ミッション:バルチャーイーター⑤
奇妙な話だが、バーフウはイーリスの機体越しに感じる圧力と雰囲気が変わったのを確信した。イーリスの出力が上がったわけではない。パイロットの精神状態が、機体のコンディションに影響するシステムなど、搭載していないのだ。
それでもバーフウは唇を釣り上げながら、確信する。どうしてかは知らないが、あのガーテンの新しい花人形がやる気になったらしい、と。
「海月も蜂も花も猛毒を持つ。俺はしょせん、風に憧れる肉。ウインドベルもまた風を真似る鉄人形。風には通じぬ毒も、人形には通じる。届くか? 花人形」
自らを奇人と認めるところのバーフウは、メンタルの変化がどれほど機体の動きに反映されるのか、それをこの命をもって味わえると笑みを深めた。
バーフウが喋っている間も、笑っている間も高速で飛ぶウインドベルに、まるで自ら誘導しているかのように、ブルースターから発射されたビームが襲い掛かる。
それはバーフウの手練をもってしても全弾回避とはならず、一発の命中を許した。ウインドベルのエネルギースキンが削られて、コンソールに表示される耐久値が目減りする。
「ふふ、恐ろしい精度だな!」
ウインドベルに不規則な螺旋軌道を取らせ、回避と連動してファイアフライによる報復が、イーリスへとまっすぐに光の線を描いてゆく。
正確な狙いとそうでない狙いとを織り交ぜて、最小限の回避機動で片方を良ければもう片方が命中する連撃を、イーリスは虚実の全てを見抜いていたように、一発の被弾もなく避け切る。
ウインドベルに意識を集中させたアイリスが、半身とも呼べるイーリスと共にバーフウの息の根を止めようとしている間、奇しくもレッカとギゲールは両者の戦いに横やりを入れさせまいと同じ目的の下に行動していた。
ギゲールは引き連れてきた無人機とルネスらの部隊を、レッカ達に追いついてきた傭兵達にぶつけていた。
ファーエデン軍が選抜した傭兵達だけあって、力量においてはガスバーク一家側を上回る者がほとんどだ。ガスバーク側で雇った傭兵達も居るには居るが、情勢不利と分かった上で雇われるようなのは、金を稼げないかギャンブルに費やして困窮した阿呆が多い。
「弾避けと肉壁くらいにはなってもらわないとねえ」
ギゲールは自分が報酬を支払うわけではないが、数では勝っても質で劣るこの状況では、なんの役にも立たなかったなんて、笑い話にもならないと願望交じりに引き金を引く。
彼が正規軍に残っていれば与えられただろうガラクは、今回、大型のスナイパーキャノンを右脇に抱えるようにして構え、背中のバックパックには対電子戦用装備と照準機器を詰め込んだセットだ。
ウインドベルの邪魔をさせない為に、狙撃に特化した仕様を選んだわけだ。
スナイパーキャノンからは紫色に輝くプラズマの砲弾が発射され、無人ドムラカン小隊と交戦していた傭兵のオロンの両足を吹き飛ばす。
「やれやれ、敵の機体と分かっていても、ザギオンの機体を撃つのは気が引けるよ」
口で言うほど嫌がっている様子ではないが、確実に命中弾を叩き出すギゲールの力量は、確かなものだった。狙撃ごとに移動して狙撃点を特定させず、着実に狙える相手のみを見定める観察力と忍耐力は、彼が狙撃手として一流であるのを保証している。
だから油断も慢心もしていなかった彼に、レッカのライジングフォースが猛禽の如く襲い掛かり、エイトヘッズの残弾全てによるミサイルの雨を降らせたのは、ギゲールの失態よりもレッカの手腕を褒めるべきであった。
「見つけた、この間の人!!」
「おやま、赤い閃光の弟子君かい。嗅覚も鍛えられているかぁ?」
ギゲールは後方に大きく退いて降り注ぐミサイルを回避しつつ、スナイパーキャノンを出力の低下と引き換えに連射速度の向上へと再設定。
レッカがビームソードを決め手に使う傾向があるのを踏まえ、自分のガラクが狙撃仕様であるのと合わせ、徹底して距離を置いての戦い方を決め込む。
「とはいえガラクは足が遅いのよね」
その分、エネルギースキン無しでも並みのビーム兵器にも数発は耐える装甲が売りなのだが、こちらをフォローしてくれる味方の居ない状態では、ギゲールが不利であった。
重力制御ユニットによる重力の推進方向は、機体全体を包み込むように形成されるのがスタンダードだが、練達のパイロットや天性のセンスがあるものは、四肢や機体の動きに合わせて重力制御を行い、自由自在な動きを実現する。
この点においてバーフウはギゲールの知る限り、三本の指に入る実力者で、今、こちらに迫るレッカもその片鱗を感じさせる若者だった。
ガラクが背を向けたまま器用にデブリや機体の残骸を避けて下がり、スナイパーキャノンを撃つのを、レッカはやはり並みの相手じゃないと腹を括る。
