8話「平八重美里と蒲魚」
コウノトリ。
鳥綱コウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属に分類される鳥類。
古いヨーロッパの言い伝えで高い場所に巣作りするその生態から『赤ちゃんを運んで来る』なんて言い伝えで親しまれている。
まさにコウノトリと言えば子宝の象徴なのである。
が…しかし
「えっと平八重さん、今のはなんですか?冗談ですか?」
「拾いませんよ、そんな古典的なボケ」
そんなカマトトぶったキャラ作り、今日日流行らないだろう。
自らのボケを拾って貰えなかった私怨も含め雑にあしらうってみせる。
「えっなに?私なんか変な事言ったかな」
「なにって…そのコウノトリが何とかって…」
「だから、私変な事言った?」
彼女のあっけらかんとした表情を前にまるでこちらが全面的に間違った事を言っている気分になる。
「そんな子宝の象徴みたいな見目形で…本気ですか?」
「だーかーらーっ!何が言いたいの初恋君っ!?」
思わず飛び出たセクハラギリギリな、発言を反省しつつも、ひとつの疑念が明確な不安への移り変わる。
高校生にもなって、中学生から繰り返し特別な時間と特別な教室を設けてあれだけ学ばされる性教育。
「はぁ…義務教育の大敗ですね、もしくは親御さんの教育不足か」
彼女の両親の過保護によるものか或いは彼女自身の無知故か。
「ちょっと……」
「親の悪口はやめてよっ!」
「いやっ悪口のつもりはなかったんですが」
「けれども...無知は罪ですよ平八重さん」
察するに、彼女は触れてきていないのだ真っ当な性教育に。
「もうっ!なんかその態度すっごい嫌な気分になるっ!」
「言いたい事あるならちゃんと分かるように言って!」
彼女の様子からも、どうもふざけているとは到底思えない。
「平八重さんは、将来子供は欲しいですか?」
「へっ...子供?」
「初恋君は脈絡無いからなぁ〜もう」
「ん〜そうだね…その時の経済状況にもよるし、家庭環境や社会情勢にもよるのかなぁ……?」
彼女は言う。
物価高、日用品などの値上げ、原材料費高騰、人件費高騰、物流費高騰、エネルギーコスト高騰、資材高騰、為替の変動、それらと時のタイミングだと。
「…でも難しい事抜きにしたら素直に欲しいかな!」
「それも男の子と女の子っ!ひとりずつ!」
キラキラとした表情で未来の家族に想いを馳せる彼女。
何故そこまで冷静に考えを巡らせれる人が、性教育のみすっぽ抜けてるのか甚だ疑問だ。
アニメや漫画でカマトトぶったキャラクターを見てそんな訳ないだろっ!と一人ツッコミしていた自分を思い出し思わず苦笑いしてしまう。
「落ち着いて聞いて下さい平八重さん…子供はコウノトリさんは連れてきてくれません」
「えっ?じゃあ何鳥さんが連れてくるの?」
「予約制?事前申告制?なにか手続きとかしないとなのかなっ?」
「あっ!あとおっきい鳥さんじゃないとダメそうだね……となるとアンデスコンドル!?」
絶対に鳥に連れて来させたい平八重さんには酷な話だが、高校生にもなってこの性知識と認識だと将来悪い奴らの手によってあの手この手と痛い目を見るだろう。
心を鬼にし、なるべく彼女にとってダメージにならないよう細心の注意を払い、説明する事にする。
「不本意ですがなるべく、オブラートに包んで順を追って説明します…」
我々ももう高校生、正しい知識は持って然るべき。
それこそ、健康的で文学的な最大限の恋愛を営む為にも。
「子供の製造工程は先ず第一に──────」
「ふんふん…ほぉ…へぇ〜雄蕊が...」
「雌蕊と…...へ?」
「なっ──────ななな////////!!?!」
「なななっ!なんだかそれって...!?」
「すっごくっ、気持ち悪...い!?」
「──────うっ、オロロロロロ!!」
「...いぃッ!?」
「ちょっ!ちょっと平八重さん!?」
「ごべん...つぃ...この間からなんだか吐き癖ついちゃって...」
最初こそ興味津々、真面目に聞いていた彼女だが、次第に表情は曇り耳までを赤く染め上げ端正な顔立ちが少しずつ歪んでいくと、体調にまでその不快感は押し寄せ、ここ数日で何度目かの嘔吐と相成った。
────────────
「大丈夫ですか?落ち着きました?」
十分程、道端に蹲る平八重さんの背中を落ち着くまで撫で続けた。
