インターミッション:カイラ・シラベ
クロズ・ウェポン・システムズの依頼を成功させた後、アイリスはダイドウに休養を命じられていた。立て続けの依頼も一旦休止となり、これまでの戦闘データの洗い直しと蓄積した疲労の快復を命じられて、アイリスは大人しくしていた。
ムーン・トイで購入した百分の一サイズのスケアクロウのキットを皮切りに、ファーガンやオロン、アリエンなど遭遇した機体のキットも増えており、ルナアーク支社に用意されたアイリスの部屋は少しずつ、個性が出始めていた。
「だいどうはいまごろなにをしているのかなぁ?」
パチン、と専用のニッパーでキットのパーツを切り離したアイリスが、ふと、自分の所有者が今頃どうしているのかと、父親の行動を尋ねる娘のように口にした。
テーブルを挟んで同じようにキットを組み立て中のクレールが、独り言だと分かった上で答えた。アイリスの情緒の変化は、ウルメのクルーにとって一大事なのである。
「なんでも昔のお知り合いと話があるそうですよ。社長の知り合いですから、やはりファーエデン正規軍の方でしょう。そうなると話の内容もだいたいは想像がつきますね」
アイリスの手元にあるのは、ファーガンの正規軍カラー仕様。クレールの手元にあるのはバトルポッドのドムラカン、ハードエッグ。
クレールは以前から愛好家だったようで、実に手際よく組み立て作業を進めている。キットの作成技術において、クレールはアイリスの素晴らしいコーチだった。
「きゅうようあけのいらいだね。どんなのがくるかな? わたしもけっこーがんばったから、すこしはゆーめーなようへいになったよね」
「それはもちろん! 元々のガーデンの知名度がありましたけど、それを踏まえてもアイリスさんは依頼達成率百パーセント! 最近では難易度の高い依頼をこなした上での百パーセントですから、組合での評価もどんどん高くなっていますよ」
地球人類の生存圏が広がるにつれ、争いの火種も増え、そうなると当然、傭兵や民間軍事会社の類もその数を大いに増やしていった。
一定の武力を持った存在を野放図にしていては、宇宙の秩序を維持することは難しいとして、地球を主体とする汎人類共栄連邦は、傭兵や民間軍事会社を管理する巨大組織を作り上げた。
それが組合やギルドなどと呼ばれる、軍事力提供業組合──通称MSCという組織だ。
傭兵業の斡旋や武器弾薬、部品の売買に仲介、機体の管理や修理に留まらず、医療に育児、介護、食事に娯楽までサービスしている。
これは発足時、政府が主導して傭兵や民間軍事会社を手厚くサポートすることで、MSCなくしては仕事が成立しないように依存させる目的があったと、専らの噂だ。
MSCでは客観的に登録している傭兵や会社の能力を分かりやすくする為、独自のランキングを設定しており、特に名指しでの依頼でない限りはランキングに応じた依頼を仲介してくる。
「ガーデン自体は上位のCランク。大企業や政府から依頼を任されることもあるくらいです。アイリスさん個人は、ついこの間、Dランク入りですね。もう一流の仲間入りです」
「でぃーらんくってきくと、そんなにたいしたことなさそーなのにね」
「一番下のFランクとその上のEランクが、傭兵のほとんどを占めているくらいですから、アイリスさんのDランクは立派な実力です。そこは自信を持ってください。社長の認めたアイリスさんなんですから」
パイロットを務める傭兵だけでも、地球人類の生存圏内に何万、何十万、あるいはもっと居るかもしれないほどだ。その中でDランクの傭兵は、充分に実力者と言える。
それもこれもルナアークに着いてから、積み上げた実績と証明した実力の正当な評価があってからこそだ。
「うん。だいどうは、ふぁーえでんをまけさせたくないんだよね。なら、びーらんくくらい、すぐにならないとね」
星間国家の戦争の趨勢を握るような傭兵や民間軍事会社は、人類全体を見てもごく少数だ。ごく少数でも存在している時点で、おかしな話ではあるのだが、まだガーデンとアイリスはそこまでのイレギュラー、あるいは特異点と呼べるほどの実力を見せられていない。
そう意味ではアイリスにとって、自身のランキングはダイドウの目的へ近づく明確な指針として、役に立つものだった。
*
アイリスが命令通りに休養を取っている頃、ダイドウの姿はルナアーク市街にある、ホテルの一室にあった。A.M.S.が出資しているホテルで、フロアを丸ごと独占して武装要塞化してある。
天井に床、壁にいたるまで機関銃や小型ミサイルランチャー、レーザーガン、電磁パルス銃などを仕込み、非公表の脱出ルートに自爆機能と、やりすぎなくらいにギミックを仕込んである。
実用性を追求し、客人を迎えるのには適していない部屋で、いつものグレーのスーツ姿のダイドウが、グリーンのジャケットを羽織った同世代の男と向き合っていた。
テーブルの上にウイスキーの瓶とグラスが二つ。
スペースコロニーで育った木を使った樽で熟成された、全ての素材をスペースコロニーで一から育てたウイスキーだ。琥珀色の液体を、ダイドウは常温の水と一対一で割り、相手は常温のストレート。
