない…けど、少し言葉を濁せば…!)
そう思い、音は母に打ち明けた。自分の心の内を。
「母さんはさ。もしも今までの思い出が消えてしまったら、どう思う?」
「…そうね。お母さんは…悲しい、って思うかな。だって、音やお父さんと過ごした日々の思い出が消えてしまうのは…嫌って思うもの。」
母の答えを聞いて、音の考えは固まった。
(…そうだよね。誰だって、思い出が消えるのは悲しいって思う。夢だって一緒だ。僕も、それらが全部消えてしまうのは耐えられない…!)
そう思った。音は迷いのない表情で母に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、母さん。話してすっきりしたよ。」
「!…そう、良かった。」
明日、管理人と話をしようーーそう思う音だった。
翌日。音は黄昏図書館にやって来た。管理人と昨日の場所に座って話をすることにした。
「答えは出たのかい?」
管理人の問いに、音は頷く。
「じゃあ、聞かせてもらおうか。」
「うん。…最初は僕が首を突っ込んでいいことなのかって、迷ってた。でも、皆の思い出や夢をなかったことにしたくない。そう思った。だから…僕にも手伝わせて欲しい。管理人が守って来た物を、僕も一緒に守るよ。」
「!…ありがとう、音。」
音と管理人は握手を交わした。
「さて、無事契約も交わされたことだし音にも渡そうじゃないか。異能書籍をね。」
そう言うと、音の前に一冊の異能書籍が出現した。紺色の本だった。
「僕なりに選んでみた物なんだけど…気に入らなかったら変えても良いよ。」
表紙には『そして誰もいなくなった』と記されていた。音は驚いて管理人を見る。
「これ…僕が最近好きな小説だ…!知っててくれたの?」
「バッグの中に入っていたのを昨日見てしまってね。好きなんだな、と思って。」
管理人のささやかな優しさに音は胸が熱くなった。
「ありがとう。改めて、これからよろしくね。」
「あぁ、よろしく頼む。」
ーーその後、今後の方針を話し合った。
「でもさ、神秘の異能書籍はどうやって取り戻すの?」
音の問いに、管理人は説明する。
「戦うしかなかろうよ。昨日戦った、黒い生命体。僕はあれを『怪異』と呼んでいる。恐らく、逢魔図書館の連中が書籍を悪用して怪異を生み出しているんだろう。本当に悪趣味な奴らだ。怪異を倒せば、書籍は浄化されて手元に戻って来るだろう。」
「なるほどね…じゃあ、人間界では『異変』っていう形で表そう。それでいくと僕らは『異変調査倶楽部』だね!」
「『異変調査俱楽部』か。良いと思う。」
「決まりだね。よし、今日から『異変調査俱楽部』始動だ!」
音と管理人。二人だけの『異変調査俱楽部』がスタートした。
翌日。いつものように音は本を読みながら通学路を歩いていた。今日は伝記物をセレクト。スクールバッグの中には勉強道具と異能書籍が入っている。異能書籍は常に携帯しておくようにと管理人に言われたのだ。戦闘時以外は普通の本なので持ち歩いていても問題ないとのこ
とだったので、こうしてバッグの中に忍ばせている。
(今日、何か掴めないかな…。)
異変の情報がキャッチ出来ることを祈り、音は学校へと向かうのだった。
教室に入り、クラスメイト達と挨拶を交わし自分の席に着く。その時、蓮がいないことに気が付いた。
(また遅刻かな?来る途中も見なかったし…。)
そう思っていると、音に声をかけて来た人物がいた。
「よ、音。おはようさん。」
「あ、明人。おはよう。」
サッカークラブの部員で友達の明人だった。蓮が紹介してくれたのだ。
「蓮、また遅刻かな。」
「あれ、言ってなかったっけ?蓮、この間のサッカーで足を怪我したんだよ。」
明人の口から衝撃的なことを聞いて、音は目を丸くする。
「そうなの!?僕、本人から何も聞いてないんだけど…!」
「マジか。蓮の奴、音に言ってなかったんだな。」
明人によれば、相手チームのゴールを防ごうとスライディングした時にそのまま滑って転んだらしい。
「そうだったんだ…なんか、蓮らしいね…。」
