15話「平八重美里の邁進」
「もーもー……もーもー…グスン…もぅやだ...」
ホルスタイン・フリーシアン。
四肢の先端や尾の先など6箇所が必ず白くなることから、別名「六白牛」とも呼ばれている。
乳を絞る事を目的とした雌牛。
そんな彼女、半ば放心状態の平八重美里を視界に一度収める。
独り言を念仏のように唱える彼女から視線を外し、窮地に立たされ慌てふためく吹寄弓月を見据える。
吹寄弓月の本質と実態。
体調1mと80cmとほんの少し。
哺乳綱サル目(霊長目)ヒト科ヒト属に属する「ホモ・サピエンス(種)」
バスケ部レギュラーにしてスポーツ万能、分け隔て無く裏表の無い性格からクラス内外問わず人気があり入学間も無い現在告白された数は既に両手両足では足りない。
学校という閉ざされ、独自の生態系を築く小さなビオトープ内、いわゆるヒエラルキーの最上でありカースト制度の頂点に君臨する。
そんな彼、吹寄弓月が何故数ある女子の中から白石萌心を選んだのか…それは一重に彼女が、高校生とは程遠い幼すぎる見た目をしている為だ。
階級や身分制度などの一切を度外視した元来の性癖故の選択。
「吹寄弓月…君の実態は、小さく可愛い物が大好きな、その逞しい体躯には似つかわしく無い少女趣味の持ち主」
吹寄君のカバンに付けられた、可愛らしいキャラクター物のキーホルダーが風で不随意に揺れている。
「そしてその趣味嗜好は可愛らしい少女趣味では収まらず、小さくて可愛い物に対する強い執着へと成長を遂げた……」
「つまり…──────ロリコン予備軍って事です!!」
「なっ!?断じて違うっ!?信じてくれ萌心!!」
隣、ブチハイエナの様な勇ましさはどこへやら、借りてきたただの猫の様に大人しい彼女、白石萌心は羞恥か怒りか分からないが、わなわなと震えている。
その両の拳は固く力強く握られていて…あっ…あ〜…。
これは間違いなく怒りの方の感情だ。
「吹寄君…そんなに私はどこもかしこも小っちゃいかな〜?」
硬いブレザー生地の制服の上から、なだらかに整備された走り心地の良い高速道路の様な胸を自らの両の手に収めている。
何度手をあてがった所でそこには何も無い。
あゝ無情……。
「ほ…萌心?」
ふらふらと何処へともつかない視線を引っさげ静かに吹寄弓月の元へ近づいていく。
「夕日を反射する私の髪が綺麗で好きだって…後れ毛を直す仕草が魅力的だって…一生懸命な所に引かれたって…それは全部嘘なのかな?」
色彩を落としきった虚無の様な瞳。
普段の白石萌心とは全く別の表情。
能ある鷹は爪を隠すかどうかはさておき、女の子は須らく二面性を併せ持つ。
人類が誕生してうん百万年。
女性特有の二つ目の人格は我々メンズの手には到底負えるものではない。
「…ちがう!おいっ初恋!笑ってないでどうにかしてくれよ!」
「美里…!美里からも説明してやってくれ!そんなんじゃないって!なぁ頼むよ──────」
「モォ〜…牛なので聴こえません。すみません牛なので、何も聞こえません」
機械のように繰り返し固定のセリフを吐くNPCと化した平八重美里。
その瞳には数刻前までの虹彩は一切なく、差し込む夕日すら反射すること無く拒み続けている。
恋に恋する乙女の表情から一転、冷徹なロボットの様な表情に移り変っていた。
役者勢揃いの教室内、吹寄弓月の追いすがる様な叫びに耳を貸すものは一人として居ない。
この場にいるのは今にも取って食おうと近づく肉食獣ブチハイエナの女王と、喰われるのを待つばかりの弱々しい草食の動物。
そして居合わせたロボットの様な謎の雌牛、乳牛、ホルスタイン。
誰も彼に手を差し伸べる者は居ない。
「…ほっほら──────!」
「今日、うち寄ってくって言ってたよな!?この前の続きするって…!今するから俺が本当に心の底から萌心が好きだって証!ほらチュ──────」
「うるせーーんだよこのロリコン野郎っ!!」
プロセスやセオリー、ムードやシチュエーション等その全てをがん無視のキス強行。
愚策とも悪手とも取れる一番有り得ない選択を選んでしまった吹寄弓月。
小さな身体に覆い被さるよう近づく彼の懐へ格闘家顔負けの無駄のない動きでステップイン、入り込む白石萌心。振り抜かれた反則級の黄金の右足ローキック。
空気が凪ぎ、その瞬間がスローモーションの様に映ると先の未来を自らの体で先んじて予想させられる。
思わず自らの物を押さえ付けその無事を確かめ安堵。
「ホッ」
吹寄弓月の両の足の間に引っ提げた汚らしい巾着袋。
まさにそれを破裂、破壊する勢いで蹴りあげられた白石萌心の足がまさに今、目標地点へ着弾する…。
ズドンッ──────!!
「──────ッカ…ハッ!?」
腰を落とし背骨から伝わる動力をそのままに振り抜かれた両手の勢いそのまま、回転をかけ文字通り全身全霊、全力を乗せた蹴りの衝撃。
不意に受けた会心の、致命的なまでの一撃。
情けない表情で繰り返し餌を求める鯉の様に口を音もなくパクパクと開閉させる吹寄弓月。
見る見るうちに顔面は蒼白となっていく。
膝から先、力を失いその場に情けなく座り込むと、もうそこからは呻き声を残してピクリとも動かなくなった。
「はぁ…はぁ…」
「ふんっ!参ったか…この性犯罪者予備軍っ!」
どこか満足気に鼻を鳴らす白石萌心と呆気に取られる我々二人、そして動かなくなった吹寄君。
「初恋君、なんだか…思ってたのと大分違うや...」
「ここから...ロマンチックなラブストーリーなんて到底始まりっこ...ないよね?」
淡い水彩の様な、パッションに溢れる綺麗な蛍光色の様な青春真っ只中、煌びやかで艶やかな恋愛...なんて事は一切無く、目の前の光景を無理やり例えるとするなら
そうだなぁ......『どどめ色?』
「あっははは、もう最っ高!」
日は既にその殆どを地球の反対側へ隠し、辺りは仄暗くなり始めていた。
人もまばらになった校内、一生に数度あるかないか…。
そんな誰かの甘酸っぱい物語が静かに終わりを告げた。
「結婚するって言ったのに………………ばかっ!」




