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本編 1話

ピピピッ ピピピッ


起きる時間を告げるアラームが鳴り響く。まだ静けさのある部屋にとっては似つかわしくない雑音だ。それを払うように一人の青年の手が雑音を止めた。それと同時に、青年は時計から手を離してベッドから起き上がった。寝ぼけまなこを擦りつつ部屋を出て階段を降りてリビングへ向かう。


「おはよう、母さん。」


青年ーー雨宮音は母へ挨拶を一つした。母は笑顔で挨拶を返した。


「おはよう、音。」



「行ってきます。」


朝食を食べ、通学の準備を整えた音は誰もいなくなった家の中へその一言を投げて鍵を施錠して学校へと向かった。その道中、一冊の小説を読みながら。音は幼い頃から読書が好きで、多くの本を読んできた。母が読み聞かせをしてくれたことがきっかけで本に興味を持ち自分でも読んでみるようになった。それを繰り返しているうちにいつの間にか本が好きになっていた。以来、読書が趣味になった音はこうして空いた時間には決まって本を読んでいるのだ。因みに今読んでいるのはアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」である。この間本屋で見つけて購入したのだが、すっかり気に入ってしまったらしい。ここ数日はこの一冊しか読んでいない。


そんな感じで本を読みながら通学路を歩いていると、背後から誰かが走って来て音に声をかけた。


「おはよう、音!」


「あぁ…おはよう、蓮。」


音のクラスメイトで友人の蓮だった。そこからは蓮と二人、学校に向かうことになった。


「悪かったな、読書の邪魔して。」


「いや、僕も気づけなくてごめん。今読んでるやつ、凄い面白くて。集中してた。」


そう言って音は苦笑いする。蓮は


「だと思ってた。背中から集中オーラ出てたよ笑」


音の背中を優しく叩き、笑って見せた。音もつられて思わず笑ってしまう。それから音は今読んでいる小説を蓮に熱く語りまくった。


途中、蓮の頭がパンクしそうになったのは言うまでもない。そうこうしているうちに二人は学校へ到着した。


「皆、おはよう!」


蓮の元気で活発な挨拶とクラスメイト達の挨拶が交互に交わされる。その横で音も挨拶を交わした。自分の席に着くと、密かに笑い声が聞こえた。それが自分に向けられているのだということは、音は分かっていた。


(またか…まあ、もう慣れたけど。)


読書が趣味であるということが知られると、音はいわゆる「陽キャ」と呼ばれる部類の人間達の恰好の餌となった。大人しく本を読んでいると、


「出たよ、読書大好きな陰キャだ。」


「ねー。本読むのが好きとか、マジダサい。」


だのとひそひそ言われるようになった。だが音は全く気にしていない。寧ろ言われすぎて慣れたのか、気にも留めていなかった。


(言われる度に蓮がかばってくれているけど…なんか申し訳ないな…。)


蓮に対して申し訳なさを感じつつも、こんな自分といてくれる蓮には感謝しかない。音は毎回そう思っていた。因みにだが、音が周囲からの声をさほど気にしていないのはもう一つ理由があった。それはーー



「先日の作者の心情を読み取るプロファイリングテストだが、このクラスから首席が出た。ーー雨宮くん。」


国語の授業。音の名前が、教師の口から放たれる。その瞬間、教室はざわついた。クラスメイト達は皆口々に


「凄い!」


「流石は雨宮だな。」


と音に対して賞賛の言葉を口にする。ーーそう、もう一つの理由というのがこれである。音は国語の授業で行われる作者の心情を読み


取るプロファイリングテストで毎回首席を取っている。普段から本に触れている者の特権とも言えるだろう。この授業に活かすことが


出来る、ということが分かっているが故に音は周囲からの声を気にするということがないのだ。


(読書どころか、勉強も全く出来ない人達には成しえないことだからね。)