「音もそう思うだろ?あいつにとっては名誉の傷ってやつよ。放課後、少しでも良いから顔出してやってくれ。」
今日はクラブ活動がない日のため、丁度良い。見舞いに行ってやろう。音はそう思った。
放課後。図書館による前に音は蓮の家を訪ねた。蓮の母が部屋まで通してくれ、蓮と顔を合わせることが出来た。
「ごめんな、音。心配かけて。」
「気にしないで良いよ。怪我で済んで良かった。」
「いや、俺も悪かったんだよ。あの公園が『呪われた公園』って呼ばれていることを忘れてたからさ…。」
「『呪われた公園』?蓮、その話詳しく聞かせてくれない?」
異変の可能性を感じた音は、蓮から話を聞いてみることにした。
「俺たちが行った公園は、昔から『呪われた公園』って呼ばれているんだ。その公園で遊んでいると、必ず事故や怪我をする人が出るんだよ。だから「呪われている」って噂になって、遠巻きにされてた場所なんだ。」
「そうなんだ…。」
「音も気をつけろよ。まあ、近づかないのが一番だな。」
「…ってことがあったんだけど、どう思う管理人?」
蓮から聞いた話を管理人に打ち明けると、管理人は暫く考え込んでから
「異変の匂いがするな。怪異が引き起こしている可能性は、極めて高いと見て良いだろう。」
そう言い切った。
「だよね。じゃあ、早速調査しに行こうよ!」
「そうだな。早く解決するに越したことはない。行くとしよう。」
2人は早速調査へ出向くことにした。黄昏図書館を出て、いざ出発となったのだが管理人からストップがかかる。
「待ってくれ、音。行動しやすくするから。」
そう言うと、羽織っているローブの下から懐中時計を取り出し天にかがげる。
「異能発動ーー時間停止!」
管理人が詠唱した途端、瞬時に周囲の空気が変わっていく。いつもより図書館が静まり返っているような、そんな気さえしてくる。
「時間を止めたんだ。だけど、僕たちと怪異だけは動くことが出来る。これで異変があぶり出しやすくなるだろう。シールドの役割も果たしているから、万一戦闘になっても誰もどこも傷つけることはないから安心して良いよ。」
「ありがとう。もしかして、その懐中時計も異能が秘められているの?」
音は管理人の手元にある懐中時計を指していった。管理人は頷き、
「あぁ。この懐中時計にも異能が秘められている。僕が改造したんだ。」
そう言った。音は管理人の器用さに感心してしまう。
「流石だね。僕には絶対に出来ないや。」
「諦める程でもないと思うぞ?僕から見るに、音には伸びしろがあると思うし。」
「そうかな?」
「伸びしろというのはな、自分の目ではなかなか分からないものだからな。…さて、そろそろ行くとしよう。時間が惜しい。」
管理人はそそくさと歩き出す。音もその後を追って歩き出した。
図書館を出て10分。目的地に到着した。見た感じ、普通の公園に見えるがーー
「どう?管理人。何か感じる?」
「…あぁ。確実に、いるな。」
次の瞬間。管理人に向かって、猛スピードで迫る黒い影があった。音は慌てて管理人に声をかける。
「管理人、危ない!」
焦る音とは裏腹に、管理人は涼しい顔でその黒い影を片手で止めた。
「武器も持ってない奴に向かってくるとか…お前、重罪だよ?」
黒い影はうめき声をあげながら一旦飛び退いて距離を取って来た。管理人はすぐに異能書籍を取り出して臨戦態勢になる。音にも声をかけた。
「音、構えて。」
「!…うん。」
音もバッグから異能書籍を取り出して構えた。黒い影ーー怪異は、音と管理人を敵と認識したようで再び向かって来た。
「僕らに始末される覚悟が出来たみたいだね!ではーーこちらも本気で行かせてもらうとしよう!さあおいで…アリス!」
管理人の呼び声に応じ、アリスが顕現する。ハートの槍を持って怪異に向かっていく。
「まだまだ!キミの出番だよ、白雪姫!」
