4話「平八重美里の愚行」
『恋と愛、恋愛と言うものは言の葉には尽くせない、とても筆舌に尽くし難い美しさがある』
ある日を境に唐突に生まれる、胸を乱雑に埋めつくし締め付ける強すぎる感情。
まるで夢の中の様に自由は効かず、あがけばあがくほどに届きそうで届かない...雁字搦めなもどかしさ。
人生を掛けて培った人格と気質、それすらも変えてしまうこの本能由来の感情は、その本質と実態はなんなのだろうか?
『好きとは一体なんだろう?』
大切で...心地良くて、酷く迂遠で...汚くて浅ましい誰にも渡したくない独占欲の様な物だろうか。
誰かに甘えたくて甘えられたくて、守りたくて護られたい。
時に勇気にもなり、同時に悲しみをも生む。
それら全ての感情と紐づく恋や愛は生きとし生ける物その全てが、夜が開ければ朝が来るように、産まれ落ちた瞬間から少なからず一つ二つ...当たり前に持ちうる物なのだと僕は思う。
自己を形成するのに不可欠で、他者との絆、自らを振り返る心、社会的な支え、その全てを担う唯一無二の感情が、持ちえるはずのその感情の一切が『今の僕には無い』
それ故にいつからか人間の外見も、その中身をも好きでは無くなった。
しかし決して気障ったらしく情欲が無いなどと言うことはない。
年相応に、分不相応にも劣情に駆られる時もある。
造形に、情景に、さもしいエロスを感じる事はある。
だがそこに...『愛や恋心は介在しない』
酷く雑でチープな物で、恋と言うには烏滸がましく、愛と呼ぶには恐れ多い。
きっと僕は紛れもなく空っぽなのだろう。
ドラマや映画、漫画に小説。
例えば、不良文化をベースにした映画。
鑑賞を終えた者達は皆が皆拳を握り、目にはギラギラとナイフのように鋭利なものを宿している。
例えば、家族愛を謳った映画。
鑑賞を終え帰路に着く者たちの心は、隣に居る恋人、両親や、兄弟、最愛の我が子。
それらに対する感謝や愛、慈しむ心で包まれているだろう。
けれどもこれは一過性の物に過ぎない。
だってきっとそれは本物ではないフィクションなのだから。
「(飽いている。酷く心が飢えている。
知りたい...いいや、取り戻したい!)」
『そうだ...!人の...本物の恋愛を生で、そして目の前で観測出来たなら!
この何の問にも応答のない...波紋一つ起こらないこの心も何か思い出すのではないだろうか?』
その為ならば、何も厭わない。
エゴイスティックに...自分中心の我儘を押し通させて貰おう。
身の程を知る事も無く、分不相応を本分とし、どこまでも貪欲で浅ましくそして卑しく恥も外聞もなく...土足で踏み入らせてもらおう。
──────誰かの本物の恋愛に。
────────────
「何してるんですか平八重さん」
「──────ッ!?!」
「はっ初恋君?...奇遇だね」
人気も疎らな昼休みの体育館裏。
物陰に身を潜め、呼吸を整え息を殺す。
持参した甘いばかりの菓子パンを事務的に口に押し込み、数回の咀嚼の後たっぷりのミルクで流し込む。
私がこんな前時代的な張り込みをしているのにはいくつか訳がある。
「弓月が白石さんとちゃんと!しっかり!滞りなく上手くやれてるのか...幼馴染として見てあげないと!」
我ながら苦しい言い訳だと思った。
結果の、決着の着いた勝負。
ノーサイドどころかラフプレーにも似た行動である。
けれども、彼等の関係の進捗はこの目で逐一チェックしておかなければ、精神衛生上とても生きてはいけない!