やがて出るものも無くなったのか落ち着きを取り戻し口元を水で数回ゆすぐと普段の冷静さをようやっと取り戻す。
「うん...ごめんね、ほんとに...ありがと」
「まさか、こんな事になるとは微塵も思わなかったですよ...」
「現代日本も捨てた物じゃ無いですね...まだ居るようです...本物のカマトト」
「でも!だって...!あんなのって...」
「...っなんだか凄く迂遠じゃないかなっ!?」
やがて少し落ち着きを取り戻した頃、その全てを認めないと言わんばかりに頻りに否定の言葉を我鳴る。
何も、ヤラしく下品な話をした訳ではない。
性知識乏しい者にはこう雄蕊と雌蕊でもって例え話で説明するに限る。
それでも尚、知識ゼロの彼女からすればダメージの大きい情報だったのだろう。
「ちょっ…平八重さん声、ボリュームっ!尾行中ですよ…?」
「だっ…だって初恋君が急に変な事言うから...」
「ハムスターだって、犬だって猫だって皆等しくやってる事です!」
「それとこれとは違うよっ!?人間だもの...もっとこう、理性的で知的な愛に溢れる物かと思ってたんだもん...」
「はぁ...何も、快楽を貪る為の酷く穢らしい無駄な行為って訳じゃないんですよ?」
、
「また吐かれても困りますから、直接的な表現は控えますけど」
「...例えるなら、ディナー。二人で過ごす特別な時間。前菜からメイン、そして余韻まで、時間をかけてじっくりと味わい、心を満たす体験」
「不思議...そうやって聞くと、なんだか少しだけロマンチックに聞こえるかも...」
「或いは一連の行為を通しての言葉を介在しない会話、究極の共同作業、そして魂のシェア、どんなに非効率で汚かろうと、恋愛と情欲は切っても切れない光と影の様な関係なんです!」
そう彼女を諭し
遺伝子やそれに類する成り立ちから順を追って補足。
そうする事でようやっと少しの理解を示してくれた。
「なんだか初恋君と知り合ってから知りたくない事ばかり知ってしまってるよ……」
「きっと今日この日に正しい知識を知れた事、先々有難く思うでしょう」
「じゃあ居ないんだね...子供を運ぶコウノトリさん...」
知りたくなくても知らなければいけないのだと落ち込んだ様子の彼女を諭す。
「そんな事より…今は彼女、白石さんの尾行に集中しましょう」
慌てて白石宅の動向を確認すると既に窓は締め切られ外に人の気配は感じられなかった。
「セーフ?...みたいだね」
二人して焦りから早鐘を打つ胸を撫で下ろし、元いた場所に再び身を隠すため振り返る。
「目的も達成したし、もう帰ってもいいんじゃないかな?」
「えぇ、こんな所万が一白石さんに見られた日には言い逃れできませんからね」
「クラスの権力者な彼女を敵に回したらきっと僕らのクラスでの立ち位置は……」
「ふぅ〜ん……一体全体...」 「「...ッ!?」」
「どうなっちゃうんだろうねぇ初恋君と平八重さん?」
空気が凪ぎ肌をピリピリと刺す。
時間がまるでそこだけ止まっている様にも感じる。
自らの思考回路が、ショート寸前のローディング状態に陥っている。
繰り返し、繰り返し、くるくるくるくる...。
ふわふわとした綿菓子の様な雰囲気とは程遠い、小さな小さな金色の鬼が本物の仁王さながら忿怒の相でお玉片手に強すぎる殺気を身にまとい……圧倒的なプレッシャーを放つ。
呆気にとられ動くことも声を出す事もままならない僕らの前には、怒髪を天まで穿つ勢いの鬼が見下ろすように仁王立ちしていた。
────────────────────────
「あれっ?白石さんに平八重さんも!偶然ですね!」
「僕はこれから急いで帰る所で、お家で動物達にご飯をあげなきゃいけないんです」
少しでも自らに被る被害を減らす為に平八重さんすら見捨て半ば無理やりの突破を試みる。
「まかり通るわけないよね〜?ねっ?平八重さん?」
「──────ひゃ…ひゃいぃ!!…」
お玉を胸元に突きつけられガタガタと震える人質の様に囚われた平八重さんを前に、既に為す術無く投降を余儀なくされる。
仁王立ちの鬼を前に永遠の様にフリーズしていた我々の背後に一瞬で回り込んだ彼女は普段のおっとりとしたイメージとは程遠い、平八重さんを一瞬で制圧するとチョークスリーパーで捕縛。
お玉を凶器にこちらを牽制。
「ねぇ〜なんで二人はこんな所に居るの〜?偶然って事は…ないよね♪?」
