6話「平八重美里の煩悶」
「ちょっと初恋君、近いんだけど…」
「わっ...こんな近くに寄ってしまってましたか...気づかなった」
眼前で携帯をいじる平八重さんの手元を覗き込むように近づいた際、距離感を忘れてしまい勢い良く突き返される。
「画面が良く見えなくて、すみません」
「ううん、私こそ突き返したりしてごめんね?弓月以外で男の子とこんな近くの距離になったこと無くて動揺しちゃったよ」
平八重美里が打算混じりに電撃仮入部した翌日、いつもと変わらない午前の授業を終えた昼休み。
使われていない空き教室を部室代わりに、白石萌心の身辺調査を本格的に開始する。
「いえね、僕どうやら機械音痴の様で…白石さんのSNSを調べようと思ったらアカウント作成?から進めなくて」
先ず白石 萌心が自ら公に発信している外向けの情報をチェックする。
彼女が周りに、世間にどう見られたいかという情報を求め、調べ始めたのは良かったのだが、朝までこの初期設定という奴に手こずり、結局見れずじまいとなってしまっていた。
「いや〜平八重さんが入部してくれて良かったと心から思ってます」
「ふふ〜ん!でしょっ?...ってなんだか調子いいこと言われてる気がするんだけど...」
餅は餅屋、苦手な事を自ら挑戦する事は大事だが時と場合により、その道に精通した得意な人間にやらせた方が遥かに効率が良いだろう。
特に今回に至っては時間も潤沢にある訳では無い。
即座に切り替え、昨日話の流れのまま交換した連絡先、平八重さんに協力を打診するメッセージを送っておいた。
「まさか!クラスのマドンナでもあり人気者の平八重さんが居てくれたなら!この部活の認知も広がりまさにいい事づくめ...」
「客寄せパンダ…いっいえ...!美少女マスコットとして平生大事にさせていただきます!」
「なんだか余計に納得いかないんだけど!」
「…まあいいや、それよりほらっ!お目当ての白石さんのアカウント見つけたよ」
白石 萌心、本名で作られたネットリテラシーの欠片もないアカウントのページが目に入る。
最も鍵付き限定公開の身内用アカウントの為、本名でも然程問題は無いのだろう。
「鍵付きでは閲覧出来ないのでは?」
その程度の知識は機械音痴と言えど持っている。
しかしそれも自ら操作するとなると全く別の話なのだが...。
一説には女性の六割は本アカとは別に裏のアカウント、主に日頃の鬱憤や人には言えない事を吐き出す専用のアカウントを持っているという...。
尤も聞きかじった知識、自分の中で直接見ていない物であるそれは都市伝説の様な存在であるが。
「ところがね、大丈夫なんだよ初恋君!」
「クラスの女子は皆お互いにフォローし合ってるからね〜!」
男子は然程SNSやネットの繋がりに依存しない生き物だ。
それに比べ女子はネットやSNSの繋がりを現実の繋がりよりも重視する。
仲良くなる為のステップの様な役割なのだろうか?
或いは事前にある程度の人となりを知る為の手段か、適度な距離を保った交流を図るためか。
眼前の彼女、平八重美里も例に漏れず、件の白石萌心であってもその枠組みからは外れていないはず。
であれば、SNSにこそ彼女の本質が隠されているのでは無いかと推測してみる。
「私、自慢じゃないけれど同級生の子達とは殆ど連絡先交換してあるんだからっ!」
「てっ………あれ?」
(──────このユーザーの投稿は閲覧する事が出来ません。)
「あれっ?おかしいな不具合かな」
何度リロードを繰り返しても出てくるのは同じ無機質なメッセージのみ。
「あれ〜...?私確かにフォローしてるはずなんだけど…」
「平八重さん、もしかしなくてもこれは」
「──────ブロックされているのでは?」
「そっ…そんな訳ないよ。初恋君?女子の友情は男子のソレとは別物なんだよ?」
「試しに僕のアカウント作ってフォロー申請してみましょうか?」
「ん〜意味無いと思うけど…やってみる?」
平八重さん主導の元、簡単に簡素なアカウントを作成して行く。
初恋 叶人、舞台俳優の安っぽい芸名みたいなチープな名前。
そのまま本名で彼女と同様ネットリテラシーを意に介さず作成。
鍵もかけず、個人情報なども気にせず入力し、なるべく彼女からわかりやすく白石 萌心に警戒されないよう初心者を演じ作成する。
他のクラスメイト数人を先んじてフォローしカモフラージュも順当に済ませる。
その後、白石 萌心に満を持してフォロー申請。
「──────よしっ!」
「女子は起きている内はずっとSNSを見ていると言っても過言じゃないの。フォロー申請もすぐ返事来ると思うよ」
そう雄弁に語る彼女はどこか得意気な様子。
──────メェ〜ッ!