尤も少しのスキンシップや関係値の進展を前に都度大きなダメージを受けるのだが…。
「なるほど、それでそんなコテコテの尾行もとい張り込みをしている訳ですか」
「だってかっこいいじゃん!憧れるよね探偵ごっこ!」
この日のために用意し持参したフレームの大きい変装用サングラスをつけ、その所為でやたら見えづらい視界をも気にせず、眼前仲睦まじく肩を寄せ合いお弁当を広げている二人、吹寄弓月と白石萌心の一挙手一投足、その動向を隈なくチェックしている。
「…これはこれは、あんなに仲睦まじくくっついちゃって…」
「まるでフンボルトペンギンみたいですね」
「ペンギン…?よく分からないけれど、あの二人ちょっとくっつき過ぎじゃないのかなぁ」
飄々とした態度の初恋君を余所に、噛み締めた口内からは苦い鉄の味が滲む。
二人、互いの体温をひしと感じ合うようにピタリとくっつけ寄り添い合っている。
目と目を合わせ、手と手を取り合い、肩と肩を重ねる2人。
片や硬く冷たいコンクリートに膝を立てめり込む砂利を払いながら一人寂しく人間観察。
一気に飲み干した牛乳が身体を冷やし、少しばかりお腹に不快感。
この温度差が既にして勝者と敗者の立場を如実に表している。
まるで羽繕いの様に互いの身をピッタリと寄り添わせ、白石 萌心に襟を整えてもらっている吹寄 弓月。
彼もまた、白石 萌心の口元についたパンくずを優しく取ってあげる。
正真正銘二人だけの世界。
「ねぇ!あれ絶対わざとだよねっ!?」
ほっぺに食べカスなんて付けちゃってまぁ...
あざと過ぎやしないかなぁ?
まったく...羨ましい!!
「初恋君も!品が無いと...行儀が良くないとは思わないかなっ!?」
「まぁ...ある種テンプレート、様式美のようなやり取りですから」
「なにそれっ!一体全体どっちの味方なの?」
「 そんな事言われましても...」
「あっ!そんな事よりもほらっ!あーんしてますよあーん!」
「な──────ッ!??!」
「あれは、手作り弁当...ですかね?」
「ぐあぅっ!!」
手作りのお弁当を『あーんっ』だって!?
付き合いたてのカップルがそんな事しちゃっていいのっ!?
しかもお外で...公序良俗に反するんじゃないかな!?
「おぉー...お次はナチュラルな間接キスですね、最近のアベックは大胆だ」
「...あれ?アベックって今日日死語ですかね?」
「ぐぬぅ!!」
間接キス...?そんなのって...とてもとってもハレンチで、そんなのって絶対絶壁に羨ましいじゃん...。
「あっ!吹寄君の頬っぺたについたケチャップをそのまま口でっ…」
「────────────ッッグァァアアア!!」
「(もうやめて...わたし、これ以上はとても見ていられない...でも、見てないところでイチャつかれるのはぜったいに許せないっ!!)」
喉元を突き破る断末魔の雄叫び。
彼等を前に理性的な感情などとうに限界を超えていた。
「──────っは!二人は!?」
我に返り、直ぐに彼等の方へ振り返る。
怒りでほんの一瞬だが記憶がすっぽりと抜けている。
物陰に隠れ彼等から死角になる場所、再度息を殺し二人並んで彼らを観察する。
「平八重さん、落ち着きましょう。ほら彼ら平八重さんの雄叫びを野生動物と勘違いして盛り上がってますよ!」
猫かな犬かな?はたまた狸かな?それともハクビシン?