そう思いながら陽キャ達を横目で見ると、悔しそうな表情で音を見ていた。その様を見て音はいい気味だ、と鼻で笑った。


ーー国語の授業が終わり、一息ついていると隣の席から蓮が話しかけてくる。


「今回も流石の結果だな、音。あいつらめっちゃ悔しそうな顔してたよな!」


そう言って笑う蓮。音もまた小さく笑って言う。


「ありがとう、蓮。まあ、僕に勝てると思っている脳を疑うね。全く勉強もしないくせに、人の趣味を馬鹿にするだけの連中の考えなんて知りたくもないけど。」


言い切ると、蓮と二人でしばらくその話題で持ちきりになった。



放課後。帰り支度を終えた音は、蓮に話しかけた。


「蓮、クラブ活動行こうか。」


「お、そうだな。行こうぜ。」


音は自身が設立した「読書クラブ」にクラブ長として所属している。蓮は副クラブ長だ。どちらかというと運動の好きな蓮だが、音の好きな物を理解したいとついて来てくれたのだ。本当に最高の友人である。


「そういえば、今日のプロファイリングテストの結果、皆に教えるか?いつもみたいにさ!」


「そうだね。きっと他の学年も結果が出ている頃だろうしね。良いと思うよ。」


そんな会話をしていると、もう図書室だ。中に入るともう部員達は集まっていた。


「こんにちは、皆さん。すみません遅くなって。僕らで最後でしたよね。」


音の言葉に、3年生の部員がフォローしてくれる。


「これ以上遅くなるようなら迎えに行こうと思っていたけれど、その必要はなかったね。ちゃんと時間は守ってくれているから謝ることはないよ。」


ありがとうございます、と音は礼を言い、部員達の前に立った。


「それでは、活動始めていきましょうか。本日もよろしくお願いします。」


まずはミーティングから始まった。プロファイリングテストの結果を伝えあったり、今日の活動方針等を話した後すぐクラブ活動が行われる運びとなった。今日の活動は、読書クラブの部員達がおすすめしたい本を紹介するポスター作りということでおすすめしたい本を選ぶ作業だ。自分が持っている本でも良いし、図書室にある本でも良い。とにかく自由に選んでもらうことにした。部員の半分は図書室にある本の中から選んでいるが、ぽつぽつと本を持参している者もいた。本を持参している部員は既に紹介カードの内容を考え始めている。図書室にある本を選んでいる部員も、颯爽と本を選んで紹介カードの内容を考えていた。一方で、音と蓮はポスターのレイアウトをどうするか話し合っていた。どうやったら多くの生徒が見てくれるか、どうやったら分かりやすいか。図書室にあるレイアウトのアイデアブックとにらめっこしていた二人だったがーー


「うーん、マジでどうすれば良いんだこれ。音は良いの見つかった?」


「ごめん、こっちもまだ探し中だよ。なかなか良いのが見つからなくて。」


二人揃って頭を悩ませていると、顧問がやって来た。


「雨宮くん、谷川くん、大丈夫?なんか困ってる?」


「あ、先生。実はーー」


ポスターのレイアウトをどうするかということに困っていることを話すと、顧問も一緒に考えてくれることになった。3人で時間いっぱいまでアイデアを出し合いとりあえず図案を完成させるまでに至った。



「では、今日はここまでです。皆さんお疲れ様でした。」


クラブ活動が終わり、部員達が帰り支度を終えて図書室を出るのを見送っていると蓮が話しかけて来る。


「音、俺らも帰ろうぜ。」


「そうだね。帰ろうか。」


顧問に挨拶をして音と蓮は下校した。夕暮れが綺麗な空の下を二人歩く。そんな中ふと思い出したように蓮は音に問う。


「そういえば、今日は行かないの?」


「あぁ、今日は良いかな。もう閉館時間だしね。明日クラブ活動がない日だから明日行くよ。」


音には幼い頃から欠かさずに行っている場所がある。それはマルノイ市図書館だ。かなり昔から設立されている歴史ある図書館で昔の本から最新の本まで所狭しと置いてあるのだ。放課後にいつも行っているのだが、クラブを発足してからは忙しく行けない日が続いた。


「蓮も行く?もし良かったらだけど。」


「あー、悪りぃ。明日はサッカーの試合に呼ばれてんだ。本当にごめんな、音。」


「全然良いよ。サッカー、楽しんで来て。」


そう言って音は笑った。



そして翌日。学校が終わると音はマルノイ市図書館に直行した。今日は新刊が入る日でもあったため、尚更楽しみにしていた。


(リクエストした本、入ってると良いな。)


