ブリーフィング:新旧の出会い
今度こそ三日間の投稿です。
ローザからの忌まわしいものを見る視線を、アイリスはしっかりと認識していた。ローザは一瞬で視線を外したが、アイリスのような強化人間に嫌な思い出でもあるのか、それとも人身売買という行為に嫌悪感があるのか。
まだ言葉も交わしていないのだから、アイリス個人にさしたる隔意はないはずだ。そうなるとアイリスの境遇や立ち位置が気に入らないのだろう。アイリスにもそれくらいの想像力を果たらせることは出来た。
そして、かんがえてもしかたないね、とアイリスはローザの視線の理由を考えるのをやめた。
今は同じ依頼を受ける相手だ。今日明日で敵対するようなことにはならないだろう。必要あればダイドウが調べると、アイリスは知っていた。
ガーデンの悪名と短期間でランクを上げたアイリスに対して、好意的ではない態度の傭兵が多い中で、はっきりと好意を示す貴重な例外が居た。
「ダイドウさん、それにアイリスも。お久しぶりです。ガーデンも今回の作戦に参加するんですね。実力を考えれば、声を掛けられていて当たり前ですけど」
アイリスより少しだけ先輩の少年傭兵レッカ・ヒボシだ。レッカの師匠兼マネージャーのクリフォードの姿もあり、二人はダイドウ達の近くの椅子に腰かけていた。
レッカはベテランの傭兵達に囲まれて心細かったのか、顔見知りとの再会に喜び以上に安堵の色を浮かべていた。ルナアークで分かれて以降、レッカもアイリスほどではないにせよ、それなりに依頼をこなしただろうに、胆力はそれほど磨かれなかったらしい。
「ひさしぶり。れっかも、くりふぉーども、げんきそうだね」
「お前達の活躍は耳にしている。幸い、依頼でぶつかることはなかったが、どうやら戦いの才能があったようだな。マネージャー業も、少しは板についてきたようだ」
ダイドウは自分と似たような立場のクリフォードに、視線を向けていた。慣れないマネージャー業をしている元エースに、かつての自分を重ねているのだろうか。クリフォードは照れ隠しをするように鼻の先を右の人差し指で掻いていた。
「歴戦の指揮官にそう言ってもらえれば、少しは自信もつくってもんだ。レッカが頑張ったのは事実なんで、もっと褒めてやってください。アイリスのお嬢ちゃんがあんまり活躍するもんだから、レッカも対抗心を燃やしましてね」
「ほほう。れっかは、わたしのらいばるわくきぼう?」
「いや、僕なんかがアイリスのライバルをするのは、釣り合わないよ。でも僕と年の変わらない君があそこまで活躍しているんだから、負けてもいられないよ。それくらいは、僕だって思う」
「ふーん。でもがんばるのも、むりをしないていどにね。いのちはだいじ」
「うん。分かるよ。あれからいくつか依頼をして、命がすごく簡単になくなるものだって、改めて実感した。だからこそ、無くなったらそれっきりだから、命の大切さを改めて理解した」
うっすらと暗い影を帯びた顔つきになるレッカを、アイリスはじっと見ていた。アイリスは一度も感じなかったものを、目の前の少年は嫌と言うほど味わい、それをなんとか飲み込んでこの場に立っている。
成長という意味では、アイリスよりもよほど、レッカの方が進んでいる。技量だけではなく、精神面においてはまず間違いなく。
「あまり傭兵向けの感傷ではないな。割り切ることを教えていないのか?」
これはダイドウだ。命のやり取りが日常化する傭兵稼業に於いて、レッカの感性は致命的な隙を生みかねないものだ。人間は慣れる生き物だが、慣れるまで命があるかどうかわからないのが、傭兵稼業だ。
指摘を受けたクリフォードは誤魔化すことをせずに、険しい顔つきで腕を組んだ。自分の非を嫌と言うほど理解している顔だった。
「口では何度も言っちゃいるんですがね。こいつも筋金入りで、なかなか割り切ってはくれないんですよ。俺の指導力不足なのは、まったくもってその通りなんで、返す言葉もありません」
「別に構わん。俺はお前達の親兄弟でも保護者でもない。これ以上、口出しする義理も権利もない。今の言葉も、余計なお世話だった」
「言わずにはいられなかったんでしょう。ご厚意は忘れずに憶えておきます」
「好きにしろ」
お互いの近況報告を終えたころ、近くで四人の話がひと段落するのを黙って聞いていた一人の傭兵が立ち上がり、親しげに話しかけてきた。
エキゾチックな雰囲気を纏う、カーゴパンツにタンクトップのシャツ、それにオーバーサイズのジャケット姿の女傭兵だ。クロズ・ウェポン・システムズの工場で、警備隊長を務めていたゲーナ・ムーナである。
「なんだい、アイリスの知り合いだったのかい? そっちの兄さんはやり手って雰囲気だったけど、現場はこっちの少年だったのか。あたしはゲーナ・ムーナ。アイリスとダイドウさんには、ちょっと前に仕事で助けてもらった縁があるんだ」
「あなたもアイリスと縁が? レッカ・ヒボシです。前にコロニーの輸送船団を護衛する仕事で、アイリスとダイドウさんと一緒になりました」
「マネージャーのクリフォード・レッドスカイだ。マネージャーとしてはまだ新人なもんで、ダイドウさんには色々とアドバイスをもらっている」
レッカもゲーナも同業者とのパイの奪い合いを意識してはいないようだ。お互い、まだ傭兵としては駆け出しで、依頼を達成するだけで精いっぱいという事情もあるだろう。
とはいえ傭兵としては新人でも、警備隊長を務めただけに実戦経験は、ゲーナの方がレッカよりもはるかに上回る。クリフォードとしてはゲーナをレッカと同列に扱うわけにゃいかんな、と内心で零していた。