そんな他愛もない二人のトークの肥やしになってしまった平八重 美里の慟哭。
「はぁ…はぁ…──────ふぅ」
早鐘を打ち、高鳴る鼓動と焦燥感にも似た嫌な感情に支配され、思わず我を忘れてしまった。
ここ最近、どうにも自分が自分じゃないみたいで制御が効かない。
優等生でクラスの中心で、自ら望んだ訳では無いがなし崩し的に抜擢されたそんな立ち位置。
居心地の良いその場に甘んじていたが、失恋を受けてからというもの、どうにもその体裁を保つ事が出来なくなってきている。
繰り返し吐く息と取り込む酸素でもってどうにか自らの機嫌を取る事に成功する。
やがて少々、自らを取り戻す程度の心の鎮まりを確認すると引き続き視線を彼等へと戻す。
今度はわざとらしいボディタッチを絡めた致死量の蜜時にまで発展してしまっている。
「...──────あっ!また性懲りも無くイチャイチャっ!!」
「吹寄 弓月君。勉強や頭を使う事、細かい作業全般が苦手。バスケ部に所属し一年ながらレギュラーに抜擢、その運動神経の良さと分け隔てない明るい性格からクラス内外彼を慕う者は多い」
「まるで恋愛漫画の主人公の様ですね」
隣、ポエムとは又違うプロフィールの様なものを手元のノートにメモを取りながら独り言のように唱えている初恋君。
彼は時たま真面目な顔になると独り言のように語り出す。
彼が変人と言われる要因の一つ、その片鱗に少しだけ触れた気がした。
「初恋君どしたの急に?」
「一方の平八重 美里さん。クラスでは皆が嫌がる事を率先して引き受ける自己犠牲の精神、無償の愛。委員長も務め、容姿端麗、眉目秀麗な俗に言うスクールカースト上位、まさにクラスの中心たる人物」
「学年の垣根を越えてその目を引く容姿と明朗快活な性格の平八重さんを知らない人はまず居ない」
彼は人をよく見ている。いや見すぎていると言っても過言では無いだろう。
自分でもきっと自らをここまで言語化する事は出来ない。
どこか気恥しさを覚える程の他者からの客観的観測に少し狼狽える。
これも、彼の部活の一環、その一端なのだろうか?
「初恋君ってさ…もしかして私のこと好きだったりするのかな?」
「耳にタコ、煎じすぎて最早白湯の様でもありますが...」
「顔ちっさ!可愛い!綺麗!モデル?アイドル?付き合いて〜!…なんてテンプレートに囃し立てる文言が平八重さんの通った後の廊下では良く聴こえて来ますね」
「その一方で美術の才能壊滅的、英語の発音ネイティブ意識しすぎちょっと鼻につく、音楽の歌唱テスト音程外しがちこぶし効きすぎシンプルに音痴なんて声もちらほら…」
「ちょっとっ!なんだか盛大に小馬鹿にしてない?」
「それすらもご愛嬌だと皆は捉えているみたいで」
「素晴らしい...欠点すら加点に転じてしまう程のビジュアルに産んで貰えたこと、親に感謝しないといけませんね」
直接言葉にして伝えられる称賛よりも、誰かを通して自分の居ない場所で讃えられる言葉の方が、どこか満たされるものがある。
これは一体どこから得た情報なのだろうか?
彼の主観か、アンケートでも取ったのか?
後者だったとすればそれはそれで少し気恥ずかしさが勝つ。
兎にも角にも...どうにも他者から見た自分という人間の評価にいざ直面すると、なんとも居た堪れない気持ちになる事がたった今わかった。
「あ〜ぁ」
「吹寄君と平八重さん。欠点を補い合える良いパートナーになると思ったんだけどなぁ…」
「そうしたら…」
──────絶対に面白くなると思ったのに……。
「良いパートナーかぁ…なりたかったよ。すっごく」
最後の方、彼の言葉は消え入るようで聞き取れなかった。
...が、どうやら私たちが結ばれる事を強く望んでいたらしい。
「初恋君…密かに応援してくれてたんだね」
「嬉しい…ありがと──────」
「そういえば!ここ数日彼を、吹寄君を見てて思った事があるんです」
「───...?」
「学年もクラスも問わずモテてモテて仕方ない彼、吹寄君はイケメンと言うよりはどっちかと言うと…」
「──────雰囲気イケメンの類いですよね!」
「…………は?」
「...............はぁ!?」
聞き捨てならない。
ゆづが『雰囲気』イケメン?