「厄介な人は、ここで潰す!」
「おお、血気に逸っている? 仲間思いなのか、報酬が目当てか。俺にかまけてくれるのなら、こっちにも都合がよい話だってね」
ライジングフォースが機体全体に作用する重力により、ガラクへ最短距離を詰めながら、狙撃の的を絞らせない為に両脚部に別ベクトルの重力場を形成し、足を振る動作と合わせる事で複雑な回避機動を作り出し、直撃を避けて行く。
いわば落下しながら足を動かすことで、落下方向を大きく変えるという芸当なのだが、クリフォードから厳しく仕込まれたこの技術を、レッカはこの場で開花させつつあった。
重力制御ユニットでも完全には相殺しきれないGによる負担を、パイロットスーツの機能がさらに軽減。レッカは歯を食いしばりながら機体に急激な機動を繰り返させる。
「アイリスの邪魔はさせない!」
「大尉に臍を曲げられちゃ困るんでね!」
互いの技巧と機体の性能の限りを尽くして、高機動射撃戦を展開する二人は、アイリスとバーフウに次いで他者の介入が困難なレベルの戦いを演じていた。
ただでさえガスバークと傭兵部隊が乱戦模様を描いている最中だ。
アイリスにしろレッカにしろ、彼女らの戦いに介入する余裕はないものがほとんどだ。だが、ほとんど、であって全員ではない。
『レッカ君、高火力、大火力、高出力、大出力、大口径、広域破壊、どれも素敵な言葉だが、君の好みはどれだい?』
「ガンロンさん? もうこっちに合流できたんですか」
いきなりレッカへと通信を繋げてきたのはガンロンだった。ブルーレンの予想通り、潜伏していた敵を倒した彼が味方他共に姿を見せたのだ。
オロンやガラクとも異なる重量機、テッカロンは黒光りする曲線の機体が、バックパックに腕部よりも巨大なビーム砲を二門、両肩の側面には連装のレーザー砲、両腕にはカートリッジ付きのプラズマバズーカとこれでもかと言うくらい、火力に偏っている。
『ははははは、我がテッカロンの光をご照覧あれ! 我が光、我が輝き、我が煌めきの前に晴らせぬ闇のあるものか!!』
ファーエデンの傭兵界隈では、そのランク以上にガンロンは有名人だった。奇人変人が珍しくない傭兵だが、光学兵器による大火力をこよなく愛する人物として、ガンロンは良くも悪くも一目置かれている。
その風聞に相応しく、テッカロンのビーム砲“ゴールドドラゴン”、連装レーザー砲“ブルードレイク”、両腕のプラズマバズーカ“ワイバーンシャウト”の三種が、一斉にその破壊力を発揮した。
黄金と青と緑と三色の光が異なる角度で伸びて行き、戦闘の光が広がる戦場を荒々しく照らし出す。
『はははははははは、テッカロンとはすなわち鉄火を論じるという意味だ。さあ、吾輩と鉄火を論じよう。ビームだが、ビームだが!』
恐ろしいことに、いや、馬鹿なのか、ガンロンはオープンチャンネルで戯言を垂れ流しにしている。
一方で機体から発射されるビームはと言えば、最初の一斉射撃以降はそれぞれ砲撃が絶えないようにローテーションを組んで発射されている。
大枚をはたいて高性能ジェネレーターを積み込んだお陰で、テッカロンの砲撃の三種二門ずつの六重奏は好調だ。
趣味嗜好を前面に押し出すガンロンだが、極端な機体構成で今日まで生きてきただけはあり、実力は確かだった。
「ちい、厄介な砲撃機だけじゃなく、艦艇まで前に出してきたか。キャプテン・ブルーレンね、鼻の利く艦長らしい」
ギゲールはガンロンの砲撃に味方の足並みが崩され、そこに付け込まれて数が減らされている状況を即座に把握し、盛大に顔をしかめる。
ガンロン以外の傭兵達も徐々に合流を始め、直掩機を引き連れたゴールドサーペントも、遠慮のない砲撃を繰り返しながらバルチャーネストを目指し、進出を開始していた。
そして、レッカはギゲールの集中力が散漫になった隙を見逃さなかった。
「この勢いで!」
ガラクの頭上を取ったライジングフォースから、銃身が焼きついても構わないとばかりに連射されたビームが、立て続けに命中してゆく。
「嫌な相手に勢いづかせちまったね、こりゃ」
ギゲールは自分が劣勢に回ったのを認める他なかった。彼の中の冷静な部分は撤退の選択肢を選んでおり、バーフウの決着とレイデンからの指示を待って早々にこの場を退くのを決めていた。
「思ったよりはやくケツをまくることになっちまったが、こりゃ鍛え直さないといかんな」
果たしてこれ以上自分に伸びしろはあるのかと、勇猛に挑んでくる若者を前にして、ギゲールは自分の年齢を苦く噛み締める他なかった。
若者の可能性に曇らされるギゲールおじさんの回でした。




