9話「平八重美里の恋敵」
「という訳で吹寄君、女の秘密、明かすのを待ってやるのも男の甲斐性ではないでしょうか?」
白石萌心を尾け回した翌日の昼休み、空き教室を例のごとく勝手に私物化し昨日の悪夢をまるで何も無かったかのように彼に報告する。
「そうか、妹の迎えだったか」
「随分と、素敵な彼女さんではないですか」
神妙な面持ちで繰り返し頷くと、やがて自らの邪推を恥じる様にガックリと肩を落とす。
そんな彼を前に淡々と依頼の報告をこなす。
昨日の事は平八重さん共々心の奥深く白石さんを交えた三人だけの強制的な秘密とし、吹寄君への調査報告は白石さん主導、監修の元最もらしい嘘で塗り固めほんの少しの事実を織り交ぜた上質な捏造で報告する事となった。
自宅からの最寄り駅は吹寄君の最寄り駅から一つ先、妹を迎えに行く関係で吹寄君と同じ駅で降りるが、気を使わせてしまうので内密にしていると。
彼女の以外とも言える家庭的な一面が彼に与える関心及び探索行動を数段高まらせた事だろう。
また家に関してボロ家など口が裂けても言えず、駅からほど近いオートロックの新築マンションに住んでいる。
という白石 萌心というブランドをなるべく損なうこと無く寧ろ底上げするであろう設定と相成った。
「はぁ〜…まぁ疑ってたわけじゃないけどよ、妹の為って聞いて俺は自分が恥ずかしいぜ初恋!」
「えぇそうですか、そうでしょう、そうですね…」
そんな策士策に溺れる事なく泳ぎ続ける彼女の悠々自適な姿勢に思わず引きつった笑いをうかべる。
吹寄 弓月も憂いの晴れた表情となり依頼時のしおらしい姿はどこへやら肩を力強くポンポンと叩かれ、その威力に思わず姿勢を崩す。
「けどよ、別に隠さなくてもいいとは思わねーか?」
疑いは晴れたが彼の中未だ全てにおいて納得がいったわけではない様子。
或いは飲み込む途中といったところか。
「なんにしても、萌心は外見も中身も綺麗なヤツだってわかって満足だ」
「後は俺が...その、なんだ...全力で愛してやらないとだな!!」
「そうですねその通りだと思います」
これを平八重さんが聞いていたのなら、また厄介な話だなと口には決して出さないよう嚥下する様に飲み込む。
そんな彼女、平八重 美里は今日は未だ昼休みを迎えて尚、学校には姿をみせていない。
「嫌な役回りサンキューな初恋!美里の事で困った事があったら何時でも言ってくれていいからよ」
白石萌心による上質な嘘に手玉に盗られその心までも絡め取られ、不憫にも上機嫌な吹寄弓月は大きく大袈裟に手を振るとそのまま空き教室を後にする。
そんな一幕の数時間前、今朝早くに登校するとやはり一番乗りは取れず教室の中央、慣れた手つきで裁縫をする白石萌心の姿がそこにはあった。
「おはよう白石さん、昨日ぶりですね!」
「……おはよう〜。初恋君」
一瞬の間を置いてキャッチボールが成立すると、間を繋ぐように再び投げ返す。
思い出したかのように、ふと幾つか彼女へ質問してみる。
「あれから僕、白石さんに聞いてみたい事が出来たんですよ!」
「ん〜?…なにかな?」
端正に整った眉をピクリと揺らすことでこちらの問いに反応する彼女。
牽制するように、おもむろに手の動きも止まる。
「ふむふむ...やっぱり白石さんは、今日もふわふわと羊の様に美しいですね」
「ふふっ、急にどうしたの初恋君?」
どこか満更でも無さそうに短く口を抑え上品に笑う彼女。
「いえね、白石さんの様なクラスの中心的美少女が交際相手に求めるもの…いや違うな」
「吹寄君に、吹寄弓月に強く依存するその理由…恋愛下手な僕の後学の為お聞きしてもよいでしょうか?」
上手く言語化出来なかったが、大凡はこんな所だろう。
少し直球過ぎたが察しの良い彼女に対して、駆け引き等は無駄だろう。
真っ直ぐにぶつけて帰ってこないのなら問の答えは諦めるしかない。
逡巡考える素振りを見せるも直ぐにいつもの調子に持ち直す。
「……はぁ。」
「初恋君はどうにもやりづらいな〜。君からはいつも人間味を感じないから」
ため息混じり、後れ毛を指先に絡めクルクルと巻く手遊びの様な行為、そんな彼女の声色からはやや不機嫌そうな物を感じる。
白石萌心は何処に出しても恥ずかしくないビジュアルの持ち主であり、その気になれば交際相手など選び放題だろう。
