ミッションアフター:ゲーナ・ムーナ
とりあえず三話分、まとまったので一日一話で投稿します。
クロズ・ウェポン・システムズの工場防衛を成功させた後、ウンブラとラウスがそそくさと撤退したように、アイリスもまた依頼の完遂を確認すれば、それ以上用はないと作戦領域外で待機していたウルメに帰艦していた。
被弾らしい被弾もなく、ザンテツを用いて思う存分敵を斬り捨てたアイリスは、ハンガーベッドに半身たるイーリスを固定した後、ヘルメットを脱ぎ、コックピットに備え付けのチューブドリンクに口を付けていた。
戦闘後にパイロットに必要となる栄養素を徹底的に調査し、開発された飲料メーカー渾身の品である。味も匂いも分からないアイリスにはとんと理解できないが、味も悪くないらしい。
その所為で摂取の必要性が薄い状態でも、飲んでしまうパイロットが続出し、本当に必要な時に飲みきっていたと、笑えない話がそれなりにある。
『アイリス、今、大丈夫か?』
締め切ったコックピットに、立体映像のダイドウの顔が映し出された。
アイリスは所有者の姿に、チューブドリンクから小さな口を離して、すぐに応じる。ダイドウの声に硬い調子がないから、戦いではないと分かる。
万が一、奇襲を受けた場合に備えて、もうしばらくコックピットで待機しているつもりだが、今のところは杞憂で終わっている。
「だいじょうぶだよ。のどもしっとりうるおったもの」
『そうか、水分補給は大事だ。怠らないようにな』
「うん」
『さて、帰投してすぐに悪いな。向こうの警備隊長がお前に一言、礼を言いたいというのでな。お前が良ければ通信を繋げるが、どうする? お前はこれまで依頼主やその関係者と顔を合わせてこなかったろう』
アイリスが依頼主や仲介人と顔を合わせてこなかったのは、ダイドウの意向によるものだ。強化人間として改造され、多くの物を失ったアイリスを他者の前に晒す事への引け目や、朴訥としたアイリスが依頼主に言質を取られて、危険な目に遭うのを避ける為だ。
しかし、それなりに依頼をこなし、クレールやツララともコミュニケーションを取り、ラウスが同業者──戦士だと見抜いた洞察力、そして何より一風変わった感性を鑑みて、顔合わせをしても大丈夫だと、ダイドウは判断した。
「いいけど、わたしになにかようがあるのかしらん」
『お前の戦いぶりに感銘を受けたらしい。相手は警備部隊の隊長だ。繋げるぞ』
「うん」
ダイドウの映る立体映像が、生命力に満ちた印象の褐色の美女へと切り替わる。バトルポッド“ハードエッグ”に乗り込み、襲い来るテロリスト達を相手に奮闘していた女性だ。
アイリスの援軍によって九死に一生を得た彼女が、自分と部下の救い主に直接、礼の一言も言いたいと思っても、おかしくはない。そんな彼女の心情について、アイリスはこれっぽっちも理解はしていなかったけれど。
『初めましてだね。さっきはあんたのお陰で、私だけじゃなくて部下の命も助かったよ。子供が生まれたばかりの奴もいたからね。親無しの子を作らずに済んだ』
あからじめダイドウに言い含められていたのか、警備隊長はアイリスの幼すぎる容姿を見ても、特に驚いた様子を見せずに、心からのものと分かる感謝の言葉を口にした。
警備隊長を相手に特に思うところのアイリスではあるが、ダイドウの取ってきた依頼で助けた相手が、礼を言ってきたのだから悪い気はしない。少なくとも無駄な時間だとは判断しなかった。
「どういういたしまして」
相変わらずの無表情と抑揚のない声色だったが、ダイドウやツララに万が一、依頼主など友好的な相手と会話する時に備えて、最低限の社交辞令の言葉を教え込まれた成果が、なんとか出ていた。
どうでもいいとか、依頼だから、といった言葉が出てこなかったあたりに、秘かにダイドウはアイリスの社交性の成長を感じ取り、勝手に感慨にふけっていた。
これまで買い取ってきた強化人間を相手にも、だいたい似たような反応をしてきたのが、ダイドウという男である。
『それにしても凄い腕前だったね、アイリス。あっとアイリスって呼んでいいかい? あたしはゲーナ・ムーナ』
「いいよ。わたしも、げーなってよぶね」
一回り年の離れたアイリスに対して、警備隊長──ゲーナは明るく破顔した。年齢や容姿は、彼女の中では態度を変える要因にならないらしい。
『あたしもね、少しは腕に自信があったんだけど、まさか接近戦で、それも剣を使ってあそこまでバッサバッサ斬り捨てるなんて、初めて見たよ! 見ていて爽快な気分になるくらいさ』
「いいぶきだったから。それにあいてもそこまでむずかしいうごきをしなかった。わたしがきてこんらんしていたし、げーなたちがとてもがんばっていたから、あいてもつかれていたよ」
