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【完結】政略結婚したはずの公爵が、なぜか優しい!?  作者: 逆立ちハムスター


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「お嬢様! 大変です、大スクープでございますわ!!」


私が昨日の「断崖絶壁ピクニック」の疲労を引きずりながらベッドでまどろんでいると、いつものようにマリーが弾かれたように部屋へと飛び込んできた。しかし、今日の彼女の顔は、いつもの「お命が無事でよかった」という安堵の涙ではない。まるで敵国の極秘情報を手に入れた敏腕スパイのように、目がギラギラと輝いていた。


「マリー、朝からどうしたの? そんなに興奮して……」

「お嬢様、ついに……ついに尻尾を掴みましたわ!」


マリーはバタンとドアを閉め、誰にも聞かれないように私にすり寄り、声を潜めた。


「実は私、この数日間、特技である『誰とでもすぐに仲良くなるコミュニケーション能力』を駆使して、この屋敷のメイドや厨房の者たちとすっかり打ち解けましてよ」

「えっ、いつの間に……」

「お嬢様が死と隣り合わせの心理戦を繰り広げていらっしゃる間、私もただ指をくわえて見ていたわけではございません! そして昨日の夕方、使用人たちのヒソヒソ話から、ある重大な情報を耳にしたのです」


マリーの顔つきが、グッと険しくなる。


「公爵様は毎晩、お休みになられる前に、自室で『極秘の書物』に何かを熱心に書き込んでいるらしいのです。しかも、その書物は誰にも触れさせず、厳重に隠していると……!」

「極秘の書物……!」


私はゴクリと息を呑んだ。

間違いない。それこそが、私を陥れるための計画書、あるいはアランデル王国侵攻のための暗号文書だ!


「それで、私……昨夜、行動を起こしましたの」

「行動って、まさか……!」

「はい。使用人の皆には『実家から持ってきたアランデル特産の果実酒を飲み過ぎてお腹を下したから、一晩トイレにこもる』という完璧なアリバイを仕込んでおきました。そして夕刻、まだ公爵様が夕食をとられている隙に、公爵様の寝室のベッドの下に潜り込んだのです!」

「マ、マリー!? あなた、なんて危険なことを!!」


私は思わず立ち上がり、マリーの肩を掴んで揺さぶった。

天下の『氷の死神』の寝室に潜入するなんて、もし見つかればその場で首を刎ねられても文句は言えない。


「大丈夫です、お嬢様! 私は気配を消すことには自信がありますから。……そして深夜、公爵様が部屋に戻られ、机に向かって何やら熱心に羽ペンを走らせるのを、ベッドの下からこの目でしっかりと見届けました!」


マリーの報告によれば、アレクシス様は三十分ほど何かを書き込んだ後、立ち上がり、部屋の隅にある大きな本棚へと向かった。そして、分厚い帝国法典の裏側に、その革張りの手帳を滑り込ませたのだという。

その後、アレクシス様が深い眠りに落ちたのを確認し、マリーは息を殺して部屋を脱出し、今朝まで身を潜めていたらしい。


「マリー……あなたって子は……」


私は、忠義のために命を懸けた乳母の娘を強く抱きしめた。


「ありがとう。でも、二度とこんな無茶はしないで。もしあなたに何かあったら、私はどうやって生きていけばいいの……!」

「お嬢様……! 私、お嬢様のためなら命など惜しくありませんわ!」


二人で涙ぐみながら主従の絆を確かめ合った後、私はスッと表情を引き締めた。


「マリーの命がけの情報、絶対に無駄にはしないわ。その極秘文書……今日こそ奪取して、彼の真の目的を暴き出してみせる!」

「はいっ! 私に作戦があります!」


マリーの提案した作戦は、大胆かつ理にかなったものだった。

現在、アレクシス様には公務が溜まっている。今日は朝早くから王宮へ出向く予定だ。その隙を突くのだ。


そして作戦決行の時。

朝食の席で、私は包帯の巻かれた自分の手首(※ただの軽い打撲)を痛そうにさすりながら、か細い声で呟いた。


「旦那様……申し訳ございません。昨日の疲れが出たのか、少し腕が痛みまして……本日はお部屋で休ませていただいてもよろしいでしょうか?」


私がそう言うと、アレクシス様は弾かれたように立ち上がり、顔面を蒼白にさせた。


「な、なんだって!? 腕が痛むのか!? すまない、やはり昨日の私の不注意のせいで……っ! おい、すぐに医者を呼べ! それから、今日の王宮での会議は欠席すると伝えろ!!」

「えっ!?」


アレクシス様のあまりの過剰反応に、私とマリーは顔を見合わせた。


(ま、待って! 彼が家に残ったら作戦が実行できないわ! それにしても、見事な演技力ね。『妻を心配して公務を休む優しい夫』を演じることで、私を部屋に軟禁しようという魂胆ね!)


