11話「平八重美里の一歩」
翌日、平八重美里は平常運転で登校する。
人気者故に一日二日と休んだ所で何事も無かったかの様に直ぐにクラスメイトに囲まれ、何ら変化の無い日常に自然と溶け込んで行く。
これがその他大勢の雑輩なら休み明けの登校であっても一瞥すらされないだろう。
今日この日が彼女にとって新しい門出となるのか、最悪の終末を迎えるのか。
そんな結果を知ってか知らずか...本日は雲ひとつない快晴となった。
午前中をルーティンワークの様に適当にこなし、迎える放課後。
大きな山場を前に上の空の平八重 美里。
そんな彼女と連なり、人も疎らになった教室内、最終打ち合わせを行う。
白石 萌心も今日一日通常通り、彼女のダイヤグラムには何一つ異常はなく平常運転。
彼女お得意の女の勘とやらでこちらの動向を察知している様子もない。
平八重美里を打ち倒し、邪魔となる者も全て排除したと完全に思い込んでいる。
雲ひとつない快晴、見晴らしの良い頂上から見える景色はさぞ綺麗だろう。
だからこそ、慢心し油断している今がまさに好機。
「吹寄君には、白石さんの事で放課後部活終わりに空き教室へ顔を出す様に伝えてあります」
「…ただ一つ障壁が…」
「白石さんだね…」
「勿論、依頼の件での内密な追加報告という建前なので、吹寄君から白石さんに情報が漏れる事は無いと思いますが…」
「吹寄君が白石さんとの待ち合わせに遅れる、或いはすっぽかす事は先ず有り得ません」
「なので待ち合わせ場所に現れないとなれば、白石さんに勘づかれるのも時間の問題です」
「迷ってる暇はないって事だね」
「ええ、十分。もっと言えば五分が安全なボーダーラインかと」
先手必勝、『略奪愛?バレなければ犯罪じゃないもんね作戦!』なんてふざけたネーミングをしてみたりしてそうやってお互いを鼓舞し合う。
「安心して下さい!最悪白石さんは僕がどうにかしますので」
「どうにかって…一体どうするの?」
先日の事を思い出したのか自分の身体を思わず大事そうに抱きしめる彼女。
「僕も男ですから、腕っ節にはいくらか自信があります」
シャツを捲りムキッと力を入れた情けない上腕二頭筋に緊張と不安で一杯だった様子の平八重さんの表情も幾分か緩む。
「ぷぷっ!…その逞しさ頼りにしとくね」
くるりその場で膝下までの健康的なスカートを翻し、後れ毛を直す彼女の仕草に思わず年相応の感情を憶える。
今日の彼女、平八重美里は普段よりも三割いや五割増しで美しい。
いつもより早起きして念入りに結った髪、校則に違反しない程度のナチュラルな化粧。
奮発して買ったお気に入りのリップで拵えた艶やかなくちびる。
そのどれもが彼女の為に遺憾無くその力を発揮している。
正に正真正銘ラスボスに挑むフル装備の状態。
演者は揃いクライマックスを迎える。
客席は総立ち、舞台は磐石に整った。
ハッピーエンドかトゥルーエンドか!はたまた...。
なにはともあれ結果はもうすぐ目の前に!
「さぁ、そろそろ心の準備しましょうか…吹寄君も部活が終わる頃です」
「うん…いつでも準備OKだよ」
時間を逐一チェックする。
何か見落としはないか?
繰り返し情報を頭の中反芻し精査する中でひとつ伝え漏れがあったことに気づき慌てて口を開く。
「すみません言い忘れてた注意事項が、吹寄君に関して未だ憶測に過ぎない…いいえ、ほぼ確実とも言える問題が…」
「ってあれ?!…平八重さん?!」
ふと隣を見ると数秒前まで居たはずの彼女の姿が何処にも見当たら無い。
慌てて廊下へ出ると既に空き教室へと早足で、且つ大股で向かって行く後ろ姿が遠くに確認出来た。
そうこうしている間にも部活を終えた生徒が数人教室へ戻って来ており吹寄弓月との待ち合わせ時間が、刻一刻と迫っていた。
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パタッパタッ──────と軽い足音が廊下にこだまする。
自らの緊張を認知しない様なるべく頭の中は空っぽに、けれども確かに意識は冴えている。
埃っぽい通路の真ん中、やけに足音の響くタイル張りの床を踵を踏み鳴らす様に進む。
歩幅をいつもより二倍三倍に広く取り足早に空き教室へ。
締め切られた廊下に面した窓から部活を終えた生徒達が大きな荷物を抱え既に校内に戻り始めている。
初恋君との最終チェックの最中、教室の窓から見えたテニスコート。
部活を終えた生徒達が片付けを始めたのを視界に映すと慌てて教室を飛び出してきた。
バスケ部は体育館で部活を行う為彼等より幾分か早く片付けや後始末を終える。
その為急遽前倒し、初恋君に声をかける間もなく焦り勢いのまま出てきてしまった。
空き教室の前に到着したのは約束の時刻の数分前。
ギリギリの到着となったが長い待機時間は決断と意識を鈍らせる為寧ろ好都合といった所。
「いけるかな…無理かな。でも言わないで飲み込むのはきっともっと辛いよね…」
決意を固く、錆び付いて立て付けの悪い扉を力いっぱいにスライドさせる。
「教室のど真ん中で待ってたら変かな?立ってた方がいいのかな、座ってる方が自然かな…」
弓月が来るまでの僅かな時間、心の最終整理でもしておこう、そんな思考を巡らせ、伏せていた瞼を開け教室へ一歩踏み出す…──────。
「美里…?」
「弓月…」
心の整理、そんな甘い考えは許されず、レベル一での強制ボスエンカウントの様に半ば強制的に舞台に立たされた。
負けイベントとなるか、勝ちの目はあるのか。
逡巡迷った心を後者に振り切ると、立ちすくんだ足を迷いなく一歩再度踏み出した。