「お互いダイドウさん達に縁のある者同士、同じ依頼を受けたのもなにかの縁だ。お互い助け合っていこうじゃない」
言葉に裏など無いゲーナの言葉を、レッカは素直に信じたようだった。彼に人の真意を見抜く洞察力があるのか、それとも単純に素直なのかは……後者の可能性の方が高そうだ。
「それは、もちろん。正直、これだけ大規模な戦闘に参加するのは初めてですから、知り合いが居るだけでも安心できます」
「はは、ま、あたしも似たようなもんさ。軍隊同士の衝突ってわけでもないのに、大きな戦いになったもんさ。あたしの古巣にもさんざん迷惑をかけてくれた相手だから、ガスバーク一家をボコボコに叩き潰すのには、喜んで参加するけどね」
どうやらゲーナにはクロズ・ウェポン・システムズ時代から、ガスバーク一家に因縁があったらしく、にこやかに告げるその瞳の奥底には怒りの炎が揺らめいていた。
とはいえ戦闘の場でその怒りで操縦を誤らせるようなミスはしないだろう。ダイドウはいつもと変わらない静かな声で尋ねた。
「アイリスとレッカがこの場に呼ばれるのは妥当だが、お前はまだ傭兵になり立てだろう。よく話が来たな」
「そこはダイドウさんのアドバイスに従った結果だよ。古巣との縁を大事にしたお陰かね。一応、フリーの傭兵ではあるんだけど、クロズを優先する契約を結んで諸々と支援を受けているってわけ。お陰で商売道具には困らないけど、指定の武器やパーツを使うように言われるのが難点ね」
「そうか。いつか企業の方がお前に依存するくらいに活躍することだな」
「ええ。それくらいの意気込みでやっていますよ。残りの人生をチップにして賭けに出たんですから、リターンはとびっきり大きくなるようにしないと」
ダイドウはゲーナの返答に満足したようで、それ以上、アドバイスめいた言葉を口にすることはなかった。これ以上の深入りは余計だと、ようやく自戒したらしい。アイリス以外に対しても、どうにも甘いところのある男だ。
アイリスはダイドウのアドバイスに比べれば、実にシンプルなエールを送った。送っただけ、マシだったかもしれない。
「いのちをだいじにがんばって」
なにしろ、死んでしまったら取り返しがつかないのだ。生きてさえいれば機械式のサイボーグにも、有機パーツを使ったバイオボーグにも、あるいはアイリスのような強化人間として、肉体を作り替えてでも生き残る道はある。
「ふふ、もちろんさ。アイリスもね」
当たり前と言えば当たり前なアイリスの言葉に、ゲーナは本当に嬉しそうに笑う。前回の依頼で共闘した時に、アイリスの技量に感服したのは偽りではなかったらしい。アイリスのファンと言っても過言ではないだろう。
思わぬところでの再会に五人の空気が緩んだ時、左列の真ん中あたりに座っている禿頭の男が、下卑た笑みを浮かべながら皮肉を口にした。
「強化人間を使い捨てにする傭兵にお守り付きのペーペー、企業のコネ付き初心者かよ。ファーエデン軍も、見る目が曇ったか?」
「ああ?」
悪意の詰まった言葉に過敏に真っ先に反応したのは、ゲーナだった。これまでの経験からして、この手の相手に下手に出ると調子に乗らせると知っていたからだ。
レッカは不愉快そうに表情をしかめたが、クリフォードがそれを制止した。
「よせ。お前さんじゃ口では勝てん。口の勝負はゲーナに任せておけ。それにああいうのは、現場で実力を見せて黙らせるのが一番だ」
「でも、クリフォードさん。僕はともかくアイリスの実力は本物ですよ」
「そこは自分が馬鹿にされたことも怒っておけよ。そりゃ、アイリスの技量は軍のエースと比較しても遜色ないがよ」
レッカ達三人がそれぞれに反応を見せる中、アイリスはというと、じっとその赤い瞳で嫌味を口にした傭兵を見ている。
ミリタリーパンツにレザージャケットを着崩した、三十代前半ごろの男だ。髪の毛と眉は綺麗に剃り上げているようで、アイリス達を見る黄色い瞳には値踏みするような感情がちらついている。
「はいえなのべっく。でぃーらんくのようへい。いっしょにきょうどういらいをうけたあいてをだしぬいて、おいしいところをもってゆくすたいるで、ちょっときらわれもの」
ハイエナのベック。それが男の名前のようで、アイリスが記憶する程度には実績のある傭兵だったようだ。この場に呼ばれている以上、当然ではあるのだが、レッカとゲーナは自分達よりもランクが上と聞いて、少し驚いた様子だ。
「組合の定めたルール違反スレスレを上手く突く傭兵だな。だが、傭兵になって十年以上生き延びていること自体が、一定の実力の証明だ。組合から制裁を加えられるラインの見極めが上手い。真似をする必要はないが、ああいう戦い方もあると参考にはなる」
アイリスばかりかダイドウまで、ベックについて評価する言葉を口にするものだから、ゲーナは言わずにはいられなかった。
「なんで褒めてんの?」
「客観的な評価だ。依頼の成否にかかわらず、今日まで生き延びているしぶとさは、認めざるを得まい」
「いやまあ、それはそうだけど……見なよ、あっちも思わず評価されちゃったから、二の句が継げずにいるよ。なんだか可哀そうになっちゃったよ」
ゲーナの指摘通り、ベックは思わぬ展開になんとも言えない表情を浮かべて、言葉に困っているようだった。あるいはここまで見越して、アイリスとダイドウは彼を評価したのだろうか。
なんかんだ十万文字を越えていました。話の進みが遅いかな?




