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第69話 大統領の思惑

◇◇


 大陸の西端に位置するカルヴァン共和国。

 この国は、血脈がすべてを決めるグランヴェル王国とは対照的に、民衆がその手でリーダーを選ぶ「民主主義」を標榜していた。

 四年に一度の選挙によって選ばれる国家の頂点……大統領。

 その第64代目の椅子に座っているのが、ヘンリー・カールトンであった。


 彼は異色の経歴を持つ男だった。

 軍需企業「カールトンテクノロジー社」の創業者として巨万の富を築き、その財力と口才で政界を駆け上がった。しかし、ここ数ヶ月、彼の周囲には暗雲が立ち込めていた。過去の不透明な武器取引や、女性スキャンダルが相次いで露見し、かつては盤石だった支持率は今や急落の一途をたどっていた。


(このままでは、来年の選挙は戦う前に終わる……)


 ヘンリーは執務室の窓から王都方面を睨み、苦々しく舌打ちした。

 だが、天は彼を見捨てなかった。グランヴェル王国のゾヨラ伯爵が、自国外務大臣との晩餐会で毒殺されたという「疑惑」が舞い込んできたのだ。


「チャンスだ。これこそ、神が与えた最高のカードだ」


 ヘンリーは冷酷に口角を上げた。

 民主主義において、民衆が最も団結し、強いリーダーを渇望するのはいつか。それは、明確な「共通の敵」が目の前に現れた時だ。

 グランヴェル王国の野蛮な「狂王」がわが国の要人を拘束し、さらには不当な侵攻を開始した。この物語さえ成立させれば、国内の不満はすべて外へと向けられ、ヘンリーの支持率は再び頂点へと返り咲くに違いない。


 そして、ヘンリーには確固たる勝算があった。

 自らの会社が極秘裏に開発を進めていた、概念を覆す新兵器。


「アストラ・ノヴァ。これこそが、旧時代の王権を吹き飛ばす、新時代の火を吹く杖となる」


 火、水、土、風。

 性質の異なる四元素の高純度魔晶石を、音速で衝突させる。その瞬間、相反する属性が互いを打ち消そうとして暴走し、凄まじい「無属性」の魔エネルギーが爆発する。

 その威力は、たった一発で村一つを地図から消し去り、生物を文字通り蒸発させる。人類史上かつてない「大量殺戮兵器」であった。


 当然、軍の内部からは悲鳴に似た反対の声が上がった。

 作戦の参謀を一手に引き受けていた知将、レオニード中佐は、ヘンリーに直接抗議を申し出た。


「大統領、アストラ・ノヴァの使用はあまりに非人道的です! これは戦争の枠を超えた虐殺だ! 歴史に汚名を残すことになりますぞ!」


 しかし、ヘンリーはレオニードの直訴を鼻で笑った。


「中佐、歴史は常に勝利者が書くものだ。……民衆が求めているのは正義ではない。圧倒的な力による快感だ」


 その言葉通り、ヘンリーは大広場に集まった数万の民衆の前で、拳を振り上げて叫んだ。


「わが同胞たちよ! 野蛮なる王国の暴挙に終止符を打つ時が来た! わがカールトンテクノロジーの粋を結集した新兵器が、敵の傲慢を焼き尽くすだろう! 我らが正義、アストラ・ノヴァの輝きを見よ!!」


