3.俺の庭だぎゃ
「えっと……体温、血圧ともに問題ないですね」
朝のバイタルチェックを終え、香は専用タブレットにデータを打ち込んだ。
「ご苦労さんさね、香ちゃん」
「いえいえ」
「最近、顔色もいいみたいさね。それに、前みたいによく笑うようになったしなぁ」
椅子に腰かけたままフキが言う。
「あ……はい。まあ、その……いろいろあったんですが、一区切りついたというか、何というか」
「香ちゃんに笑顔が戻って、あたしらも嬉しいんさね」
フキをはじめ、サトや六郎など、テーブルを囲む面々が同意するように頷いた。
「ほんと、香ちゃんが元気になってよかったよっ。遅刻もなくなったしね」
キッチンで朝食を作っていた未来が、香にイタズラっぽい目を向ける。
「あう……」
「ふふっ。あ、香ちゃん。そろそろ洗濯機止まるころだから、洗濯物を乾燥機に入れてきてくれる?」
「は、はいっ!」
恥ずかしそうにしていた香が、慌ただしくリビングを出ていく。
「香、ちゃん、笑え、るようになって、よかった」
「静江っち〜。もっとチャキチャキ喋りゃーよ」
「うる、さい」
清次と静江。変わり映えしない二人のやり取りを視界に捉えつつ、フキは湯呑みに口をつけた。
「ん……今日のお茶、いつもより美味しいさね。サトさんあんたもそう思わ──」
「ほんま、世も末やなぁ」
テレビへ視線を向けたまま、サトは呆れたような声を出した。フキもテレビへ目を向ける。
『──被害者によると、犯人は若い三人組の男ということです。依然、警察が足取りを追っていますが、いまだ確保にはいたっていません』
若い女性キャスターが、澄ました顔で淡々とニュースを読む。
『──犯人はリビングの窓ガラスを割って侵入した模様です。その際に怪我をしたのか、犯人の一人は右手から流血していたとのこと──』
「また、年寄りを狙った強盗か……」
六郎がぼそりと呟く。
「こんな事件ばっか、嫌んなんでほんま」
「年寄り騙くらかして、金盗ろうとするばかタレどももようけ増えたけぇのぅ」
源治がチッと舌打ちをする。
「ふん。あたしなら首でもへし折って、返り討ちにしちまうですよ」
憤慨したように物騒なことを口にしたのは、牧村タエ。七十五歳。
実家に代々伝わる暗殺武術の使い手であり、かつては裏社会で用心棒稼業をしていた。噂では、素手で何人も葬ってきたらしい。ちなみに、現在は関節痛に苦しんでいる。
『──なお、犯人は拳銃のようなものを手にしていたということで、警察は総力を上げて犯人の行方を──』
キャスターからの追加情報を聞き、サトが眉を顰める。
「拳銃やて。ほんま、どうなってしもたんや、この国は」
「拳銃、か。フキさん、どう思う?」
六郎から聞かれ、フキは何事か思案しながら宙へ視線を彷徨わせた。
「そうさねぇ……。このやり口からして、プロではないでしょうよ。今流行りの、闇バイトとかいうやつじゃないかね。だとしたら、銃もおそらくモデルガンか何かさね」
「そうじゃのぅ。今はヤクザの抗争もないけぇ、素人がチャカ手に入れるんは、難しいじゃろ」
フキが黙って頷く。
「本物だとしたら、旧ソ連製のトカレフ、かねぇ。東アジアルートからの密輸も多いんだわさ。あとは、オーストリア製のグロック17。これは世界的に普及しとるし、日本にもそれなりの数は入ってきとるさねぇ」
「中国、製……五四式も……多い。トカレフ、を、コピーした、やつ」
「ああ。でもあれは、チンピラでも使いたがらないようなゴミさね」
「ちげぇねぇ」
くくっ、と源治が笑う。と、そこへ──
「はーい、皆さんっ。朝ご飯の時間なんで、テレビは消しますよーっ。てゆーか、皆さん銃とか詳しいんですねぇ」
朝食を配膳しながら、未来は可愛らしく首を傾げた。
「もしかして、サバイバルゲームとか大好きでしたっ?」
斜め上をいく未来の言葉に、フキたちは思わず噴き出してしまうのであった。
──時計の針が十時を示す。リビングの隅では、夜勤明けの香と早番の未来、遅番の成瀬慎吾が利用者を見守りしつつ申し送りをしていた。
「というわけで、夜勤からは以上です」
「はい。早番から一つ。源治さん、ここ三日ほど排便がありませんでしたが、朝八時過ぎに排便ありました。他は特にありません」
成瀬慎吾が、やや緊張の面持ちでメモ帳にペンを走らせる。
「成瀬君、もう仕事は慣れた?」
「は、はあ……何となく、ですけど。でも、頑張ります!」
成瀬慎吾、二十二歳。最近、入社したばかりの新人介護職員だ。
