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【完結】政略結婚したはずの公爵が、なぜか優しい!?  作者: 逆立ちハムスター


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9

「さあ、座っておくれ、ルチア」

「は、はい……失礼いたします……」


慎重にシートの端(※崖から一番遠い位置)に腰掛けた。


すると、アレクシス様はバスケットを取り出し、中から手際よく料理を取り出し始めた。


「今日は気取った料理ではなく、ピクニック用のサンドイッチを料理長に作らせたんだ。ルチア、君の好きなスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチだよ」


差し出されたのは、美味しそうな焼き色のついたパンに、たっぷりのサーモンとフレッシュなハーブが挟まれたサンドイッチだった。


(……野外での食事。当然、私の脳内に浮かぶのは一つの可能性――『野外毒殺実験』!)


「……旦那様は、召し上がらないのですか?」

「もちろん食べるよ。ほら」


アレクシス様は自分のサンドイッチをパクリと口に運んだ。


(ちっ……またしても毒味クリアね。しかし、私のサンドイッチだけに遅効性の毒が仕込まれている可能性は捨てきれないわ。例えば……特定のハーブと組み合わせることで毒性に変わるような特殊な……!)


私がサンドイッチを凝視しながら警戒していると、アレクシス様がふっと悲しそうな顔をした。


「……ルチア。やはり、野外での食事は君の口に合わなかったかい? 公爵夫人として、もっと格式高いレストランの方がよかったかな……」


まただ。またしてもあの「捨てられた仔犬のような悲しげな目」!

罪悪感を極限まで刺激し、自ら危険を冒させる心理誘導!


(くっ……! この『顔面兵器+仔犬の目』のコンボは反則よ……! ここで食べなければ、『夫の真心のピクニックを台無しにした無礼な妻』として点数を引かれる……!)


「いいえ! とっても美味しそうですわ! いただきます!」


私は意を決して、サンドイッチを大きく一口かじりついた。


……サクッ。香ばしいパンの風味と、絶妙な塩気のサーモン、そしてまろやかなクリームチーズが口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。

……めちゃくちゃ美味しい。涙が出るほど美味しい。


「美味しいですわ、旦那様! 外でいただくお食事って、こんなに素晴らしいのですね!」

「……っ! そうかい! よかった……本当に感動したよ、ルチア!」


パッと顔を輝かせるアレクシス様。

ふふん、毒が入っていようがいまいが、美味しそうに食べて見せればこちらの勝ちよ!


和やかに食事を終えたその時だった。


ガサガサッ!


近くの草むらから、突如として大きな音が鳴り響いた。


(キターーーッ! ついに仕込まれていた刺客、あるいは訓練された魔獣の襲来よーーーっ!!)


私は即座に身構え、ブーツの滑り止めを踏みしめた。いつでも崖と反対方向へダッシュできるように膝に力を入れる。


草むらをかき分けて飛び出してきたのは――


一匹の、まるまると太った可愛らしい「野うさぎ」だった。


「……え?」


拍子抜けして固まる私。

しかし、その野うさぎは、あろうことか崖の方向へと一直線に走っていくではないか!


「あ、危ないわ!」


本能的に、生き物を愛する血が騒いでしまった。私は思わず立ち上がり、うさぎを追いかけて崖の近くへと踏み出してしまったのだ。うさぎは軽快にくるっと方向転換して華麗に去っていく。


「ルチア、ダメだ!!」


アレクシス様の切迫した悲鳴が響いた。


次の瞬間――ザザッ!


足元の土が緩んでいた。私の右足がズルッと滑り、体が宙に浮く感覚。


(しまった――!? 本当に滑ったーーーっ!?)


眼下に広がる、死の湖面。

自説の「事故死の偽装」が、まさかの自分の不注意によって現実に発生しようとしていた。


「(あ、私……死んだわ……アランデルの皆様、お父様、お母様、一足先に行きます……! そしてさようなら、マリー……)」


死を覚悟して目を閉じた、その時。


ガシッ!!


