14話「平八重美里の恵体」
ズルズル──────ズルズル──────…
身体が心地よい浮遊感で包まれている。
それと同時に硬い何かが摩擦力を無視して引き摺られている様な不快な音も聞こえてくる。
鳩尾に強い衝撃を受けた瞬間からの記憶が無い。
必死の抵抗虚しく討ち取られたあとの獲物、食べる為に巣に運ばれている様なそんな…そんな。
「はっ──────ヴェニスの商人!!??」
「あっ起きた」
「てか……起き抜けの言葉きっしょっ」
摩擦で捲り上がる衣服の不快感で目が覚めるとブロンドの緩く巻かれたふわふわの物で視界は埋め尽くされていた。
「白石さん僕は...一体全体何故引きずり回されているんですか?」
細く白い手に首根っこを掴まれ教室の廊下を引き摺られている。
通る教室の全てを開けては閉め虱潰しに二人を探している最中の様だ。
「教室に置いてったら問題になるでしょ、死なれても困るし」
「死なそうとしてたんですか…それは命拾いしました」
身体は軋み普段使われない筋肉を総動員したせいか筋肉痛で上手く動かせない。
「もう時間稼ぎは十分でしょ、そこを勝敗の基準にするなら初恋くん、君の勝ち」
「僕の勝ち...ですか」
結果こそ曖昧な判定の末勝利?を納めたが、どんな策を費やしても彼女には何一つ敵わなかった。
試合に勝って勝負に負けるそんなイメージ。
けれども彼女の言う通り時間稼ぎだけは十分なはず、これ以上はどうにも身が持たなさそうななので、背に腹はかえられず大人しく引き摺られてみている。
「けれど僕の勝ちにはきっとなんの意味も価値もありませんよ」
「大事なのは彼女、平八重さんが吹寄君と一体どんな結末を迎えているのか...」
「...」
「白石さんには、少し酷な話でしたね」
「これは...僕の憶測に過ぎないんですが、吹寄君と白石さんは高校で、直近で出会った訳ではなく、もっとずっと以前から知り合っていたのではないですか?」
「...だったらなに?それとこれと一体なんの関係があ...」
「勝手に決めつけていました、幼なじみは唯一無二、たった1人を指すものだと」
「もっと早くに確信に迫れていたなら、もっと公平で平等に立ち回れたはずでした...白石さんには悪い事をしましたね」
「もういいでしょ、吹寄君はどこ」
「二人は一番最初、白石さんの依頼を受けた時使用した空き教室にいるはずです」
「そっご苦労さま」
「扉を開けたその時、そこに居るのは新しく誕生したカップルなのか、はたまた変わらずただの幼なじみか...結末が既にして気になりますね!」
「結末に禍根は残さず、終わりよければすべてよし。選ばれるのは一体どっちのヒロインなのか!」
「これは...そうだ!恋愛版シュレディンガーの猫って奴ですかね?」
「あぁもうっ...!!」
「ムカつくムカつくムカつくムカつく!ムっかつく──────!!」
感情の昂った彼女の歩みは力強く、引き摺るスピードもグングンと上がっていく。
このまま心地よく彼女に引き摺られ二人の元へ合流しようと思ったのだが
「─────ふべっ!?」
そんな心を見透かされたのか、廊下に置かれたゴミ箱へ不意に勢いよく捨てられる。
まるでゴミでも見るように、と言うより本当にゴミを捨てる感覚だった彼女の冷たすぎる視線に自分の中の未知なる物が開かれた気がした。
置いて行かれまいと慌てて飛び起きると競歩ばりに早歩きになった彼女と追走し、既に事を終えたであろう空き教室へ急ぎ歩みを進める。
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「えっ…と、なに?胸?なんの話?」
勇気を振り絞り思いの丈を長年の想い人である彼吹寄弓月に伝える事に成功した。
彼の胸の内、突っかかっていたものも知る事が出来…出来た?
「だから!お前のそのっ胸が…デカすぎるんだよ!」
「私の胸…?」
「わたしの胸が…なに?」
何度聞いても会話から推測される答えがどうにも導き出せない。
そして何ら脈絡も無い。
「えっ…と弓月はつまり、私の『この』胸が嫌なのかな?」
「まぁ…そうゆう事だ」
「…なにそれ──────なによそれっ!?」
「っ〜...!!だってだって弓月の中で私の存在が大き過ぎるって大切で尊くて大好きだって…!!」
「だから、お前の胸が大きすぎるって言ってるだろ、何度もその...言わせんなよ」
「それに、後半勝手に付け足すなっ!」
大き過ぎる。
彼の口から発せられたその言葉に確かに心踊り浮き足立つ物を感じた。
私が彼、吹寄弓月の事で四六時中頭がいっぱいでその存在の余りの大きさに日々苦しめられているように、彼の中でも私の存在が大きく確かに影響を及ぼしている…そう思っていた…そう都合よく解釈していた。
「小学校位までは普通だったのに、中学上がった辺りからぶくぶくぶくぶくメロンみたいにデカくなりやがって…」
「ぶ…ぶくぶくっ?!」
──────フニフニ──────フニフニ...
自分の上半身に取り付けられた二つの丘、もとい脂肪の塊を繰り返し見やり、数回揉みしだく。
そのぶくぶくメロンと名付けられたものの存在を改めて認知する。
「おっ…──────」
「おっきいの何がダメなのっ!?ゆづ...ちっちゃい頃からメロン大好きだったじゃん!」
「ちゃんと全部分かるように理由まで言ってくれないと...私わからないよ!」
「だってお前の胸…...」
「──────ホルスタインみたいで気持ちわりぃんだよ」
「俺は牛乳が大っ嫌いだし…それにそのデカ乳...家の母さんや姉ちゃん達みたいで怖いし…」
「ほっホルスタインって…うし!?」
「美里…俺はな。昔から今もずっと…」
「白石萌心みたいな!なにもかも...ケツもタッパもそして胸も...」
「断崖絶壁ぺったんこなちっちゃい女の子が大好きなんだぁあ──────あぁ?!」
────────────ガラガラガラッ!!
締め切った空間、二人だけの空間。
扉の開け放たれる音で我に返る。
「吹寄君…断崖絶壁ぺったんこは一体全体誰の事なのかなぁ〜?」
「...ッ──────萌心ッ!?」
「ふっ、あはははっ!ホルスタインですか、吹寄君はとても秀逸な喩えをしますね!」
「いててっ..笑うと身体が軋みますね...けれど」
「これは全くもって想定外の展開だっ!」
静寂に包まれた教室、喧騒の波が砕けた校内の一室。
今まさに決着がつこうという重要な局面そんなタイミング。
そんな2人の前、開け放たれた年季の入った扉の前には、取り繕った笑顔の裏に忿怒の形相を隠した仁王の様な白石萌心と、傍らボロ雑巾の濡れ鼠状態で大笑いする初恋叶人の姿がそこにはあった
「うしって…………うし?」