「──────────そんな事ない!!」
「─────────そんなこと...!絶対にないよっ!」
大事な事なので二回言わせてもらう!
最早、二回なんかでは事の重大さは表せない!
だって絶対にそんな事は、断じてない!
ずっと隣で見て来た私が、断言出来る!
スラッと通った鼻筋と、彫りの深い日本人離れした輪郭…まるで白馬の王子様!
野暮ったくて無造作で細っこい可愛らしい眉毛!
ちょっと太くて厚い手入れの行き届いていない乾燥したタラコの様な唇
二重なのに小さくて細いナマケモノの様な目
あれ?あれれ...?
(─────弓月ってあんな顔だったっけ?)
「あぁいえ決して吹寄君を揶揄したつもりでは無いんですが…」
「あのあの!はいっはい!発言良いですか!?」
「えっ?えぇ...どうぞご自由に」
「私は、私はね。ゆづの外見なんかじゃなく、ううん外見ももちろん唯一無二、個性的で素敵だと思うの」
「でも一番は内面、ゆづはすっごく思いやりがある素敵な人なのっ!」
どうだ参ったか!?なんて今にも言いそうな勢い。
鼻息荒く柄にもなく雄弁に語ってしまった。
諦めたはずの幼なじみへの想い。
尚も胸の中大きく膨らみ続けるソレがとめどなく湯水のように際限なく溢れてくる。
この想いを一雫だって取りこぼしたくない!!
「そうでしたか、外見についての評価については失言でした」
「内面についての評価も、改めさせて頂きます」
「うんうん、わかってくれればね...いいんだよ」
眼前の彼はなにやら手元のノートに修正を書き記している。
弓月は容姿も性格もかっこいい。
軽い討論の結果そんな結論に至る。
「そうだ、平八重さんに会ったら幾つか聞きたいことがあったんでした!せっかくなので宜しいですか?」
「いいよっ!弓月の事ならなんでも聞いて!」
どこからでもかかってこいっ!
そんな姿勢でシャドーボクシングを混じえ眼前の初恋君を威嚇でもって牽制する。
そんな今現在もマルチタスクで片方の頭の中は弓月の事でいっぱい。
はぁこの期に及んで私はどうしようもなく恋をしてしまっている。
「吹寄君を好きになったきっかけは一体なんだったんでしょう?」
「なんでそんな事初恋君に言わないとなのかな?」
「ダメならいいんです、では質問を変えて────」
「あのね...実はいっぱいあるんだけどその…いいかな?」
モジモジと恋に恋するうら若き乙女、意中の想い人吹寄 弓月の事となると自然とそんな姿にメタモルフォーゼ。
「休み時間終わってしまうので少し厳選して下さい」
「もうっ!言い出しっぺなのに注文多いよねっ初恋君!」
「でもそうだな〜...あれは幼稚園の時──」
──────幼稚園、母親のお迎えを待つ夕方の事。
中々お迎えの来ない私とゆづはいつも一緒に最後まで二人で遊んで待っていた。
手先が器用な私がブロックを組み合わせて手に装着するガントレットの様な形にして、それを強引にゆづが奪って装着して私を殴る殴る…─────?
「あっ…あれは小学校の時!」
──────給食の時間。
大好きな牛乳が手配違いで人数分無かった時。ジャンケンで牛乳を飲む人を決める事になって、勝てなくて勝てなくて。
勝った人はお残し厳禁で譲るのもダメだって……。
私は最後まで負け続けて、こんなに大好きなのに、私は今日牛乳を飲めないんだ〜…って、諦めかけた時、ゆづが自分の牛乳を私にくれたの。
ゆづは白い飲み物とりわけ牛乳が大っ嫌いだから…私に飲め!って先生の見てない間に無理やり押さえ付けられて口に流し込んで……────凄く優しい思いやりだよね!