強烈な力で、私の右腕が掴まれた。


野獣のような咆哮とともに、私は力任せに引き寄せられた。

ドスン! という大きな音とともに、私は誰かの温かい体の上に覆いかぶさる形で地面に倒れ込んだ。


「ハァ……ハァ……! ルチア! 無事か!? 怪我はないか!?」


私を抱きしめていたのは、アレクシス様だった。

彼の髪は乱れ、上質な革ジャケットは土汚れでドロドロになり、手からは出血していた。それでも彼は自分の怪我など全く気に留めず、青ざめた顔で私の身体中に異常がないかを必死に確かめていた。


「ルチア……! よかった……本当によかった……っ! 君に何かあったら、私は……私はどうにかなってしまうところだった……!」


ギューッと、折れんばかりの強さで私を抱きしめるアレクシス様。

彼の体は、恐怖でガタガタと震えていた。その鼓動は狂ったように速く、私を失うことへの本物の「恐怖」が伝わってきた。


「あ……アレクシス……様……?」


私は、彼の胸の中で呆然としていた。


(え……? 何が起きたの……?)


私を崖から突き落とすつもりだったのではないの?

私が勝手に落ちそうになったなら、そのまま見捨てれば「完璧な事故死」が成立したはずなのに。

なぜ、彼は自分の身を投げ出してまで私を助けたの? なぜ、こんなに泥だらけになって、手を血で染めてまで、私を抱きしめて泣きそうな顔をしているの……?


私の脳内計算機が、カタカタと音を立ててフリーズした。


(待ちなさい、ルチア……落ち着くのよ。これは……そうか! そういうことね!!)


数秒のフリーズを経て、私の脳内会議は新たなる斜め上の結論を弾き出した。


(『マッチポンプ(自作自演)』よーーーっ!!)


あらかじめ足場の緩い場所へ私を誘導し、うさぎを使って私を崖際に誘い込み、落ちかけた私をあえて命がけで救うことで……『命の恩人』として私の心を完全に支配する高度な心理テクニック!

自分の身を削ってまで私を救ったと見せつければ、私は彼に一生の恩義を感じ、絶対に裏切れなくなる!


(なんて……なんて恐ろしい男なの……! 自分の手まで怪我させて本気度を演出するなんて、正気の沙汰じゃないわ! 『氷の死神』の執念、底が知れない……!!)


「……旦那様。申し訳ございません、私の不注意で、旦那様に怪我をさせてしまって……」


私は、彼の完璧すぎる自作自演演劇に応えるべく、申し訳なさそうに涙を浮かべてみせた。


「怪我などかすり傷だ! 君が無事ならそれでいい……! ああ、神よ……感謝します……」


アレクシス様は、私の頭を何度も撫で、愛おしそうに額にキスをした。その顔は、本当に安堵に満ちあふれていた。


「もう帰りましょう、ルチア。今日は私の不手際だった。二度と君をこんな危険な目に遭わせない……」


アレクシス様は私を抱きかかえると、姫抱っこのまま馬へと乗り移り、急いで屋敷への帰路についた。


帰宅後、屋敷は大騒ぎとなった。

「御二人が泥だらけで帰ってきた!」「ルチア様をお抱えになっている!」と使用人たちが走り回り、専属医が飛んできた。


アレクシス様は自分の手の治療を受けながらも、ずっと私の側を離れず、「ルチアにトラウマが残っていないか」「温かいスープを用意しろ」と指示を出し続けていた。


その夜。


ベッドの中で、私は手首に包帯を巻いた(※転んだ時の軽い打撲)自分の手を見つめていた。


「今日の試練は……命がけだったわ……」


崖からの転落、そして命を賭けた自作自演。

彼の目的は、私を物理的に消すことではなく、精神的に完全に屈服させ、ローゼンバーグ家の忠実なペット(傀儡)にすることだったのだ。


「恐ろしい男……。でも、私は負けない。あなたがどれほど巧みな芝居を打とうとも、私は『命の恩人に心から感謝し、尽くす健気な妻』を演じ切って、あなたの裏の目的を絶対に暴いてみせるわ!」


私は固く拳を握り締め(少し痛い)、新たな決意を胸に秘めた。


一方、隣の部屋で医師から手の包帯を巻かれていたアレクシス様は、心から反省していた。


『○月×日

私の不注意のせいで、ルチアを恐ろしい目に遭わせてしまった。

崖の近くにシートを敷いた自分が愚かだった。緊張のあまり同様していた己が愚かだった。彼女が落ちそうになった瞬間、私の心臓は止まるかと思った。

だが、彼女は私を責めるどころか、私の怪我を心配して泣いてくれた。なんて優しく、健気な妻だろう。

絶対に、一生をかけて彼女を守り抜くと誓う。明日からは、屋敷の中で安全に過ごせるよう、特別なパーティーでも開こう……』

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― 新着の感想 ―
めっちゃめっちゃ面白い。更新が待ち遠しい。
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