5話「平八重美里の加入」
体育館裏での尾行から数日、特段目立った事柄も無く週末を迎える。
その後も吹寄弓月と白石萌心の仲は至って健全で年相応のステップを踏んで仲を着々と深めていっている。
時折屋上や校舎裏、体育館裏等二人連なって食事をしている姿を散見するが、その陰には必ずと言っていいほど恨めしそうに親指を噛む平八重美里の姿があった。
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「初恋…ちょっといいか?」
同じクラスの同級生、特段仲が良い訳でもつい最近まで特別な接点がある訳でもなかった彼、吹寄弓月に呼び止められる。
授業を終え残すは帰るだけ、そんな喧騒の波が砕け始めた教室の隅、現在二人密談を交わす。
『健康的で文化的な最大限の恋愛を営む部』
非公認の部活の為部室は無く、依頼は時と場所を選ばない。
たまに空き教室なんかを勝手に借りたりもするが、放課後ともなれば施錠されてしまい使えない事の方が多い。
あえて言うのなら、学校よりほど近い一人暮らしの自宅を部室の様に扱っていたりする。
件の彼は何処かで聞いたこの部活に藁にも縋る想いを携えやって来て、何やらどうしても頼みたい依頼があるらしく、いつもよりも少しだけしおらしく声をかけてきたのである。
「萌心が…なんか隠し事してるっつーか距離を感じるんだよ」
「距離…ですか。とてもそうは見えませんが」
教室内でも下心を表に白石さんへと近づく吹寄君に対し白石さんは人目を憚り適切な距離を保ち牽制している。
だが、一度人気も無くなればどちらからともなく手を取り合い手作りのお弁当を広げては甘い蜜のようなひと時を過ごしている。
とても二人の間に明確な距離が空いている様には見えない。
年相応、適切な距離感であると他人事ながら思うが。
「それはそうなんだが…」
「帰り道いつも萌心は俺の最寄り駅で別れたがるんだ、暗いから危ないって行っても、決して家まで送らせてくれねぇ...」
「それどころか最寄り駅も教えてくれねぇんだよ!」
平八重 美里とはまた違ったベクトルの愛されキャラ、クラスの人気を二分する白石 萌心。
その整った容姿と幼さを強く残した見た目、腰ほどまで緩く巻かれたブロンドの髪、長すぎる睫毛と丸々とした宝飾品の様な瞳。
弱々しくまさに庇護の対象、マスコットの様な存在。
彼女からは何処か西洋のお姫様の様な風体を色濃く感じる。
動物に例えるならふわふわモコモコの羊。
それも世界一可愛いと称されるヴァレーブラックノーズシープの様だ。
彼女に属性を付けるとするなら...ゆるふわお嬢様ヒロインといった所か。
そんな世評な彼女の住む家は一体どんな所なのだろうか。
石や煉瓦を漆喰で積み上げた西洋のお城か、或いは高強度コンクリートと鋼鉄で組み上げた現代のお城、タワーマンションか。
「確かに、交際相手の住まいを知らない、教えないと言うのには少し引っかかりますね…」
なにか特別な理由が存在するのか、もしくは彼女なりのパートナーに対する線引きの様な物か。
兎にも角にも吹寄君の依頼の内容は
「白石 萌心という人物をもっと知りたい」
という何とも彼氏として殊勝な物であった。
「分かりました。白石萌心さんの身辺調査引き受けます。期日は設けません結果については追って連絡しますので気長に待っていて下さい」
「悪いな、頼んだぜ」
彼なりの挨拶だろうか拳を突き出され、はじめて人と拳を突き合わせる。
フィストバンプと言うスポーツ界や西洋の挨拶の1つ。
自分の細く小さい子供の様な拳が彼の堅牢な拳にコツンとぶつかると、それだけで壊れそうになる。
ハイタッチと違い手のひらが触れない分バクテリアも拡散しない...そんな事を思案しながら悲鳴をあげる拳をさする。
尤も彼にそんな意図は無いのだろうが。
そんな実に衛生的な挨拶を済ませ机の上の荷物を手に帰路につこうとするも、何やらまだ気になる事があるらしく引き止められる。
「あー…あとついでなんだが、美里の奴とは進捗どうなんだ?」
「平八重さん…がどうかしましたか?」
「とぼけるなよ初恋、お前美里の事好きなんだろ?」
「あっ」