「そっか。分からないことあったら、私や香ちゃん、可憐さんなんかに聞いてねっ」
「は、はい!」
「あ、それと。あとで静江さんと清次さんと一緒に、食材と備品の買い出しに行くから、お留守番もよろしくっ」
「わ、分かりました!」
「困ったことあったら、施設長に泣きつけは大丈夫だよっ」
未来がパチッとウインクすると、慎吾は恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。
──昼食後。未来と清次、静江は車の中にいた。
「未来っち。買い出しはいつものスーパーだら?」
助手席に座る清次が言う。
「ですねっ。あそこ駐車場も広いし、品揃えもいいですしっ」
「甘い……お菓子、買って、いい?」
「静江っち、ほんっと小せぇ子供みてーだがや」
「う……る、さい」
「あははっ! もちろんいいですよっ。でも、買い過ぎないようにしてくださいねっ」
目的のスーパーは、孤狼の里から車で十五分ほどの場所にある。道も混んでいなかったので、スムーズに目的地に着いた。
「さ、行きましょうっ」
広々とした駐車場。車から降りた三人は、並んで店舗へと足を向けた。そのとき──
「……?」
静江が足を止めた。
「静江っち、どぎゃんしたん?」
「あそ、こ……三人、組、の男……」
静江がスッと指をさした先。一台の白いワンボックスカーのそばで、三人の若い男が何やら難しい顔で話し込んでいた。
「どこにでもおる若もんじゃにゃーか」
「金髪の、男、右手、包帯……雑、な巻き方……病院での、処置、じゃない」
「んー……?」
清次と未来が目を凝らす。
「それと……隣、の、坊主の男……上着の、胸、の、あたり……不自然な、膨らみ……」
清次がハッとしたように静江へ向き直る。
「お、おいおい。まさか……!」
「右手の、怪我……病院に、行けない……上着の内側、不自然な膨らみ……多分、銃」
「朝のニュースで言ってた……三人組の強盗、か」
清次が再び三人組をちらりと見やる。
「確証はにゃーが……たしかに、怪しいがや」
「怪し、さ、しか、ない」
「とりあえずは……関わり合いにゃならんほうがええで。未来っち。ひとまず警察に電話だけしてちょうで──」
清次が未来へ振り返った刹那。
「ちょっと! ニュースで言ってた三人組の強盗ってあなたたちっ!? お年寄りからお金を奪うなんて、絶対にダメなんだからねっ!? もし犯人なら、今すぐ自首しなさいっ!」
スーパーの駐車場に、コロコロとした可愛らしい声が響く。清次と静江が、弾けるように三人組のほうへ視線を向けた。
二人の視界が捉えたもの。それは、男たちの前で腰に手を当てて仁王立ちし、啖呵を切る未来の勇ましい姿だった。
「ち、ちょちょちょ! な、何やっとるんだぎゃ未来っち!」
慌てふためる清次。普段、ほとんど表情が変わらない静江も、顔を青くして目をまんまるくしている。
「な、何だっ! てめぇ!?」
金髪男がたじろぎながら吠える。
「分かってるんだからねっ。その上着の内ポケット、拳銃が入ってるんでしょっ!?」
ビシッと指をさされた坊主頭の男が、目を見開きながらサッと胸を押さえる。
「ちょいちょいちょい! なーにやっとるんだて、未来っち!」
未来のそばへやってきた清次が、その服の袖を引っ張る。そのとき──
「ふ、ふざけんなよ、このクソアマが……!」
坊主男が懐に手を入れ、何かを取り出す。黒光りする、銃。そして、それを未来へと突きつけた。
「へ、へへ……バレちゃあ仕方ねぇ。おら、すぐに離れろ。変な真似したら、すぐに撃つからな」
坊主男が銃を突きつけているあいだに、ほかの二人が急いで車に乗り込む。
「……デザート、イーグル……イスラエル製、の、銃。でも……日本で、は、まず、入手、困難」
未来の後ろで、静江がぼそりと言う。
「銃口……小さい。油、の匂い、もしない……つまり、モデル、ガン」
坊主男を睨みつけながら、未来がうんうんと頷く。そして──
「ふふんっ。その銃、イスラエル製のデザ……えっと、デザートイーグル、ねっ。でも、そんな銃、日本で入手するのは難しいんだからっ。それに、銃口も小さいし油の匂いもしない。つまりそれは……偽物だよっ!」
再び呆気にとられる清次と静江。いつもニコニコと自分たちの世話をしてくれている介護職員が、モンスター級の爆弾娘だということを思い知らされることになった。
「ちっ……! くそっ!」
「あ。待ちなさいっ!」