『おやおや、そう言ってくれるのかい。アイリスみたいな身の上の人間を何人か知っているけれど、初対面の相手にそこまで気を遣ってくれる子は珍しいね。根っこから優しい子なのかしら』
ゲーナの言葉に、アイリスは内心で首を傾げた。ゲーナは優しいと言うが、本当に優しいのならば、いくら依頼の為とはいえ、ああも容赦なく戦えるものだろうか? そもGSを動かす為のパーツである自分に、優しさなどというものがあるとは思えない。
そう考えると、このゲーナという女性は、失礼な話ではあるが、眼が節穴なのかもしれなかった。少なくともアイリスにとっては、そう考える他ない。
「そんなことはないとおもうけど」
『ならあたしが勝手にそう思う事にしておくよ。どっちにしろアイリスのお陰であたしらが助かったのは変わらないんだからね。それにしたって思い出しても惚れ惚れする戦いぶりだったよ。名うての傭兵や正規軍でも、アイリスと互角に戦えるパイロットなんて、ファーエデン星系にどれだけいるやら』
どうやらゲーナは心底からアイリスの技量に、惚れぬいているらしい。まだ二十代のゲーナだが企業子飼いの警備部隊長になるまで、紆余曲折の経歴を辿り、それなりに修羅場をくぐってきた自負がある。
そのゲーナをして、アイリスは完全に格上だと認める他ない実力者だ。強化人間であることを差し引いても、例え自分が最新鋭のGSに乗っても、アイリスの乗るイーリスに勝てるとは思えない。
恩人であるのもそうだが、格上の実力者とは良縁を結んでおくのが、少しでも長生きするコツだと、ゲーナはよく理解していた。
「おお~ほめられるとごきげんなわたし。ごきげんだとわたしのせいのうがすこしあがるかもしれないので、だいどうもおぼえておいて」
これが自称、機動兵器のパーツの言う事だろうか? アイリスに語りかけられたダイドウは、ブリッジに誰も居ない事もあってか、珍しく苦笑を抑えきれなかった。
ここまで強化人間らしい非人間さと人間味が複雑怪奇に絡み合っているのは、アイリスが初めてだったが、ダイドウのこれからの人生で二度とアイリスのような少女と出会う事はないだろう。
『ああ、忘れずにいよう』
『へえ、ここまで雇い主にいう子も珍しい。珍しい上に腕も立つか。傭兵部隊ガーデンのことは知っていたけど、噂とは随分と違うね。ふふ、あんた達を見ているとあたしも傭兵になりたくなってくるよ』
「すきにしていいとおもうよ。わたしとちがって、げーなはげーなのものだから」
暗に自分はダイドウの所有“物”である、と主張するアイリスに、ダイドウの苦笑いが引っ込んだのを、アイリスが目撃しなかったのは、アイリスにとっては幸いだったろう。ダイドウのわずかな沈黙から、ゲーナはダイドウの心痛をおおよそ察したけれど。
『……なにかしらの後援なしに傭兵稼業を始めるのは、あまり勧められん。本当に傭兵になるにしても、クロズとの伝手を大事にすることだな』
『仁義と筋を通すのはどこの業界でも大事って話ね。傭兵稼業の先輩からの助言、ありがたく頂戴しておくわ。アイリス、いつかあたしがいっぱしの傭兵になったら、一緒に依頼をやりましょう。もちろん、仕事仲間としてね。アイリスが敵じゃ、いくら命があっても足りないから』
「だいどうがおっけーだしてくれたら、いいよ。わたしは、げーなとならくんでもいいから」
『だそうよ、オーナーさん。社員の意向を組むのも、大事な話でしょ? もちろん、相応しいだけの実力は身に付けておくから、その時はよろしく』
ウインクをしてアピールしてくるゲーナに、ダイドウは硬い表情で答えた。ダイドウのデフォルトの表情である。アイリスが相手ではないから、いつもの彼のペースが戻ってきたようだ。
『考慮はしておく。話は終わりか? アイリスを休ませてやりたい』
『それは悪かったわね。では、今はクロズの警備隊長として、今回の救援に改めてお礼を。ありがとう。これからのあんた達にとびっきりの幸運があるように、祈っているわ』
ゲーナはそう言って、陽気で好意に満ちた笑みを浮かべ、大変満足しながら通信を終わらせた。ゲーナ自身は依頼主ではないが、まあ、その関係者に満足いただくのは傭兵としては心を砕くべき点ではあったろう。
本当にゲーナが有言実行して、警備隊長という立場を捨てて傭兵となり、アイリスの敵となるか味方となるか。それはダイドウにもアイリスにも分からない事ではあったが、アイリスにとってはどっちでもいい。その程度の関心ごとに過ぎなかった。
ムーナの生死次第で内容が変わるタイプのイベント発生。依頼を介して友好的な相手と出会えましたね。




