ミッション:バルチャーイーター④
三日投稿の壁をどうにも越えられませぬ。
アイリスがバーフウの存在に気付くよりも、少しばかり時間は巻き戻る。
イチヤ級軽空母。ザギオンで運用されている、商船を改造した特別航空母艦の一種である。
航空母艦を略して空母であるから、空母と呼ぶのは適切ではないが、宇宙に進出して数世紀を経た現在でも、過去の慣例に倣って機動兵器の運用に特化した母艦は、空母と呼ばれている。
さて、そのイチヤ級軽空母は、地球時代の豪華客船めいた全長四百三十メートルの商船を中心に、両舷に巨大な甲板とカタパルト、格納庫を増設したくすんだ赤色の艦だ。
このイチヤ級軽空母ウーゾがレイデン率いるザギオン特殊部隊の母艦であり、バーフウとギゲールもこの部隊の所属だったのだ。
あくまでフルゴルのデータ収集を目的とするブロッケンと比べて、よりファーエデンに対する妨害行為を目的とした部隊となる。彼ら以外にも複数のザギオン軍人が、身分や名前を偽って各種の工作に勤しんでいるのは、公然の秘密とさえ言えた。
「バーフウさん、僕が撤退の指示を出すまでは、好きに傭兵の皆さんと遊んできてください。ギゲールさんはバーフウさんのフォローをよろしくお願いしますね」
そのウーゾの軍服を着た人間が一人もいない艦橋で、レイデンは艦長席にどっかと腰を下ろし、いつものにこやかな顔でバーフウに指示を出していた。
レイデン以外のクルーは宇宙海賊らしくする為にか、やたらとビスを打ち、肩にトゲの生えたレザージャケットや、裾の破れた衣服などそれらしいコーディネートだ。
クルーの誰も自分達の格好を恥じ入っている様子はなく、この部隊のメンバーはこの宇宙海賊ごっこを楽しんでいるらしい。
『ああ、それは素晴らしい指示だ。退けと命じられるまでの間、俺は暴風となってハゲタカの巣に吹き荒れよう。風の鳴らす鈴の音を、誰も忘れられないように』
「あははは、バーフウさんは相変わらず風の詩人さんですね。僕もギリギリまで撤退のタイミングを見極めますから、全力を尽くしてください。誰一人欠けずにバルチャーネストにお別れを告げましょうね」
『ああ。では俺は行く。俺とウインドベルは行く。ギゲール、あまり遅れるなよ』
これまで部隊の長と直属の上司のやり取りを黙って聞いていたギゲールは、心底嫌そうな表情を浮かべる。バーフウの奇行は大概、諦めて受け入れるようになったギゲールだが、そんな彼にも限度はある。
『…………まあ~~~バーフウとギゲールの名前で活動するのも、そろそろ終わりでしょうから…………好きになさってもいいんじゃないでしょうか。レイデンさんのお墨付きですし』
『そうか。お前も納得しているようでなによりだ。さあ、行くぞ。例のガーデンの花人形が居る。お前が相手をした“赤い閃光”の弟子らしいのも』
『因縁ですか。この場で断っておきたいですな……』
アイリスは既に完成された戦闘能力の持ち主だが、ギゲールの戦ったレッカに対してはこれからの伸びしろを感じさせる新人だった。今回の戦いを経験すれば、更に一皮も二皮も向けて、より厄介な強敵となるのは明白。
これでもザギオン軍人としての自覚のあるギゲールは、完全にファーエデン寄りの依頼を受けているレッカは、今の内に潰したい新しい芽であった。
これまで明らかに気乗りしていなかったギゲールが本気になったのを見て取り、バーフウが口元に笑みを浮かべたのを、彼以外誰も知らなかった。
そうしてバーフウのウインドベルとそれに追従する無人のコスモダガー六機の編隊が、次々とウーゾの右甲板からリニアカタパルトによって、初速を稼いで出撃する。
ギゲールはオロンではなく、ガラクへと乗り換えていた。こちらは大型の実体盾とマシンガン、ミサイルポッドで武装したドムラカン四機が追従し、共に左甲板より超高速で撃ち出される。
更にフウジャからレイデンに指揮権を委ねられたルネスとバグラの部隊も出撃しており、この時、GSを含む三十機を超える数が揃っていた。
バーフウとコスモダガーが突出して進出しているが、アイリスとレッカにとって後方の味方部隊が合流しなければ、圧倒的に数的不利な盤面の出来上がりだ。
アイリスはレーダーに次々と増える敵機の反応にも、相変わらず感情のない瞳を向け、どうしたものかしらん、と考えて即座に答えを出したが、それを口にするよりも早くダイドウからの通信が届く。
『アイリス、まずは突出してくるウインドエッジを叩け。機体反応からして、以前、輸送船団の護衛をした時に襲って来たのと同じ機体だ。パイロットまで同じかは分からんが』
そしてダイドウもアイリスと同じ意見のようだった。唯一違うのは、ウインドベルのパイロットまで同じと断言しなかった点だけ。
「ううん。ぱいろっともおなじだよ。そうじゅうのくせがおんなじだからね。でも、きょうはさいしょからふるすろっとるってかんじ。ぜんりょくであそべるのがうれしいのかな?」
『なに? いや、お前の観察眼を信じよう。敵後方集団とこちらの味方とでは、敵の方が先にお前と接敵する。一対一で戦える時間は短い。あれは強敵だ。後先を考えず、撃破することを優先しろ。追加報酬は気にするな』
追加報酬よりもアイリスの生存を暗に優先するダイドウの指示に、アイリスは抗弁しようとして口を噤んだ。それが所有者の命令である以上は、アイリスは従う他ない。それが自分をGSを動かす為のパーツと認識する彼女の定めなのだから。