独特な通知音が教室内に響く。
「初恋君なんで通知音ヒツジなの…」
「電子音ってあまり好きじゃなくて」
「着信音はなんとトッケイヤモリの鳴き声です!」
「なにそれ、悔しいけどちょっと気になるかも...」
「あっほらほら!噂をすれば何とやら、フォロー完了したよ!」
ものの数分、五分と経たず彼女から申請の許可が降りた。
冗談だと思っていた女子SNS理論も現実味を帯びてきた。
「でも今不具合中だからなぁ〜…フォロー出来ても意味無いよ?──────」
「─────あれ…見れる」
「普通に見れますね全部」
「ブロック…されてますよねやっぱり」
「……ちょっと今複雑な心境だからその件に触れないで初恋君…」
ショック、怒り、悲しみ、寂しさ、裏切りや放心に近い感覚。
様々な感情に支配され複雑な表情の平八重さんを尻目に、白石萌心のアカウントを隈なくチェックして行く。
「一年一組白石 萌心、十五歳、ファーストJK、好きな食べ物ベビーカステラ、好きな推しキャラクター笹暮ぱんだ郎、好きなアイドル…etc」
「当然ながら住所など特定される危険のある情報は無さそうですね…」
次いで投稿されている写真を見てまわる。
学校での様子、友人達と遊ぶ様子、映える料理やお店に洋服や推しの写真。
何よりも一番多いのはその存在を誇示するかの様な吹寄弓月とのツーショット写真。
実際はふたりがしっかりと写っている訳ではない。
画面の中、お互いの片腕、繋がれた手や共通のアクセサリーなんかをエモーショナルに切り取った彼氏彼女の存在をアピールする、俗に言う匂わせ写真。
ここ最近の彼女の投稿ではこの類の写真が一番多い。
そんな写真にクラスの女子達から数多のいいねと他愛もないコメントがつき、その一つ一つに丁寧に返信している。
白石 萌心が一年の現在早くもこれだけの人望を集めている事に思わず感嘆の意を評する。
可愛いだけではない人を寄せ付ける何かが有るのだろう。
「もしかしなくてもさ…白石さん。弓月の事で私をブロックしたんだよね?」
「まぁ特段隔たる理由が無いのなら、それしかないでしょうね」
吹寄 弓月の現彼女である白石 萌心。
彼女にとって平八重 美里という人物は単なる幼馴染に収まらず、彼氏の周りを彷徨く邪魔な存在。
白石 萌心の中で平八重 美里という人物はさながら彼氏の周りにいて欲しくない女ランキング第一位と言った所だろう。
「それにしても彼女、顔を出し始めたのは高校入学後からのようですが、小学校時代から既に投稿していた様ですね」
「今どきは普通だよ普通。小学生インフルエンサーだっているくらいなんだからっ!」
規約上許されるのかどうかと言うことは置いといて、今はそれが当たり前なのだろう。
白石 萌心の小学生時代の投稿も手作りのビーズアートの束や山のように積み重なったおしゃれなパンケーキに年相応愛らしいイラストやレジンアート等実に年頃の女の子らしい物。
時偶後ろ姿の友人と気取って撮ったであろう写真が数枚。
男の子と親に取ってもらったのか手を繋いだ後ろ姿の写真なんかも数枚ある。
それにしてもこの頃から彼女は周りより遥かに小さい。
今もこの頃から差して変わっていない様に見えるが。
兎にも角にも彼女のアカウント自体全体的に何とも可愛らしい物だった。
「期待に反して...ここには求める情報は無さそうですね…無駄足だったかもしれません」
特に何も考える事もなく、漫然とこの作業を終えようとした時、ふとある事に気づく。
「このfukiっていうのは吹寄君のアカウントですかね?」
「どれ?うんっそれゆづのアカウントで間違いないよ、それがどうしたの?」
「いえ…小学生時代の白石さんの投稿から全てに彼からいいねが付いています」
小学生時代の投稿には付いていても一から二いいね。
その一つは必ず吹寄 弓月によるものだった。
「吹寄君は白石さんをずっと前から知っていた?」
「それはどうだろう…付き合ってから遡って全部押したのかも?」
「それもなんだかすっごく悔しいけどっ!」
有り得なくは無い。
と言うよりその説が濃厚だろう。
本来の目的では無い為これ以上深堀りする事もないが、自分の中で吹寄 弓月に対して一つ憶測の範疇、疑いが産まれる。
彼が彼女以外にもつけているイイネ、そしてフォローに共通するあるひとつの法則性。
これは単なる偶然か。
そして吹寄弓月の白石萌心に対する単なる恋心と呼ぶには強すぎる執着。
それがただの恋慕では無いという事。
そして直近の投稿、時折付けられた相互のいいねが、深まっていく二人の蜜月な関係を如実に物語っていた。




