ブリーフィング:傭兵達
書けたので投稿しました。四日連続投稿です。
その日、アイリスはルナアーク支社にあるシミュレーターポッドに閉じこもり、ダイドウから指定された機体の習熟に勤しんでいた。
普段、愛用しているイーリスことスケアクロウや、ルナアーク支社に保管されている旧型機ではない。ダイドウの伝手で手に入れたさる機体のデータを、試すように言われたのである。
標準をやや上回る二十メートルほどの機体で、鍛え抜かれた人体を思わせるシルエットだ。人間的な印象を強めるグリーンのツインアイ、胸や肩、両脚は青く、手と腹部、頭部は白というカラーリングだ。
左右の側頭部には、近接戦やミサイルなどの誘導兵器の迎撃の為の細長い銃身のレーザー機銃が装備されている。外見だけを見ればファーエデン系の印象が強いが、はっきりとした証拠はない。
開発元が企業か、それとも国家なのかすらダイドウは伏せていたが、その新型機の性能はスケアクロウは勿論、ファーエデンとザギオンの現役世代の機体をはるかに凌駕するものだった。
ほんの少し操縦を誤るだけで、はるか彼方にまでぶっ飛んでいってしまいそうな、流星を思わせる圧倒的な速度とパワー。
それでいて、脆い砂糖菓子か繊細な硝子細工のような扱いを要求する過敏な反応性。
大出力のエネルギー兵器を余裕で連射可能かつ、それを可能とする優れた冷却性能を兼ね備えたジェネレーター。
また大出力の恩恵は攻撃面だけでなく、エネルギースキンの出力もスケアクロウの比ではなく、倍近い耐久性能を誇る。
関節の可動域の広さに柔軟性、大出力に耐えるフレームの堅牢さ、装甲素材も新開発された素材が用いられ、量産などしたら軍の予算を食い潰すようなハイコスト、使いこなすどころか使えるパイロットすら滅多にいないようなオーバースペックの機体だ。
ダイドウ自身はこのデータ上の機体が完成したなら、ダリアとライラックを襲ったあのザギオンの赤い新型機にも引けを取らないと確信している。
「このこはちからをもてあましているかんじだね」
これはシミュレーターポッドを出た後、ヘルメットをクレールに預け、チューブドリンクを受け取ったアイリスの台詞である。
「じゃじゃ馬とか、暴れん坊じゃなくって?」
アイリスよりも前にテストを担当したパイロット達のレポートに目を通したクレールからすると、どことなく機体に寄り添うようなアイリスの意見は意外だった。
「うん。おーえすとか、せいぎょけいのつめがあまいから、もってるちからをはっきできていないかんじ。もったいないね」
「流石はアイリスさん。他の人とは感性が違いますね。それに五時間もシミュレーター漬けだったのに、少しも汗を掻いていないのは凄いですよ」
「えっへん。まあ、しみゅれーたーだから、そんなにえらぶれないけど」
謙遜するアイリスだが、実際のところはクレールの賞賛こそ正しい。
慣性制御やパイロットスーツを着込んでも、パイロットに大きな負荷を与えるのが、先ほどまで乗り込んでいた機体だった。
アイリス以外のテストパイロット達は、アイリスよりもはるかに早く根を上げて、ろくすっぽ役に立つデータを取ることが出来なかったのだ。
アイリスは知らない話だが、開発元では大真面目に超高性能AIに操縦を委ねるプランが検討されているほど、パイロットの選出に頭を悩ませている。
アイリスからすればAIと自分に大した違いはないと思っているから、ダイドウの利益にさえなるのなら、どちらでも構わないと言って、ダイドウやクレールの表情を曇らせるだろう。
幸い、アイリスがAI運用のプランを耳にすることはなかったから、余計な言葉でこの場に居る面々を曇らせる事はなかった。
別室でアイリスのシミュレーションを見守っていたダイドウが、こちらに歩いてきているのに気付いて、アイリスがそちらを向く。飼い主の接近に気付いた犬かなにかを思わせる仕草だった。
「アイリス、これまで得られなかった多くのデータを収集できた。お前は立派に仕事をしてくれた」
「そう? だいどうのやくにたったならよかった」
「お前に頼んだテストは組合を通してではなく、俺の知り合いから受けたものだ。報酬については、直接、お前の口座に振り込んでおく。また買い物に行く時か、手の空いている時にでも確認しておけ」
アイリスはダイドウから支給された口座の金額を思い出し、拗ねるように口を尖らせて、言葉は首のチョーカーが代弁した。
「ふえるばっかりでぜんぜんへらないよー」
「気になるGSのパーツや武器があれば、買っても構わんぞ。それくらいは溜まっているだろう?」
ダイドウやクレールは、アイリスがキットに興味を見せる以前から、よくGS関連のカタログに目を通すアイリスの姿を目撃していたから、いつ買ってもおかしくないと思っている。
むしろ、まだ一度も購入していないのを意外に感じている。