そんな彼女が何故吹寄弓月に強く執着し、平八重美里を的に掛け警戒するのか、ほんの知的好奇心由来の興味本位。
「高校生はね〜…もう子供じゃないんだよ初恋君?」
白石萌心は言う。
運動が出来る子がモテる小学校。
目立つ子がモテる中学校
そして現在、我々が大人になろうと最も足掻き苦労する段階。
求められるのは…顔や運動神経や単に目立つ事等ではなく、自らの付加価値となる者、あらゆる面でカーストを底上げする為の加速装置そのものだと。
「顔だけで言ったらね〜二組の桜美林君も好きだし〜運動神経で言うならサッカー部の渡会君もいいね〜」
そのどちらでもない彼、吹寄弓月が選ばれた理由は一重に。
このクラスの中心、カースト最上位に位置する平八重美里の排除。
そして付随する自らの価値の上昇。
「平八重美里の事だけじゃ無い、吹寄君はスポーツ万能で幅広い人脈を持ち合わせているんだよ。バスケでプロになれば一番いい結末、そうでなくても人脈とコネで少しでもいい所に就職出来れば御の字……」
「今を我慢して未来を得るつもりなんてない…今もこの先も私は誰よりも一番でいたいの。理由なんてそれで十分じゃないかな?」
「それにあの単細胞はね?私にご執心だから、言う事はなんだって聞くんだよ〜?」
単細胞、聞くまでもなく吹寄弓月の事だろう。
まさか彼女の口から彼をそんな風に評する言葉を耳にするとは夢にも思わなかった。
眼前彼女は嬉しそうに、声色と表情だけは皆の認知通りの白石萌心。
けれども相対する白石萌心は確実に先日見た鬼の人格。
彼女が彼を見初めた理由としてはカーストだけではなく将来を見越した冷徹なまでの現実主義も混じっている。
彼女の根底にあるのは将来の安定による家族への奉仕、そしてそれを遥かに凌駕する承認欲求と自己顕示欲。
ボロく汚い家屋、不釣り合いなブロンドの髪を軋む平屋に押し込む時、彼女の心も酷く軋んでいる事だろう。
それ故に真に底辺から這い上がりたいという気持ちは他の雑輩とは一線を画す物であり、吹寄弓月はその為の舞台装置という訳だ。
「愛だの、恋だの。青い事を言ってられるのは義務教育までなんだよ初恋君」
理想を追い求め、不要な物を切り捨てどこまでも利己的に冷徹に。
その為に一段二段と自らの理想を下げ平八重美里を陥れる為に吹寄弓月を見初めた。
自らが最も優位な立場に立つ事で築かれる自分を中心とした王朝。
白石萌心の実態、その生態はふわふわとした羊やニワトリなどではなく守るべき身内以外の一切を自らの糧とする、ブチハイエナの様な狡猾さと冷めきった現実主義そのものであった。
「平八重さんは純粋に彼を好いて居ますが目的の為、それすらも厭わないという事ですか…?」
「他人を慮ってばかりいるから、彼女は大事なモノを取りこぼしたんじゃないのかな?」
「グーの音も出ませんね……」
自らの目的のため他者を厭わない白石萌心と他者を重んじ自らを切り売りする献身的な平八重美里。
カースト上位に同じく肩を並べ尚相反する両者、奇しくも想い人は一人。
そしてその勝者は無情にも白石萌心、彼女に軍配が上がった。
眼前の彼女、白石萌心は上機嫌に、いつもより饒舌にテンションは三割増しに。
自らを最大限魅力的にかつ妖美ににみせる上目遣いで、明け透けに話し続ける。
取るに足らない凡愚を相手にする様にどこまでもマイペースに。
「女の子は強かなんだよ〜初恋君?」
「その様ですね」
「はぁ〜、...ちょこまかとついてまわる牛女対策だったんだけど……」
そう言った彼女の手元には無地の盗まれたはずの巾着袋がひらひらと手先で弄ぶよう振られている。
「自作自演ですか、なんでそこまで……」
「女の勘ってね?嫌な予感程当たるんだ〜」
「保険として先生に呼び出して貰ったんだけど、まさか初恋君まで着いてくるなんて思わなかったよ」
ここ数日二人についてまわる平八重さんを疎ましく思った故の保険。
またそれは吹寄弓月か或いは平八重美里による自らをターゲットにした僕への依頼をも想定されたモノ。
探りを警戒して尾行を入れられる事すら感知していたとは…末恐ろしい女の勘。
平八重さん一人の尾行だったのなら、彼女の思惑通り尾行は体をなさず全く成立しなかっただろう。
どこまでも磐石、付け入る隙など存在しない。