 広場は、熱狂的な歓声に包まれた。支持率急落の事実は熱狂の渦に消え、民衆は「強い共和国」を象徴するヘンリーに酔いしれた。

 ヘンリーは満足げに頷くと、自ら総大将として十万の大軍を率い、西の最前線へと出陣した。


◇◇


 三〇三年八月。

 陥落したばかりのソーンウィック城の静寂を、激しい着信音が破った。

 エリオスの手元の魔導通信機から聞こえてきたのは、ブランフォードの研究所にいるクロエの、震えるような声だった。


『エリオス様! とんでもないことが分かったんだよ!』


「落ち着け、クロエ。何をそんなに怯えている」


『アストラ・ノヴァ……! っていう兵器がそっちに運び出されたってこと!』


「アストラ・ノヴァ?」


『うん! 四属性の魔晶石を音速衝突させ、無属性爆発を引き起こすんだって! 計算上、その威力は……』


 クロエが語るその兵器の理論と殺傷能力を聞き、傍らにいたリアナやアイザックの表情が凍りついた。

 村が一つ消える威力。それが十万の軍勢と共にこちらに向かっている。


「なるほど。音速衝突による無属性の励起か。理論としては面白い」


 しかし、エリオスだけは動じなかった。

 むしろ、彼は窓の外、十万の軍靴が巻き上げる土埃の方向を見つめ、唇を不敵に歪めた。


「エリオス様……? 笑っていらっしゃるのですか?」


 リアナが恐る恐る尋ねる。

 エリオスは肩をすくめ、愉快そうに鼻を鳴らした。


「面白いじゃないか。その『アストラ・ノヴァ』とやらで消えるのは俺たちか。それとも……」


 絶望的な新兵器を前にして、エリオスの瞳には昏い愉悦の色が宿っていた。


◇◇


 三〇三年、八月十八日。

 ソーンウィック城を分水嶺として、東と西、二つの巨大な軍勢が大地を埋め尽くしていた。


 城の東側、グランヴェル王国の旗がたなびく陣営には、国王レオポルドと大公ルクレールが率いる八万の将兵が着陣した。黄金の鷲の旗が熱風に煽られ、その下には王国中から集った精鋭たちが、死を恐れぬ殺気を放っている。


「来たか。身の程知らずの武器商人めが」


 先鋒の総大将として馬を進めるのは、当代王国第一の剣と謳われる男、ライナルト・シュタインベルク。

 その全身から放たれる剣気は、八月の陽炎さえも斬り裂かんばかりに冷徹であった。彼の周囲には、レオポルドの苛烈な軍規を支持する武闘派貴族たちが、手ぐすねを引いて獲物を待っている。


 対する西側。カルヴァン共和国の陣営には、十万の軍勢が整然と布陣していた。  近代的な意匠の軍服と、統一された魔導式ボウガンの銃列。中央に据えられた拡声用の魔導装置が、不気味なノイズを吐き出している。


「グランヴェルの哀れな臣民諸君! 聞こえるか!」


 沈黙を破ったのは、大統領ヘンリー・カールトンの、朗々と響く声だった。

 魔導装置で増幅されたその声は、戦場全体を震わせる。


「君たちは、たった一人の狂った王のために、その命を捨てるというのか。共和国は解放を求めている! 古臭い王権から、君たちを自由にするために来たのだ。さあ、その錆びついた剣を捨て、我らが『アストラ・ノヴァ』の慈悲にすがるがいい!」


 その挑発に、レオポルド王が激昂して、自ら拡声機を奪い取った。


「黙れ、成り上がりの下種めが! 貴様の吐く言葉は、すべて金と欲望の匂いがするわ。わが騎士たちが求めているのは『自由』などという実体のない妄想ではない。不敬なる賊を討ち果たすという、絶対の誇りだッ!!」


 レオポルドの怒声が山々に反響する。


「全軍、よく聞け! あそこに見える烏合の衆を、一人残らずこの地の肥やしにせよ! これより始まるは、不敬を贖わせる聖なる戦いだ!」


 ヘンリーが冷笑を浮かべ、最後の最後通告を突きつけた。


「交渉決裂だ。歴史に名を残すのは、常に新しい力だということを教えてやろう」


 ――突撃ィッ!!!


 レオポルドとヘンリー、二人の指導者の号令が、完全に重なり合った。

 その瞬間、地を揺るがす軍靴の音が爆発し、東西から鋼の奔流がソーンウィックの野へと流れ出した。


 だが、その直後だった。

 共和国軍の後方に控えていた巨大な黒布が、音を立てて引き剥がされた。


「なんだ、ありゃあ」


 ソーンウィック城の城壁の上から様子を見ていたヴォルフが、思わず呟いた。

 共和国軍の奥から、ゆっくりと、だが確実に前進してきたのは、もはや兵器の域を超えた、一つの「小城」にも匹敵する巨大投石機であった。


 鈍く黒光りする鉄の骨組み。そして、その射出部には、四属性の魔晶石が不気味に明滅する「アストラ・ノヴァ」の弾頭が装填されている。


「あれが、クロエの言っていた兵器か」


 ソーンウィック城のバルコニーから、エリオスはその巨影を静かに見つめていた。  巨大な車輪が大地を軋ませる音が、まるで死神の足音のように戦場へと響き渡る。


 大陸の軍事史を一変させる、惨劇の幕が上がろうとしていた。

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