「…ぁあ!そうですね平八重美里さん、うさぎの様で...愛らしいですよね、とても健康的で」
失念していた。
僕は分不相応にも高嶺の花な彼女が好きで、叶わない恋慕を募らせている...そんな設定がつい先日出来上がったのだった。
彼の前では一応彼女の体裁を保って置いた方が何かと都合が良いだろうと即座に話を合わせる。
「うさぎ?…うさぎどころかあいつは…いやなんでもない」
「俺…実はあいつに酷い事言っちまってよ...」
「それから日に日に...目に見えて元気が無くなっていくもんで…まぁ単に心配でよ」
「吹寄君にとって平八重さんは大事な人なんですね、もちろん彼女である白石さんとは違った意味で」
「あぁそうだな、腐れ縁、竹馬の友...なんでもいいが、生まれた時から家族同然に育ったからな」
「ドラマや映画の様な関係性ですね、僕はてっきり吹寄君は平八重さんとお付き合いするものだと思ってました」
「あいつは…」
「あいつに対しての気持ち...思いは家族としての好きだ」
「それに」
「──────それにあいつは俺にとって大きすぎる」
「?!それは一体...」
平八重 美里にとって吹寄 弓月が特別な様に、彼にとってもまた平八重 美里は特別な存在なのだと。
ただ、そのベクトルがほんの少し意味合いを違えただけ。
「何にしても、初恋は悪いやつじゃ無さそうだし、お前が一緒ならあいつもまた元気になるだろう」
「大分買い被り過ぎですが…、なるべく善処します」
猪突猛進の体現とも言えるイノシシの様な彼にも長く時を共にした幼馴染へ向けるラブでは無いライクの感情はそれなりに強くある様だ。
今度こそ話を切り上げ帰る為の用意を終える。
三度引き止められる事はなく、今度は彼が先に教室を後にした。
繰り返し鳴動するスマートフォンを頻りに気にしていた為恐らくは件の彼女、白石 萌心との待ち合わせといった所だろう。
一人残された静寂に包まれる教室。
開け放たれた窓から教室内へ吹き抜ける風が心地よい。
そんな窓を閉めるため近くの窓辺へ向かうと連なった最後方、束ねてあるカーテンが風のせいではない不自然な動きを見せる。
──────モインッ...モインッ
──────モインッ..モインッ
上へ下へ何かとてつもなく柔らかいものが上下している様な。
無機物なカーテンには有り得ない不随意な動きが…。
カーテンの裏、何やらモッコリと大きな膨らみ。頻りに、小刻みにどこか苦しそうに蠢いている。
時折嗚咽にも似た鳴き声が聞こえてくる…。
空耳だろうか?
「教室の隅、息を殺して盗み聞きですか?部活動をしていないあなたが教室に残る理由は無さそうですが…」
「趣味が悪いですね」
「──────平八重さん?」
──────っ!?ビクビクッと複数回恐らく肩であろう部分がカーテンの生地と共に跳ねる。
やがて身体に巻き付けたカーテンを巻き巻きと脱ぎ脱ぎし、おずおずと姿を現す。
「やっ…やあ、最近よく会うね初恋くん」
カーテンに巻かれていた為か額には大粒の汗、酸素が薄かったのか息が荒く新鮮な空気を求めて開け放たれた窓へ駆け足で向かう。
「ぷっふぁああ───!生き返るぅ──────!!」
新鮮な空気をこれでもかと胸を張り大袈裟に吸い込むと深呼吸の様な動作でゆっくりと吐き出す。
「先日よりも幾分元気そうです。水を得た魚のようですね」
「どういう心境の変化があなたにあったのでしょう?」
「......いえ聞くまでもなかったですね」
「なんでか分かる!?はぁ〜もうっ!分かっちゃうよね〜っ」
やたらとテンションが高くいつもより三割は増して笑顔の彼女。
吹寄君の中で少なからず平八重 美里は特別だと本人から言質が取れた事。
これが一番の要因だろう。
「...ラブでは無く、ライクの様ですけどね」
「ウッ…!!」
「なんで余計な事言うかな初恋君は〜折角今日一日位は心安らかでいれそうだったのに…」
いじらしそうに空を蹴る足。
所在無さげに窓辺に腰掛け空いた足をパタパタと揺らしている。
「でもいいのっ許しちゃう!今の私はとてつもなく機嫌がいいからね!」
「ずっと不安だったの...弓月にとって私は何でもない...ミジンコやミトコンドリアみたいな存在だったのかなって」