「うん。でもなあ、そうこにいろんなのがあるから、かわなくてもたりちゃうし。うーん」
どうやらA.M.S.の品ぞろえが豊富だったのと、ダイドウに対する遠慮によって踏ん切りがついていなかったらしい。
「ふ、まあ、金の使い道で悩むのはある意味では健全な話だ。十分に悩むことだ」
「なやむのはわたしのやくわりじゃないよ」
「そうか。だが必要の無い機能もあえて使ってみる事で、意外な場面で閃きが生まれたり、役に立ったりするものだ。常に最善ばかりを選ぶと、無駄の生むイレギュラーを知ることが出来ない」
「ごーりてきだけでやってると、いがいせいにまけるときもあるってこと?」
「たまにな。そしてお前はその“たまに”があると、命を落としかねない場所で戦っている。無駄を知るのも危機に対する備えというものだ」
ダイドウの言葉にアイリスは頷き返した。心底から納得したのか、それともダイドウの言う事だからと、無理やり飲み込んだのか、その無表情から読み取るのは至難の業だった。
アイリスの心境を追求するつもりのないダイドウは、それ以上、この話題を続けることはせずに、次の依頼について口にする。
「シミュレーターはもう十分だ。今日はもう休め。それから次の依頼について、依頼主から説明を受けに行く」
「しふくのときはおわりだね」
「……まあ、それほど間違ってはいないが、敗残の身ではない以上、決して正解でもないぞ」
「はーい」
なんとものんびりとしたアイリスの答えに、クレールばかりが小さな笑みを零していた。
それからアイリスがダイドウに連れられて、ルナアークの外に出たのは、翌日の事である。
お出かけようの装いではなく、A.M.S.のジャケット姿のアイリスは、ダイドウに連れられて、ダテマにあるファーエデン軍の基地の一つへ足を運んだ。
ダテマに駐留している方面軍の本拠地である、ハスネ要塞である。ダテマでも最大のクレーターと付近のクレバスを利用して建設された要塞には、常時、数百のGSと複数の艦艇がひしめく重要拠点だ。
そこへダイドウとアイリスを含む複数の傭兵達が呼び集められて、無数の監視カメラと警備兵、ガードメカに見られながら、指定された一室へと通される。
それなりの広さの部屋の中には、既に先客がいた。正規の軍人らしい姿の人間は一人もいない。ファーエデン軍が信用できるとして呼び集めた腕利きの傭兵達である。
ほぼ全員が最後にやってきたダイドウとアイリスに視線を向け、車椅子に腰かけた痩せっぽちの少女に気付くと、忌々し気に表情を歪めるか、痛まし気に視線を逸らすものがほとんどだ。
こちらを見る傭兵達について、ダイドウが記憶しておくべき相手を選び、アイリスに説明を始めた。
この場に呼ばれている以上、一定の実績と知名度がある証拠だ。何かにつけて慎重で警戒を忘れないダイドウのことだから、同業者についても手抜かりなく調べているのは想像に難くない。
「真ん中に座っている二人組、あれは艦隊持ちの傭兵団“ポラリス・フリート”だ。団長のキャプテン・ブルーレン。それに副長のサブリン。呼ばれた傭兵の中では、一番、数を用意できる集団だ。練度も悪くない」
会議室の四列ある座席の内、真ん中に堂々と腰かけている二人組の内、装飾も派手な赤いコートを肩から羽織った紫のスーツ姿の大柄な女性。それがキャプテン・ブルーレン。艶やかな黒髪の下の四十代ごろの美貌は、不敵な笑みと共にアイリスとダイドウを見ていた。
ブルーレンの左に腰かけた副長のサブリンは、波打つ赤髪を短く切り揃えた三十代前後の青年だった。皺ひとつないグリーンのスーツと引き締められた表情は、骨格に生真面目、厳格と刻まれていそうだ。
「左の最後部の席に座っているのが、火力重視のテッカロンのパイロット、ガンロン。お前と同じDランクの傭兵だ。破壊活動や殲滅戦を得意としている」
袖をめくった黒いレザージャケット姿の男を、ダイドウが視線で示した。ジーンズやジャケットをギチギチに盛り上げる肉体は、岩のような筋肉の塊だ。
岩でも噛み砕けそうな太い顎、秀でた額に鷲鼻の組み合わせはいささか近寄りがたい雰囲気を醸している。ガンロンはアイリスを一瞥して、それきりだ。あまり興味はないらしい。
「それに右前列に座っている、灰色の髪の女がエビナス近隣では、指折りの実力を持つ傭兵、白い手のローザ。射撃戦の名手で、これまで一度も接近戦を許さずに、依頼をこなしてきたという話だ。話半分にしても、大した腕なのは間違いない」
なるほどー、とちっともなるほどと思っていなそうな声で、アイリスは色褪せた灰色の女傭兵の背中を見つめた。一度だけアイリスを振り返り、忌まわし気な表情を浮かべた相手だった。
今回紹介したのはダイドウ的に注目に値する面々でした。彼ら以外にも傭兵はいますが、省略されています。