2冊目の異能書籍から白雪姫が顕現。毒りんごを投げつけると、大きな爆発が起こる。それによって怪異は一瞬怯んだ。そこをアリスは見逃さなかった。槍を構えて怪異に突進していき、そのまま怪異のはらわたに槍を刺した。怪異は一瞬血反吐を吐くも何てことないようにアリスを吹き飛ばした。アリスは後方に飛ばされ、木に勢いよく衝突してしまう。その反動でアリスは消えてしまった。相当ダメージを受けてしまったのだろう。その後、白雪姫が毒りんごのダイナマイトを投げつけるも怪異はのらりくらりと避けてしまっているため、攻撃が通っていない。それを見た白雪姫は一度管理人の元へ戻って来る。怪異もこちらをじっと見て視線を離さない。両者の睨み合いが続き、数分後ようやく動いた。消えたのはーー
「嘘だろ!?白雪姫でも歯が立たないっていうのか!?」
白雪姫であった。怪異の強さは相当であることが理解出来る。音はある予感を感じ取り、管理人に話しかける。
「管理人、これってーー」
「あぁ、神秘の異能書籍から生み出された怪異だ。間違いない。」
音の予想は的中した。この怪異を倒せば神秘の異能書籍を1冊取り戻せることが分かった。
「よし、そうと決まれば…管理人は休んでて。ここは僕が引き継ぐから。」
「音、気を付けろ。奴は強いからな。」
「うん。」
管理人に代わって音は前に出る。すうっと息を吸い、気を引き締める。
「怪異、ここからは僕が相手になってやる!行くぞ!霧のように消しつくせ、U.N.オーエン!」
音は言いながら異能書籍を開いた。すると、黒いコートを着た顔の見えない男が顕現する。
「オーエン、跡形もなく消し去って!」
音は指示を出した。すると男ーーオーエンはどこからか取り出した銀の鎌を手に怪異へ切りかかる。怪異は先程と同じように攻撃をオーエンへ確実に当てた。手応えはあった、のだが。
「!?」
オーエンはその場から姿を消したのだ。どうやら幻影だったらしい。その後も怪異はオーエンの姿を見る度に攻撃を繰り返したが、全て幻影で避けられてしまう。それをループする内に怪異は徐々に苛立ちを覚え始めている。
「もうそろそろかな。オーエン、もうとどめを刺して。」
そう言うとオーエンは怪異へ近づいて、煙幕を放った。辺りは霧に包まれたようになり、見えなくなった。怪異も動揺を隠しきれない。そんな中、オーエンは怪異の肩をちょんちょんとつついた。怪異はそれに気づいて振り返る。その瞬間、オーエンは鎌で怪異を叩き切った。
「!????」
怪異はまるで何が起こったか分からないといった様子のまま灰になって消えた。それと同時に煙幕によって放たれた煙も消える。音と管理人が目を開けると、もうそこに怪異はいなかった。その代わりに怪異がいた場所には神秘の異能書籍がぽつんと置かれていた。
「音、これはーー」
「うん。ミッションコンプリートだ、管理人。」
オーエンが神秘の異能書籍を音の所まで持って来てくれた。音はオーエンからそれを受け取り、
「ありがとう、そしてお疲れ様。戻って良いよ。」
その言葉を合図にオーエンは異能書籍の中に吸い込まれていった。管理人はその姿を見て思うのだった。
(音。やっぱりキミを相棒に選んで正解だったよ。)
「…。」
音と管理人の姿を物陰から覗く人物がいた。その人物は音と管理人を目に焼き付けると、どこかへと姿を消した。
「ふぅ…今日は疲れたな。」
後のことは管理人に任せ、音は帰宅していた。その道中、異能書籍を取り出して見つめる。それと同時に、管理人の言葉を思い出した。
「音。これをきっかけに逢魔図書館の連中が動き出すかもしれない。この先は覚悟して臨むことにしよう。」
音は決意を新たに歩き出した。
(絶対に守る。皆の夢も思い出も、全部僕がーー)
その頃。逢魔図書館に一人の人物が帰還した。
「戻りました、レディ。」
「ユーマ。お前どこに行っていたんだい。私の了承なしに勝手に人間界へ行くなと言っているだろう。」
レディと呼ばれた少女は怒りを含んだ声を少年にぶつける。
「それは申し訳ありません。ですが、悪いニュースが一つ。」
「何だ。言ってみろ。」
少年ーーユーマは意を決して話した。
「黄昏図書館に…本来存在しないはずの管理人がいます。しかも、僕と同じ人間を連れて。」
「何だと…?」
レディはゆっくりと振り返る。その姿は、黄昏図書館の管理人と瓜二つの形をしていた。




