12話「平八重美里と懊悩」
「──────美里…?」
「──────…弓月」
教室の端、窓辺につまらなさそうに腰掛ける彼の元へ教室内へと一思いに、一歩踏み出す。
つい最近まで隣に居るのが当たり前で、瞳の虹彩すら見て取れる距離で会話をしていたハズなのに、たった数週間の出来事の後、彼の顔を真っ直ぐ見ることすら敵わない。
思い切って彼の前へ踏み出したものの、伏せた顔を上がられず刻一刻と時間だけが過ぎていく。
居心地の悪い空間に投げ出された身体。
していたハズの覚悟も、どうにも見当たらない。
「美里も、初恋に呼ばれたクチか?」
「うっ…うんそんなところ〜...かな?」
不意に目が合うタイミング、思わず逸らしてしまう自分の弱さを受け入れられずにいる。
関係を変えることがこんなにも勇気が必要だったなんて、世の中のカップルは凄いなぁと、弓月も白石さんもきっととてつもなく頑張ったんだなぁと実感する。
同時にフィクションの様には何一つ上手くはいかないものだなと強く、激しく痛感した。
「初恋のやつ呼び出しといて遅刻とはな」
「そっ、そだね…」
長すぎる沈黙のせいか既に当初の約束の時間から十分ほど経過しており、早めに到着したアドバンテージは無いものとなっていた。
待ち合わせ場所の校門前に弓月が現れないとなれば、白石さんも直ぐに異変に気づき直ぐにでもこの場に現れてもおかしくない。
そうなればこの想い...十五年、産まれた時から持ち合わせたこの想いは二度と伝えるタイミングを失うだろう。
手汗が止まらない、呼吸も浅く貧血の様な不快感すら憶える。
手足の1つ1つ、筋肉の動かし方さえも分からなくなる。
着飾り纏ったはずの全力が酷く頼りなく感じる…。
それでも尚、今逃げ出さず伝えなければならない。
「弓月っ…!ううん…ゆづ、聞いて欲しいの私の気持ち!!」
目に口に腹に、全身にいっぱいの力を込めて、今度は...今度こそは逸らさぬよう真っ直ぐに彼とその両の眼を見つめる。
彼の瞳の中、情けない表情の自分の姿を認めると意を決して積年の思いを吐き出す。
「──────私……私ねっ!」
「──────お菓子!!」
「弓月の好きなバナナおはぎ持ってきた...よ?」
「おぉ!気が利くなっ!」
────────────
部活を終えた生徒達が廊下を慌ただしく走り抜けていく。
日が落ち始め宍色になった空を間抜けな鳴き声のカラスが群れを成し飛び交う不吉な情景。
「これはこれは…随分早いご登場ですね…」
「ふぅ〜ん、やっぱり初恋君の差し金なんだね〜」
予定時間より数分前、平八重美里が空き教室に到着したであろうタイミング。
吹寄弓月との約束の時間より十分程前、喧騒の波が砕けた教室の扉を乱暴に開け放ち、ラスボスさながらの登場を果たす白石萌心。
「放課後の教室へ、何か御用ですか?白石さん」
「ここに居るのは変人なんて世評される男子生徒ただ1人ですが」
「──────はいはい...」
「そういうのいいから、吹寄君はどこ?そ・れ・と!!」
「あの爆乳ビジュ牛女っ!!」
「あの泥棒牛いつまで悪あがきするつもりっ!?」
どこで聞きつけ察したのか或いは全てお見通しなのか彼女には全て筒抜けであり、彼女の底知れない、計り知れない恐ろしさをまざまざと見せつけられる。
「何一つ、お答え出来ません...守秘義務ですから」
「守秘義務なんて良く言えるよね〜?散々掻き回してくれちゃって!」
苛立ちを隠そうともせず頻りに足を踏み鳴らし威圧する様な態度を崩さない。
白石萌心の最初の依頼、次いで吹寄弓月からの依頼。
そして現在平八重美里による依頼。
密接に絡み合う彼らの関係。
三者三葉、三竦みのトライアングル。
重要な部分を覗いて情報は互いに握られているといっていい。
黒子に徹しているとはいえ特定の相手に肩入れする様な真似はしない。
その為特に理由が無ければ求められる情報を調べあげ伝える。
それが僕の役割。
尤も面白いと思った恋愛の依頼しか受けないが。
「やはり怖いものですか?一発逆転な略奪愛」
「──────…は?」
逆鱗に触れたかのような白石萌心の表情に内蔵の奥からスゥっと冷えていく物を感じる。
「やはり奪うのと奪われるのとでは心構えも変わって来るのでしょうか?」
「実に興味深い...」
「なに…?怒らせたいの?」
「はぁ...でも残念でした、生憎争いは同じレベル同士でしか起こりえないの」
「それは、僕のことを過大評価し過ぎじゃないですか?」
「あまり褒められる事に慣れていないもので...久しく照れと言うものを感じました」
「はぁ〜…ほんっとっ!!初恋君って本当掴み所がないよね」
常に達観したような態度の彼女の表情から、感じたことの無い少し焦りの様なものが見て取れる。
「それで、二人はどこ?そろそろ言ってくれるかな?」
胸ぐらを掴む勢いの彼女の距離と、小さくも肉食獣の様な凄みのあるプレッシャーに震え上がる。
ご自慢の上腕二頭筋もだらしなく力は抜けすっかり萎んでしまっている。
「情報提供に際して、交換条件なんてのは…フェアじゃないでしょうか?」
「...交換条件?」
「僕の話を最後まで聞いてくれたのなら、二人の居場所まで迅速に無駄なく一切の遅延無く案内します」
絞り切った喉を強引に震わして精一杯の虚勢を張り、対等な取引まで持ち込む。
平八重美里がその役割を終えるまで、どんな手を使ってでも彼女をこの場に留めて置かなければならない。
「…わかったから。ならさっさと話とやらを言っ」
「好きです白石さん、白石萌心さん」
「どうか僕と、結婚を前提に付き合ってはくれませんか?」
「………………………………………………………………は?」
「はぁあああああああ─────!!??」
人気のない二人きりの教室。
ラブストーリーなんてちゃちな甘いものでは無い。
そう…これは色恋営業。
気分はさながら売れっ子ホスト。
目の前の肉食獣を討ち取る為の最善最悪の選択。
「吹寄君ではなく、どうか僕を選んではくれませんか?」
膝を着き片手はうしろへ。
片方の手は彼女へと差し向ける。
確か漫画でホストはこんな時、女の子をこう呼んでいた気がする。
「マイスウィートリトルハニー」
「白石萌心……姫?」
「────────────なッッ!?//////」
見た事のない表情をする彼女を前に、既に冷や汗すらもその場から引いて行ってしまった。
今、この一分一秒が平八重美里の命運を左右する。
恥も外聞も僕の若さの専売特許と思おう。
そう、なんら問題は無い、完璧な作戦。
あとはそう、彼女に向け差し出した手のひらの無事を、心から願うばかりだ。