「りょうかい。いらいをすいこうします」
『クリフォード、アイリスでウインドエッジを抑える。アイリス曰く輸送船団の護衛の時に戦った連中だ。ガスバーク一家の一味だったらしいが、そちらにとっても因縁のある相手になるな』
『あの時の相手か。またコスモダガーとドムラカンを引き連れてやがる。状況は違うが、面倒なのが出てきたのは確かか。ブルーレンに早く味方を寄こすよう、伝えときます』
ダイドウの言葉にクリフォードは端正な顔立ちを歪めながら、手早くゴールドサーペントへの通信回線を繋げる。
更にその傍ら、マネージメントしている弟子と頼もしい僚機に指示を飛ばす。歴戦のエースである彼の行動に、迷いは見られなかった。
『レッカ、休憩は十秒で切り上げろ。お前はあの時のオロンに気を配れ。あれは戦い慣れた奴の動きをしていた。目を離すと嫌な時に、嫌な動きをしてくるぞ。ゲーナ、アイリスとレッカが相手を撃破するまで、敵部隊の攪乱を頼めるか』
『は、はい。分かりました。あの時のしぶといオロンか。機体は変わっているかもしれないけど、厄介な人が出てくるな』
『あいよ、そろそろデリバリーを届けるタイミングだって思っていたからね。まずは急いでやってきた連中に、プレゼントしてやろうじゃないさ』
レッカがウインドベルに続く敵機の群れに意識を向ける中、旋回を終えたカシャが勢いを増してイーリスの傍らをすり抜けて、狙いを後方敵部隊へと定める。
ゲーナはウインドベルをアイリスに任せると決め、ウインドベルは完全に無視した。ウインドベルもまたカシャにビームの一発も撃たず、イーリスを目掛けて無軌道な動きで近づいている。
『ずいぶんとアイリスに夢中な奴だね。アタシも他人をとやかく言えないけど、ね!』
ウインドベルとカシャが数百メートルの距離を経てすれ違い、どちらも背後を振り返りもしなかった。
ゲーナはクリフォードからの要請があってのことだからまだしも、ウインドベルのバーフウは完全な私情だから、ひどいものだ。一応、レイデンからの許可という免罪符はあるが、いやはや。
『本当に無視していきやがったよ、あいつ。一応、警戒しといたんだけど、無駄に終わったか。ま、世の中、そんな奴も居るか。やるよぅ、カシャ!』
ウインドベルに追従する無人戦闘機部隊へと向けて、カシャの胴体上部に収納されていた連装ビーム砲塔が起動し、更に胴体下部に折り畳まれていたサブアームが展開されて、先端に取り付けられたガトリングレールガンが眠りから目を醒ます。
収容していたGSを出撃させた以上、カシャのユニークな個性は失われた。残っているのは大推力、大出力、大火力を活かす、ありきたりなAFの戦い方だ。ミサイル百発とGS二機の重量が無くなった分、カシャの機体はより軽く、より素早く宇宙を駆ける。
『速度を出すと照準の精度が落ちるのが、この子の改善点その一だね』
加速したカシャの機体から次々と青白いビームと超高速のガトリングレールガンの専用弾がばら撒かれる。火器管制装置が敵機を捕捉するのに合わせ、ゲーナが優先ジュにを定めてトリガーを引くが、漏らした愚痴の通りロックオンの精度はあまりよろしくない。
派手な弾幕の割にあまり成果は出ておらず、ゲーナはこりゃ駄目だ、と一気に敵機の間を駆け抜けて、攪乱に思考を切り替える。カシャはそのままバーフウ達に遅れているルネスとバグラの部隊へと襲い掛かっていった。
『もう一当てしたら戻って来るよ、直にガンロンとベックが戻ってくる。それまで堪えるんだよ!』
だがゲーナの言葉は遅きに失した。既にウインドベルとイーリスの間では、緩急、遅速の入り混じる変幻自在の高機動戦が繰り広げられていたからだ。
ウインドベルは前回の戦闘時と武装に変化はない。変わったのはバーフウの意識に他ならない。感情のままに楽しく機体を振り回し、しかし、明確にイーリスに狙いを定めて暴風の勢いでビームガン“ファイアフライ”を撃ち続けている。
『海月か、柳か、木の葉か、蝶か。相変わらずのらりくらり、ゆらりふわりと軽やかに避ける。風とは違う捉えどころのなさ。案山子でよくもやる』
バーフウの口から出るのは、少なくとも彼にとっては紛れもない賞賛ばかり。いかに人体を模しているとはいえ、硬質の金属で構成されるGSが実際の人間さながらに柔らかに動き、身のこなしでいくつかの攻撃を回避している。
機体の推進器のみではなく、五体の動きで回避機動を成立させるなど、ベテランパイロットでも簡単に出来る事ではない。
「きょうのしゅんかんふーそくは、まっはごえだね」
避け切れないファイアフライがエネルギースキンを掠め、その度にイーリスの機体ステータスが悪化を告げてくる。射撃の精度、密度の明らかな向上。バーフウは精神状態で露骨に戦闘能力の変わるタイプだったようだ。
「でも、うん、つよいあいてならほーしゅーがいっぱい。だいどうのために、わたし、あなたをおとすよ」
それはひょっとしたら、闘志と呼ぶべきものであったかもしれない。アイリスが氷漬けの運命から解放されて初めて、感情らしいものを血のように赤い瞳に宿した瞬間だった。
バーフウとアイリスは共にテンション↑↑になっています。ギゲールの見立てでは完成されているアイリスですが、はたして彼女のポテンシャルは天井に達しているのでしょうか?