「そう!中学の時!」
─────誰かのイタズラで鳴らされた火災報知器。
たまたま近くに居た私が押したって事になって、職員室でこっぴどく叱られて前が見えないくらい泣いちゃって…そんな時、男子数人とゆづが先生と一緒に後から職員室に来たの。
そしたら先生も急に優しくなって、私は悪くなかったって、ごめんな〜って。
ゆづのお陰で疑いも晴れて、きっとゆづが私の為に先生に誤解だって直談判してくれたの。
「だからっ弓月は...ゆづは私にとってただの幼馴染じゃない、ヒーローみたいな存在なんだよ!」
ゆづ。
いつだって私の側にはあなたがいて、あなたの側には私がいる。
それだけでどんな時も私は清く正しく美しい私でいられる。
「これはなかなかどうして…恋は盲目とはよく言ったもので…」
「なにそれっ!一体どういう意味──────」
「──────なんだよ騒がしいと思ったら美里と…初恋?妙な組み合わせだな」
「「...っ!?」」
二人揃って反射的に首だけ勢いよく振り返る。
失念していた、熱くなりすぎた。
尾行や張り込みとは名ばかりの雑な隠れ方と、よく通る透き通った大きな声が尾行対象の耳にもしっかりと届いていた様だ。
「わぁ〜!平八重さんと初恋君だぁ」
「やっほ〜っ」
180cmを超える吹寄 弓月の大きな身体。
その広い背中の後ろからひょこっとあらわれた小柄過ぎる白石 萌心。
小さな両手をひらひらと可愛らしく振っている。
こうして二人並んでいるのを見るとまるで親子。
その身長差は頭三つ分以上差がある為どこか犯罪臭すら感じる。
「白石さんに吹寄君、こんにちは。ごめんなさい二人の時間お邪魔しちゃいましたね」
突然の尾行対象の登場に、俯いて黙ったままの平八重さん。
キョドキョドと情けなく目を泳がせている為仕方なく代わりにこの場を乗り切るべく、出来るかは定かでは無いが愛想よく対応してみる。
「いや、そんな事はねーんだが、お前らこんな所で二人で何やってんだ?」
「……もしかして?」
やたらこちらを気にする様子の吹寄弓月。
幼馴染である平八重美里と良くも知らない男が一緒にいる事に多少の不安、親心の様な物でもあるのだろうか。
「いえ、彼女とは先程そこでたまたま─────」
「弓月、これは違うのっ!」
間に割って入るように身振り手振りアワアワと割り込む平八重さん。
「初恋君がね、どーーーっしても私と一緒にお昼食べたいって聞かなくて!」
「それに人目が少ない所が良いって言うから仕方なくここに…初恋君って意外とハレンチだよね」
「ちょっと…平八重さん?」
突拍子もない、根も葉もない捏造に思わず間抜けな声が出てしまう。
「初恋君の想い人はズバリ!平八重さんだったんだぁ〜なんだかお似合いだね〜」
「そ・れ・にっ!意外と大胆なんだね?初恋君」
何の共通点も接点も無い僕らのどこをどうみてお似合いだと思ったのだろうか、本心か悪意を持った皮肉で言っているのか...白石 萌心に限って後者という事はないと思うが。
なんだか微妙な心情に陥る。
「初恋っお前美里の事好きだったのかよ!言ってくれりゃあお膳立ても出来たってのに」
追従する様に立て続けに撃ち込まれる根も葉もない弾丸を捌く事に必死で返す言葉が見つからない。
「いえ…僕は」
「もう初恋君ったらアデリーペンギンみたいに時と場所も弁えず求婚するものだから困っちゃってさぁ〜」
こちらに向けて両目を繰り返し瞑って何かを伝えようとしている平八重さん。
ウィンクのつもりだろうか。
「はぁ…まったく」