「──────でも!」
「さっき弓月言ってたでしょ?『あいつは...美里は俺の中で唯一無二、一番大きな最愛のお星様なんだ!キリッ』って!!!」
「一言一句とは言いませんが...殆どが脚色されてませんか?」
「私の存在は弓月にとって確かに大切で大きい物だったんだって!それが確認出来ただけでね、ずっとずーっと心が楽になったの!」
家族や友人と築く友情や絆、ラブでは無い種類違いの愛。
これらは長い月日をかけて積み重ね築き上げていくもの。
しかし恋に至ってはその限りでは無い。
ラブストーリーは突然に…積み重ねた物なんて関係ない。
無常にも、どんなに固く結ばれたライクでも、ラブの前ではまったくの無力なのだ。
それは目の前の彼女、平八重 美里が身をもって教えてくれた。
「初恋君ありがとうね、気使わせちゃったね?」
クラスの人気者へ分不相応な想いを寄せる、そんな役を演じる事は特に苦ではない。
むしろ分不相応こそ、若人の特権とでも言うのかこういった無謀な事が割に嫌いではない。
「初恋君から見て…さ、私ってどうかな?」
潤んだ瞳、夕日より赤く染まる頬、こちらを見透かすように見上げる上目遣い。
普段とは違った雰囲気の僕の知らない彼女。
ゲイン効果やウィンザー効果といった特別感とギャップを逆手にとった心理効果の様な物を強く感じる
「僕から見た平八重さん…平八重美里という人物について...」
平八重 美里という人間の本質、とまではいかない。
この場合の求められる答えは外見的な要因と性格やそれに類する対外的評価の様な物だろう。
「そうですね、先ず贔屓目抜きにとびっきり綺麗で可愛いと思います」
「──────かっかわ...きれいっ!?」
大袈裟なリアクションの反動で腰掛けた窓枠から身を振り落としそうになる平八重さん。
「スタイルも健康的の範疇を逸脱していて...とても高校生とは思えない程飛び抜けて良いですし、性格もアガペー、無償の愛を彷彿させる様な聖母の様な温かみ、さすが大衆から人気を得るだけはあるなと」
「白石萌心さんがクラスの愛されマスコットだとすれば平八重さんはさながらマドンナ的存在と言った所でしょうか?」
「ちょ…ちょちょっ!ストップストップ!初恋君!ちょっとそんな、臆面もなく可愛いとか綺麗とかよく言えるね!?」
「僕なにか失礼な事言ってしまったでしょうか?」
「…うっううん、そう言う訳でもないのだけれどもっ!」
「それと一番は、うさぎに似て可愛いなと思います」
「もぅっ!嬉しいんだけどさ、なんでそのっ初恋君は動物によく例えるのかな?」
「僕はどうにもここ数年、人間を可愛いと思えないみたいで」
「へっ…?」
「人間って可愛い要素あります?頭だけ毛が生えてて、手足が細長くて二足歩行で……動物から見たらこんな珍妙な生き物中々居ませんよ」
「あっちなみに...先程までの平八重さんへの評価はあくまでも評価の水準を一般的な価値観に落とし込んだ上での回答です」
「…と言うと?」
「そんな一見造形最悪な人間も、動物に例えれば親愛の情や保護本能や愛着、キュートアグレッションの要素を加味して少しは寄り添えるかな〜って思いまして」
「やっぱり...変だよ初恋君!少しキュンとした自分が恥ずかしいっ!」
「恥ずかしがる事なんて有りません。あなたは十分、いえ十二分に素敵ですから」
「はぁ…もうやんなっちゃうなぁ〜...」
「そういう事じゃ...無いんだけど」
自ら始めた質問に飽きたのかそれ以上彼女が返答を求めてくる事は無かった。
兎にも角にも、吹寄 弓月による白石 萌心の身辺調査を取り急ぎ行わなければならない。
期限のような物は用意していないが、あまりのんびり悠長に構える事でもない。
早速、白石 萌心の身辺調査を開始する為徐ろに携帯を取り出す。
「僕はこの後もやる事が幾つか有りますので、平八重さんはどうぞ先にお帰り下さい」
「夕日もまさに最高潮の頃合い、クオリアを感じるにはベストな帰宅タイミングだと思いますよ?」
「では、お気をつけて」
さて、先んじて何から手をつけるか、白石萌心が彼氏である吹寄君にすら秘密にしている事隠されていると言う事は知られたく無いと言う事、この依頼きっと一筋縄ではいかないだろう……。