そう思いながら図書館のドアをくぐった。新刊のコーナーへ行くと、たくさんの本がずらりと並んでいた。


「リクエストのは…あ、あった!」


自身がリクエストした本を見つけ、それと新刊を何冊か手に取り音は席に着いた。そして夢中で読み進める内に気づけば夕方になっていた。周りを見渡しても人気が少ない。


「あ、もうこんな時間だ。帰らないと。」


そう言って音は立ち上がる。そして本を戻しに行こうとしたその時。視線の端を何かが横切った。


(今、何か…。)


音はその視線の先を見つめていたが、気のせいと思うことにして本を戻しに行った。


「これでよし。さて、帰ろう。」


そう言って帰ろうとした音は、目の前の光景に身体が動かなくなってしまった。


「…え?」


音の行く手を阻むように大きな黒いもやのような生命体が立ちはだかる。その生命体は得体のしれない咆哮を挙げると音に襲い掛かって来た。


(あ…終わった。)


そう思った。けれど、攻撃は当たることはなかった。異変を感じて音が顔を挙げると、目の前にはーー


「大丈夫か、少年。」


少女が立っていた。背格好は音よりも幼いが、どこか大人な雰囲気も漂わせていた。


「あ、うん…一応は。君も危ないから逃げた方がーー」


音が逃げるように促すと、少女は何てことないと言うように音を背にかばい


「大丈夫だよ。僕はこいつの対処法を知ってるからね。少年、君は僕が守るから心配しないで。」


と笑ってみせた。一方で生命体は少女に対して威嚇しているのか、唸り声を挙げている。


「ちょっとちょっと?あまり調子に乗らない方が良いんじゃないの?降参して僕に倒されるっていうなら許すけど、どうする?」


そんな少女の提案に『断る』と言うように生命体は咆哮を挙げた。少女は大きなため息をついて、


「そっかー。断るんだー。実に残念だよ。じゃあ…死んでもらおうかな。」


冷酷に言い放ち、どこからか一冊の本を取り出した。


「さあおいで…アリス!」


そう叫ぶと本から武器を持った少女が現れ、生命体に襲い掛かる。生命体もまた特攻していくがそれよりも少女が早かったらしい。先端がハート型になっている槍は生命体を深々と貫いた。槍が引き抜かれると、生命体は瞬く間に消滅していった。少女もまたどこかへ消えた。その光景を本棚の影から音は見ていた。信じられない物を見てしまったのだと、実感してしまった。



「嫌な物を見せてしまったね。すまない、少年。」


少女はまた謝罪して来たので、音は慌てて


「頭を挙げて。謝る必要はないから…寧ろお礼を言いたいよ。助けてくれてありがとう。」


「!…そうか。」


少女は安堵の表情を浮かべながら頭を挙げた。


「あ、名乗り忘れていたな。僕のことは管理人、とでも呼んでくれ。何せそれしか名前がないんでな。」


管理人、と名乗った少女はそう言った。音も自分の名を名乗る。


「僕は雨宮音。音で良いよ。」


「そうか。よろしく、音。」


管理人が差し出した手を握り返す音。お互いに挨拶を済ませた所で、音は切り出した。


「あのさ。ついさっきの出来事のこと、教えてくれないかな。」


と管理人に問いただす。管理人はためらう様子を見せたが、


「まあ、話さない訳にはいかないよな…ついてきて、音。」


先立って歩きだす管理人の後を、音は慌てて追った。そして管理人はとある本棚の前で止まり、上から3番目の棚の本を一冊取って脇に


置くと本を右へ動かした。その次は上から5段目の棚の本を一冊取って脇に置いて左へ動かす。最後に上から4段目の棚の本を一冊取り、脇に置いて左右に動かした。すると、本棚が右に動き光輝く空間が現れた。音が呆気に取られていると、管理人は手を差し出し


「さあ、おいで。」


と微笑む。音は管理人の手を取ると、吸い込まれるように本棚の奥へ入って行った。その先で音が目にしたのはーー


「わあ…!」


夕日が差し込む、自然豊かな場所だった。周囲には無数の本棚、中央には大きなツリーハウス。まさに音の理想とする空間だった。


「ここって…?」


音は管理人に尋ねる。管理人はこう言った。


「凄いだろう?ここは世界中の物語が集まる場所。世界中の生きとし生ける者達の思い出や物語が集まる場所。ーーようこそ、音。僕が管理する黄昏図書館へ。」














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