「あははっ」
「全く……僕なんかの浅知恵じゃ白石さんには敵いそうにないな」
「吹寄弓月の身辺調査。とりわけ彼の隣に陣取る平八重さんの存在について……」
「僕への依頼、その報告。全て有意義に使って頂いたようで」
満足そうに敗北宣言を聴き受ける彼女を前に敗北による悔しさや不甲斐なさより、より強い一つの感情に支配される
「そういうこと、本当助かっちゃった」
「吹寄君の隣を陣取る平八重さんを排除し、吹寄君を略奪する...上手くやりましたね」
「直接的では無いにしても、一役買ったと思っても良いのでしょうか?」
最初は単なる恋慕かと思っていた。
彼女から依頼を持ちかけられた時、彼女白石萌心は確かに恋する乙女の顔をしていた。
そんな彼女に協力したいと思い、さらにその行く末も見たいと思った。
『吹寄弓月君の事がもっと知りたいの!』
彼女からの依頼はそんな切り出しだったか。
彼の人となり、友人関係、家族構成、想い人の有無、趣味や得手不得手など。
直ぐに調べあげ調書をまとめ彼女へ報告した。
尚も満足の行かない彼女が次にターゲットにしたのは……平八重美里。
吹寄弓月の隣を陣取る幼馴染。
『平八重美里さん...この子の全部を調べて』
同様に彼女、平八重美里の全てを可能な限り調べ上げた。
未だ2人に男女の仲は無く、付き合ってもいない事。
放課後校門前連なって下校する事など明透に。
そしてこの一見お似合いな2人の関係が平八重美里の一方通行な片思いだということ。
満足そうに晴れやかな満面の笑みで報告を受ける彼女を前に久しぶりに良い部活ができたと、良い恋愛が見られそうだと心踊ったのも束の間……
蓋を開けてみればどこまでも打算的で利己的にノーサイドの存在しないラフプレーの数々に酷く落胆した。
「わざわざ教室で吹寄君を、二人を待たせたのは...平八重さんの心を完全に折るためだったり?」
「まさか吐いちゃうとは思わなかったよ...、うんあれはやり過ぎました...反省しなきゃだね〜」
「結局は取るに足らない存在だったね...吹寄君彼女をただの幼なじみだって、異性としてなんて見てなかったみたいだし、警戒して損しちゃった」
「もう「私の依頼」も吹寄君の依頼も終わったでしょ?後は暖かく見守ってね〜平八重さんにも伝えて置いてくれる?」
「ううん…やっぱり……」
「──────…放っておいてくれるかな?」
彼女の有無を言わさない気迫を前に用意していた言葉は既に尽きていた。
「…………………………………………。」
つまらない。
ひどく不完全燃焼だ。
この感情は彼女の掌の上で踊らされた事への感情ではない。
結局のところ僕自身は観測者であり傍観者。
この恋物語の当事者ではない。
白石萌心と平八重美里、どちらが吹寄弓月と結ばれようとその道中、或いは行く末を楽しめたならその結果などどうだっていい。
ただ一つ許せないのは、こんな中途半端に...このまま僕の知らないところで二人だけの時が経過しやがて何処へとも知らぬ行く末を迎えるなんて到底看過できない。
読み進めた漫画のまさにクライマックス
続きはウェブで!なんて悪行非道蛮行、とても許される事ではない。
それにこの物語はきっと、これからもっとずっと面白くなるハズ。
それはつい先日、彼女、平八重美里が入部した事で確約された。
しかし現状酷くチープでなにか賞にでも出したなら書類選考で振るい落とされそうなくだらなさ。
「ラブストーリーにしては冷めきっていてラブコメディにしても面白みに欠ける…」
「…?初恋君聞いているの?」
「そしてロマンスとは程遠い...」
何かあとひとつ、ほんの...ほんの少しの要素でこの物語は激的に面白くなるはず。
白石萌心の利己的な二面性とその実態。
平八重美里の圧倒的敗北と燻り続ける未練。
そして吹寄弓月の実態。
そう、必要なのはあと一つ。
「…そう、あと一つ」
「どうもありがとう白石さん!」
「えっ…?あっありがとう?」
「もうっ!調子狂うなぁ〜…。」
余裕綽々なお似合いな笑みを浮かべる彼女を尻目に目的へ向け勢いよく教室を飛び出す。
観測者でいる事、傍観者に徹する事。
常に心掛けて居たこの心構えが自らの想像力や理想を追い求める枷になっていたとは。
なればこそ、これから僕は僕の為に…。