「ジ──────ッ………。」
「今…なにされてます?」
「何って…白石さんの事、根掘り葉掘り、頭の先から爪先まで調べるんでしょ?」
当たり前かのように隣に座ったかと思えば個人情報なんて関係ないとばかりにこちらの携帯をグイグイ覗き込む平八重さん。
「えぇ…そう言えば聞いてましたね、勝手に。それと平八重さんに一体なんの関係が?」
「関係もなにも、弓月の事は幼馴染である私の事みたいな物だから、勿論私も手伝うよ!」
「いえ、個人情報なので結構です。僕の、部の信頼に関わりますから」
「分かった…」
「ならさ、...不本意だけれど、いいよ?」
「いいよ?」
「部活。初恋君のやってるその変な...ううん、素敵な部活、私入るよ!」
「それならさ、きっと何の問題もないでしょ?」
「突拍子もない...それに脈絡もない。平八重さんは意外と、言い出したら効かないタイプですね」
「実はそうかも知れないって、つい最近気付いたんだよ」
「ですが...今回のターゲットは白石さん。余り近しい関係の人間を依頼に関わらせるのはどうかと思うんです」
「そうだよね...やっぱりダメ...かな?」
「ただこの件、かの二人の恋愛に関して...僕にも1つ思う所があります。それにこういった情報集めは人手があった方が何かと都合が良い」
それに万が一にも何かあった時、平八重さんはきっと上手く使えるはず
「──────っじゃあ?!」
「はい!部活始まって以来初の新入部員、手厚いサポート、迅速なフォロー、的確なアドバイスなどなど...多義にわたって期待していますよ」
「任せてっ!と言っても一介の高校生に出来る事だけだよ?」
「変わった部活で...妙ちくりんな事させないでね?」
「言い得て妙ですね」
突然の平八重美里の入部と協力。
願っても無い事だがやはり幾つか問題もある。
けれどもそれらを補ってあまりある程に利益があり面白くもなりそうな予感。
半ば事故的且つ強制的に人手も増えた所で早速白石 萌心という人物の一端を暴いていこう。
「さっそく!さっそくなにからしようか初恋君っ!」
平八重美里、彼女にはどうにも他の雑輩達とは一線を画すポテンシャルを感じてしまう。
それは決して彼女の恵まれた容姿などと上っ面な物では無く、幼なじみという圧倒的立ち位置から転げ落ちた今尚持ち合わせるこの愚直な迄の一途さ。
滑稽ともとれる圧倒的敗北を喫して尚、物語の主要登場人物、ヒロインとしての格を落とさずにいる。
フィクションから飛び出して来た様な...それでいて確かに本物で...。
「(やっぱり、平八重さんを勧誘したのは間違いじゃなかったみたいだ)」
この依頼を終えた時、この彼らの恋路は物語は終わる。
そしてそれからは誰の目にも触れられぬ彼らだけの物語へと進んでいく。
そんな吹寄弓月と白石萌心の恋路がまもなく大団円を迎えようと言うタイミング、どこか薄味で...物足りないのはやはり彼女の存在故か...。
「このまま終わりだなんてどうにも味気ないですよね...」
結末に辿り着くまでの道中、もっと甘く、時に酸っぱく、面白くなるのでは無いだろうか。
──────そう、彼女が居れば。
「えっ?なになに?」
「いえっ...なんでもありません!」
そうと決まればやる事は1つだけ。
そしてそのためには先ず目先の厄介事から片付けなければならない、
迂遠で無駄な思考回路を落ち着かせ、冷静に...わくわくと昂った心はアンガーマネジメントの要領で数秒かけて落ち着かせる。
「あぁ...そういえば」
「なになにっ?」
「実はうさぎって、子宮が二つあるらしいですよ?」
「...──────は?」
「ではさっそく!連絡先交換から始めましょうか」
「連絡先は勿論交換するけれど…私に関係あるのかなその知識は...?」
「(やっぱり変かも初恋君...!!)」
弱い立場である事は、先の進化の狼煙だ。
うさぎが天敵から身を守るために効率的な繁殖力を極めた進化を遂げた様に...彼女にもどこまでも合理的に愚直なまでの進化を見せて欲しい。
そうしたならきっと、彼らの物語もそれを享受する者も今よりずっと楽しく、彩られるはずだから。