「偶然です」
ベチッンッ!!──────
「!?──────痛ったーーいっ!?」
「はっ…初恋君…たすけて、白石さん痛いよっ!」
思いっきりお玉で二つの丘を交互に小気味よいリズムで叩かれる平八重さん。
リズム力を鍛えるゲームの様で少し楽しそう……なんて考えはすぐにかなぐり捨て現状を打破する方法を模索する。
恐怖に慄く平八重さん。
その表情は理解の出来ない状況に真っ青で思考も追い付いていない様子。
「まぁ普通に尾行…だよね?ずっと尾けてたって事だ?誰が言い出しっぺかなぁ?」
「平八重さんです」
「ちょっ…ちょっと初恋君っ!?」
ベチッンッ!!──────「痛ったーーいっ!!」
嘘をつく時、考える時間が最も無防備だと何かで読んだ。その為一も二もなく嘘をついたのだが……どうやら彼女の前では無意味の様だった。
「嘘、失言、それに類する発言を感知したらもっと強くペチるからっ」
繰り返しペチペチと嬲られる平八重さんを前にこれ以上の画策は不可能だと察する。
それにしても、やはり叩き心地が良さそうで楽しそうだ。
「ある人の依頼で白石さんの事調べさせてもらいました」
普段の顔とは全く違う白石萌心の二面性。
どちらが素顔かは分からないが、目の前の彼女が普段の様に優しくなんでも包み込んでくれる聖女や天使だとしたら、今の眼前に仁王立ちの彼女はまさに鬼。悪鬼羅刹、血も涙もない鬼や悪魔である。
「一体全体...誰の差し金っ!?」
「.........吹寄君です」
ごめんなさい吹寄君、僕たちは自分の命欲しさに保身に走ります。
命あってこそ恋愛を楽しめるという物、背に腹はかえられません。
一方彼女はと言うと答えを受け少し面食らった様な表情をしたが、ある程度予想の範囲内といったところか然程のリアクションは無い。
「はぁ〜…よりによって吹寄君かぁ」
「あぁ...もぅどうしよ...」
だらんと、伸ばしていた背筋を曲げるとため息混じりに俯く白石萌心。
「白石さん、平八重さんもう今にも泣き出しそう…いえ、もう泣いてるので離してあげて下さい」
ベチッンッ!!──────「痛ったっ!…もうやだぁ泣」
既に涙目の平八重さん。
囚われたうさぎの様にジタバタと逃走を企てるもその闘争心すら叩きのめす様に力だけで抑え込まれている。
格闘技でも齧っているのかその動きには無駄が無い。
一体あの小さな身体のどこにあんな力が……。
「言っとくけど!」
「そっちに何一つ決定権ないから。見たんでしょ全部?それで何?見た事全部明け透けに吹寄君に報告するの?」
「そんなのさせるわけないじゃない!」
既に取り払われた白石萌心の優しさという世間体。
残された残酷無比な感情の彼女はこれ以上刺激すると何をするか分からない。
それこそ執拗に狙っている眼前の双丘をもぎ取って自らに付け替えてしまうかもしれない。
「でしたら……」
「吹寄君には今日見た事は一切他言しません」
「...信じられると思う?」
「信じてもらうしかありません」
「でも、どうしてもと言うなら掛けても良いです」
「なに?命でもかけるって?小学生じゃないんだから……」
「いえっ、僕がかけるのは…」
「平八重さんの人肌脱ぐ権利、水着グラビアです!」
「…──────っえ?ぇええ!?なんで私!」
慟哭にも似た叫びを聴いてやる事もなくこちらの数少ない手札の中、最強の一角を初手で切ることにする。
「──────っ!こんな牛女の水着誰がっ!」
お玉を振りかぶる白石さん、思わず目を瞑る平八重さん。
危害がこちらに及ばなそうだと判断し冷静さを取り戻した僕。
「……」
「でも…まぁ、確かに需要はありそうね」
「需要も利点も……ありまくりです!」
取り引きの利点を、白石萌心にとってのアドバンテージを簡潔にそれでいて魅力的に全力でプレゼンを開始する。
「今牛女って...え?わたし?えっ?あっ違うよね……」
「──────ちがうよねっ!?」
心身共に強烈なダメージを受けた彼女は既に放心状態。
今にも口から魂がこぼれ落ちそうだ。
「私...白石さんにそこまで恨まれる様な事した覚えないよ...?」
絞り出した弱々しい言葉、少なからず白石萌心と吹寄弓月が付き合ったあとも、学友として表面上は上手く付き合っていた二人。
そんな二人に禍根があるのだとすればやはり吹寄弓月、件の彼の事だろうか...。
「チッ──────この牛女ッ!!」