また数種のチーズとナッツやドライフルーツの皿も置かれていて、少しばかり量が減っている。
ダイドウと向かい合わせに座っているのは、色褪せたブルネットの髪を短く刈り込み、ダイドウよりも一回り大きな体格の持ち主だ。
眼鏡のレンズ越しのアイスブルーの瞳には、顔なじみ相手の気安さと誰が相手でも消えない警戒心と洞察の光とが、ブレンドされている。それはダイドウも同じ話だ。
「お前のところの新人の評判は、こちらでも確認している。また見どころのある新人を見つけて来たじゃないか、ええ、ダイドウ? 流石の審美眼だよ」
少し皮肉っぽくも聞こえる相手の賞賛に、ダイドウはいつもの鉄仮面のままグラスを傾けた。安い酒だが材料の全てと製造、販売をダテマで完結させているこのウイスキーは、一種のシンボルめいた代物だった。
これが飲めなくなったら、ダテマは終わり──ザギオンに占領された時だ、と笑えないジョークがあるほどだ。
「元々の素質だろう。俺がこれまで見てきた中でも、群を抜いている。俺が使い方を間違えなければ、最後まで戦い抜ける」
もしアイリスが依頼を失敗するようなことがあったなら、それは適切な依頼を選べなかった自分の落ち度だと、ダイドウは暗に口にしている。本人にその自覚があるかは分からないが、アイリスが良い所有者に巡り合えたと感じる一因には違いない。
「いくら慎重に慎重を期しても、こればかりは相手の居る事だからな。ましてや、戦争ではな」
「百も承知だ。俺の目的を果たすまで地獄の底まで付き合ってもらう。俺とアイリスの話はこれ以上必要ない。それよりも、わざわざ俺に持ってきた話はなんだ? カイラ・シラベ中佐」
カイラ・シラベ。ダイドウがファーエデン連邦軍に在籍していた頃の同期で、今はエビナス方面軍司令部付きの中佐だ。ダイドウが軍を退き、自由な動きを取れる傭兵の立場を選んだ時に、ひと悶着を起こした相手でもある。
ダイドウからすれば腐れ縁、カイラからすれば不良になった悪友とお互いを評価する間柄だ。ダイドウが軍を去ってから、今日に至るまで付き合いが続いている以上、そう悪い関係でないのは間違いない。
「耳の早いそちらの業界では、もう噂になっているかもしれないが、近々、ダテマの艦隊の一部を割いて、武装勢力をいくつか叩き潰して片づける。戦力を抜きすぎてザギオンにそこを突かれちゃ、笑い話にもならんから、信頼できる傭兵と企業に声をかける」
傭兵稼業で噂になっているのは間違いない。付け加えるなら、ザギオンもファーエデンの動きを掴み、使いづらくなった手駒の処分に利用しようとしている。
「そこで俺の呼び出しか。こちらと相手の戦力はどの程度になる? それと報酬は? ファーエデンの為でも、タダ働きはせんぞ」
「分かっているよ。お前が元身内だからって、報酬を渋るような真似はしないさ。ガーデンに参加を要請するのは、ガスバーク一家の掃討作戦だ。本拠地を叩き潰す。いい加減、武装勢力風情が戦争に乗じてあくどく稼ぐのを、放置しておくのも我慢の限界って奴なのさ」
ガスバーク一家。民間船舶や中継ステーションへの略奪行為に留まらず、ダテマの都市やファーエデン軍の輸送船団すらターゲットにしている。
一家のボスであるフウジャ・ガスバークの統率力と辣腕により、強固に統率された一家には傭兵や軍人崩れも所属し、数十機のGSに加えて侮れない練度を併せ持つ厄介な存在だ。
ラウス達の会話の中で名前を挙げられた勢力の一つであり、ダイドウも紛れもなく強敵だと認める相手である。
「ガスバーク一家だけじゃない。他にもいくつか目障りな連中も、ほぼ同時に叩く。軍もかなりの人数を動員するが、その分、短時間で厄介ごとを綺麗さっぱり失くす予定で動く。相手の規模が規模だ。長期戦の備えもしておいてくれ。事前に申請してくれれば、こっちで補給の用意もしておく。詳細はこれに入れてある」
カイラが胸の内ポケットから小さなデータチップを取り出し、机の上に置いた。ダイドウの用意したセーフハウス内ではあるが、あまり詳細を口にして良い作戦ではない。それゆえの配慮だ。
「分かった。ザギオンの紐付き疑惑のある連中か。ザギオン経由でどこから、なにを仕入れているか……。出来る限りの準備をしておく」
「そうしてくれ。言っちゃ悪いが、正規軍の数をなるべく減らしたくない。傭兵頼みになるのは情けない話だと分かってはいるんだがな」
「気にするな。俺達にとっては飯の種だ」
「そう言ってくれると助かる。それとお前の復隊はいつだって歓迎するぞ」
「例えこの戦争が終わっても、軍に戻るつもりはない」
カイラがダイドウに復隊を促し、ダイドウがそれを拒絶する。二人の間でお決まりのやり取りだった。これが続く間は、お互いに異常はないと確認する為の儀式なのだった。
ダイドウ、旧友と出会う事。時々、ああして重要な依頼を任されるときには直接、対面している設定です。ダイドウは戦後、自分がまともな人生を送れるとは思っていません。ひどいことをいっぱいしているから、しかたないね、とアイリスも言うでしょう。そして地獄の底までお供するでしょう。
追記
ガーデンをBからC、アイリスをCからDランクへ変更しました。