「えぇ…彼女の仰る通りでここへは僕の我儘で付き合って貰ってたんです」
「最も…期待に反して脈ナシな様ですが…」
ジロリと白い目を無理難題を押し付けてくる平八重 美里に向ける。
バツが悪そうに視線と目が泳いでいる。
この際、彼女の思い通りのシナリオに合わせてあげようと、想い人に言い寄るも、情けなくも振られる弱々しい男を演じてやる事にする。
「なるほどな、どうりで珍妙な組み合わせだと思ったぜ」
値踏みする様に此方を一瞥する吹寄君。
頻りにポケットに手を突っ込んだり、前髪を気にしたりと落ち着きの無い様子。
付き合いたての彼女の前で些か調子に乗っている様子がその所作や言動に見て取れる。
「初恋…同じクラスなのにあんまり話した事無かったよな」
「えぇ…吹寄君と僕とでは住む世界が違いますからね」
「そんな謙遜すんなよ。俺はそんな風に思っちゃいねーよ」
どちらが上でどちらが下か…あえて主語を抜いたこの会話の中、彼は疑うこと無く自らを上だと断定つけた様だ。
どうにも、このスクールカーストという小さな界隈での慢心が嫌いだ。
「盛り上がっている所名残惜しいんですが、吹寄君そろそろ教室戻りませんか〜?」
気づけば昼休みも終わりが近づいていた。
「あっあぁ...、萌心が言うならそうしようか」
そんな白石 萌心の声掛けにより話途中、正確にはやや一方的な質問攻めだったのだか、半ば強引に連なってその場を後にする二人。
「初恋!美里の事で何かあったら何でも言ってくれよな──────!」
そう言ってこちらに手を振りながら校舎へと二人手を繋ぎ歩を進める。
前を歩く二人の鞄には、白石 萌心の趣味だろうか可愛らしい少女趣味のキーホルダーがお揃いでつけてあった。
まるで周りに見せつけるかのように、不随意に揺れ動くキャラクターの頭部がカタカタとこちらを嘲笑っている様にも見える。
吹寄 弓月、彼自身気の良い性格の持ち主ではあるのだが、どうにも思慮が浅く配慮に欠ける面がある。
眼前苦しそうに二人を見つめ張り裂けそうな胸を抑える平八重 美里には、その心中にはまるで気づく様子もない。
それどころか見せつけるように手を繋ぎ指を絡ませる始末。
「ぶっきらぼうな鈍感系主人公、ベタで...手垢に塗れてはいるが、やはり味があって良い」
自重を知らないそんな二人をいつまでも恨めしそうに見送る平八重さん。
その目にはメラメラと愛憎由来の怨嗟のようなものが宿っている。
「ところで平八重さん。僕はいつからあなたに想いを寄せているのでしょうか?」
「えっえへへ…ごめんね?」
「えへへじゃないですよまったく。心境は察するに余りありますから、水に流しますが」
「僕が困った時には拒否権なく強制的に人肌脱いで協力して貰いますからね?」
「うっ!...は〜い、わかりましたぁ...」
「言質は取りました」
そんな所で、タイミングも良くウエストミンスターの鐘が鳴り響く。
昼休みの終わりや定刻を告げる誰もが慣れ親しんだ音。
「昼休み、終わっちゃったね…」
「所で初恋君はここに一体何しに来たの?」
「食後の散歩の様な物です。そんなことより僕らも早く教室に戻らないといけません」
体育館裏からは走っても教室まで数分かかる為、余りのんびりする猶予はなく、足早に二人教室へと向かう。
二人連なって戻る事に抵抗があったのか、平八重さんからの提案で少しタイミングをずらして教室へと戻る事にするも時限ギリギリのタイミング、平八重さんを先頭に歩幅を合わせた結果、彼女が先に教室へ戻るほんの少しの待機時間のせいで僕一人だけ時限となった。