発言を受け、耐えかねた表情でおたまを振りかぶる彼女からは確かな強すぎる敵意と私怨に似た物を感じた。
「平八重さんは現在ッ!」
そんな彼女を制止するよう、語気を強めて発言でもって行動を遮る。
「……?」
「この部活に仮ですが入部しました」
「...なので彼女の全て、一挙手一投足までも...」
「全所有権が今現在僕にあります!」
「えぇ!そうだったの!?」
これに関して、真っ赤な大ウソな訳だが、平八重さんがその事を認知していない為そのまま嘘を本当に出来る可能性がある。
敵を騙すなら身内から、そんな眉唾な作戦でもって彼女を相手取る。
「牛女のグラビアねぇ…」
「そのだらしない身体をSNSで拡散してやったら...確かに面白そうかもね」
「でも具体的に安心する材料としては足りないかな」
尚も食い下がる彼女にこの手札の効果を明け透けに解き明かす。
「平八重美里は一年一組において中心的な存在、それも白石萌心と人気を二分、対をなす程に」
「学級委員も務めている彼女は生徒だけに留まらず教師からの信頼も厚い」
「そんな生徒達の模範であるべき彼女がSNSで不埒な、男子生徒大喜びな水着グラビアを公開すれば対外的にも評価はガタ落ち、クラス内での評価は白石萌心の一強となる」
但し男子からの人気は一躍学校一まで躍り出るだろう。
「そしてこれは、吹寄君との今後の関係においても利になる話ではないでしょうか?」
「白石さんにとって、平八重さんの失落は決して悪い提案ではないはずです」
「............。」
これでダメならもう切れる手札は無い。
平八重さんの事は忘れ今日の事も全て忘れて僕だけは平穏な日常へ帰ろうと心に決める。
「ふんっまぁいいわ、それで納得してあげる」
「あっ…よかったっじゃあ解放してっ」
ベチッ!!──────!「痛っ!」
最後にオマケの一発を喰らい開放される平八重さんは情けなく膝からガクガクと震えている。
「でもそうだなぁ...」
「もし何か少しでも外部に漏れるような事があれば…そうだね〜…」
チラリ平八重さんを強く不敵な笑みで睨みつける。
「文字通りバラしちゃうから♪」
そんな彼女の満面の笑みを前に余りの迫力に思わず二人して生唾を飲む。
「かっ…かかかかえろっ!帰ろう初恋君!!!」
情けなく震え縋り付く平八重さんの体重を支えながら、期待はせず個人的に気になる事を聞いてみる。
「最後にひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「嫌だ」
有無を言わさない彼女の一言に心折れそうになるが、ダメ元で続ける。
「白石さんと吹寄君のカバンに付いているキーホルダーはどちらのプレゼントですか?」
ギロっ!とこちらを一瞥した後、それくらいは良いか…と頷いた後答えを提示してくれる。
「あれは...付き合いたての時ゲームセンターで取ってくれたの、それだけ」
「あんなの……私の趣味じゃ無いし」
溜飲の下がった彼女はお玉をゴシゴシと拭きながら既にこちらに興味は無い様子。
彼女の中で既に完全に敵に回った僕ら二人
最早取り繕う必要は無いと言わんばかりの言葉遣いに肝を冷やす。
「白石さんは吹寄君がちっ──────」
「もういいでしょっ?妹達のご飯作ってるの、見てたでしょ?」
「邪魔、さっさと帰って」
言葉を遮る様に差し込まれ、有無を言わさない彼女の強い視線に耐えかね思わず出かけていた言葉を引っ込める。
取り付く島もない為、平八重さんを背中に抱える形でその場を後にする事にした。
ガラガラガラガラッ…──────。
重く錆び付いた扉の開く音が聞こえ振り返ると
白石萌心の妹達が姉の事を心配して出てきていた。
くるりっ、家の方向へと向いていた身体を上品に翻す白石萌心。
「それでは平八重さん初恋君!また学校で〜!お気を付けて〜!」
先程まで鮮烈で強烈なプレッシャーを放っていた鬼はいつしか姿を消していた。
そこに居たのはヒラヒラと手を振り、満面の笑みの天女の様な白石萌心。
そんな彼女に血の気が引き鳥肌が止まらない。
最早引き返すことなど選択肢にはない。
二人足早に、逃げ出す様に競歩ばりの速度で駅まで向かい帰路に着いた。
「お姉ちゃんあれ誰〜?友達〜?」
「う〜ん友達?…クラスメイト…知り合い?違うな」
「宿敵…かな?さっ戻った戻った!」