「だ、旦那様! そこまでの痛みではございません! 少し横になれば治る程度ですので、どうか公務にご出席くださいませ! アランデルの妻として、夫の公務の妨げになることなど耐えられませんわ!」


私が必死に訴えると、背後に控えていたマリーもすかさず進み出た。


「公爵様、どうかご安心くださいませ。ルチアお嬢様の看病は、このマリーがつきっきりでいたしますゆえ!」

「……そうか。君たちがそこまで言うなら……」


アレクシス様はひどく名残惜しそうに、何度も後ろを振り返りながら、ようやく屋敷を出発していった。


「よし……行ったわね」

「はい、お嬢様。いよいよです!」


私たちは自室へ戻ると、気合を入れて頷き合った。

ここからが時間勝負だ。


私は足音を忍ばせて廊下に出る。マリーが先行した後、廊下の角にあるサイドテーブルに身を隠す。


マリーが一階へと駆け下りていってから数十秒後。


ガシャァァァァァァァァン!!!!


地響きのような凄まじい破砕音と重低音が、屋敷全体を揺らした。


「きゃああああああっ!!」

「な、何事だ!?」

「一階のホールだ! まさか先代様の青磁の花瓶がぁぁぁっ!?」


足音がバタバタと一階へ集中していく。廊下に漂っていた使用人たちの気配が、潮が引くように一階ホールへと吸い寄せられていった。


(ナイスよ、マリー! 全員の注意が完全に逸れたわ!)


私が物陰から静かに身を起こすと、階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。見ると、息を切らしたマリーが、急いでアレクシス様の部屋の前へと戻ってきたところだった。


「お嬢様! 大成功ですわ! 使用人たちは皆、一階の花瓶の惨状に釘付けになっております! 掃除と片付けで、しばらく誰もここには来ませんわ!」


マリーは懐から取り出した小さなはたき構え、アレクシス様の部屋のドア前に立った。


「私はここで、ドアの掃除をするフリをしながら見張りをいたします! 何か危険が迫ったら、大きく話し声あげますので、お嬢様は急いで極秘文書を!」

「ありがとう、マリー! 任せたわ!」


マリーの完璧なサポートを受け、私はアレクシス様の寝室のドアノブに手をかけた。鍵はかかっていない。スッと隙間を作り、滑り込むように部屋の中へと侵入した。


アレクシス様の寝室に入るのは初めてだった。

冷たく無機質な部屋を想像していたが、そこは意外にも落ち着いた暖色の調度品でまとめられており、整理整頓が行き届いていた。ほのかに彼の香水の、清潔なウッディの香りが漂っている。


「……マリーの情報通りなら、あの本棚ね」


私は部屋の奥にある、巨大なマホガニー材の本棚へと急いだ。

背表紙を指でなぞりながら、『帝国法典・第三巻』を探す。


「あった……!」


分厚く、重々しい『帝国法典』。

私はそれを両手で引き抜き、その奥の暗がりへと手を伸ばした。

指先が、冷たい革の感触に触れた。


「……これだわ!」


引っ張り出したのは、黒い革表紙の、鍵付きの手帳だった。

ご丁寧に小さな真鍮の鍵穴がついている。しかし、机の上のペン立ての中を漁ると、一番奥からあっさりと小さな鍵が見つかった。


(なんてこと……! 『氷の死神』ともあろう者が、鍵の隠し場所がずさんすぎるわ! これすらも私を試す罠!? いや、考えるのは後よ!)


手帳をドレスの胸元にしっかりと抱き抱え、ドアへ近づき、そっと耳を澄ますと、外ではマリーがシャッシャッと規則正しくはたきを動かす音が聞こえていた。特にそれ以外は聞こえない。安全だ。


私がドアをわずかに開けると、マリーが目配せをした。


「お嬢様、確保できましたか?」

「ええ、完璧よ! 戻りましょう!」


私たちは足音を殺して廊下を駆け抜け、無事に自分の部屋へと戻り、鍵を厳重にかけたのだった。


「ハァ……ハァ……やったわ、マリー! ついに手に入れたわ!」

「お見事でございます、お嬢様!」

「いいえ、あなたの陽動作戦が完璧だったわ!」


自室のベッドに腰掛け、私たちはついに手に入れた黒革の手帳を前にして、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

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