坊主男がワンボックスカーの後部座席へ飛び乗った。瞬間、けたたましいスキール音を鳴らしながら、ワンボックスカーが急発進した。
「逃げたっ! 早く追わなきゃ!」
「い、いや、未来っち。逃げたんだし、もう放っておいたらええでにゃーか?」
「ダメですよっ! お年寄りを襲ってお金を奪うような人たちなんですよっ!? 放っておくことなんてできませんっ!」
ぷんすかと怒り始める未来。清次は困ったように頭をかき、静江は小さくため息をついた。
「あー……もう! しゃあねぇわっ! 追いかけるでやっ!」
「仕方、ない」
三人が車へ乗り込もうとする。が──
「え!? 清次さんが運転するんですかっ!?」
当たり前のように運転席へ収まる清次。
「運転は得意なんだぎゃ。ええから、未来っちはよ乗りーよ」
何となく不安を感じながらも、未来は助手席に乗り込んだ。
清次がエンジンをかけハンドルを握る。刹那、その瞳がぎらりと光を帯びた。
「……この感じ、懐かしいでや」
「清次さん?」
「お二人さん。しっかりつかまっときゃーよ?」
「へ? って……きゃああああ!?」
清次がアクセルを踏み抜く。急発進プラス、華麗なサイドターン。くるりと向きを変えた車が、猛スピードで駐車場を飛び出していく。
「ち、ちょっと清次さん! 飛ばし過ぎですよっ!?」
「何の問題もにゃあでっ!!」
大通りを爆走する清次が視線を向ける先。白いワンボックスカーは、荒っぽく進路変更を繰り返しながらどんどん加速していく。
「普通に走っても、追いつかにゃあな……。でも、ここら一帯は俺の庭みたいなもんだぎゃ」
猛スピードから強力なブレーキングで一気に速度を落とす。そして、車体を横滑りさせるようにして路地へ入り込む。
「きゃああああっ! せ、清次さんっ! ほんっとーに大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫だぎゃっ! ちょっと目が霞むくらいだでっ!」
「それ全然大丈夫じゃないですよおおおっ!」
狭い路地裏を、清次は神がかり的な運転技術で爆走していく。路地裏から路地裏へ潜り込み、再び大通りへと躍り出た。
「あっ! 清次さん、信号が赤ですよっ!!」
「大丈夫だぎゃ。三……ニ……一……」
カウントダウンに合わせるように、赤信号が青に変わる。
「よっしゃ! タイミングドンピシャだぎゃっ!」
アクセルを抜くことなく大通りの交差点を通過する。そして──
「あ、いた! 清次さん、あそこ!」
「ターゲット、ロックオンだぎゃ」
三車線の一番右側を飛ばすワンボックスカー。清次がさらにアクセルを踏み抜く。
ワンボックスカーの前に出た清次は、勢いよくブレーキを踏んだ。けたたましく響くスキール音。
衝突を避けようとワンボックスカーが急ハンドルを切る。が──
「あっ!」
猛スピードからの急ハンドル。態勢を大きく崩したワンボックスカーは横転し、十メートルほど路面を滑って停止した。
未来と清次、静江が車を降りて近づいていく。横倒しになったワンボックスカーの運転席と助手席を、三人が覗き込んだ。
「エアバッグ開いとるし、大した怪我はなさそうだぎゃ」
「えっと、後ろに乗ってた人は……きゃっ!」
未来がワンボックスカーの後部座席を覗き込もうとしたとき。その背後から現れた坊主男が、未来の首に腕を絡みつけた。反対側の手には、特殊警棒のようなもの。
「はぁ、はぁ……舐め、やがって……!」
「未来っち! てめぇ、その子を離すんだぎ──っ!?」
未来を助けようとした清次が、突然胸を押さえてしゃがみ込む。
「ぐ……こ、こんなとき、に……心臓が……!」
「せ、清次……さん……!」
男から逃れようと未来が体をくねらせる。
「この死に損ないのジジイが……死ねやっ!」
坊主男が特殊警棒を清次の頭へ振り下ろそうとした刹那──
「がぁっ!」
未来の首を締め上げていた腕から力が抜け、坊主男がゆっくりと膝から崩れ落ちた。
未来がそっと背後を振り返る。そこには、扇子を手にした静江が立っていた。なお、ただの扇子ではなく鉄扇の模様。
「し、静江さんっ」
「未来、ちゃん……大、丈夫?」
「は、はいっ。あ! 清次さん!」
未来が清次に駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!? 清次さん!」
「あ、ああ……大丈夫だぎゃ」
そのとき。遠くからサイレンの音が近づいてきた。パトカーだ。
「未来っち……ここにいたらいろいろややこしくなるで……」
「引き、上げ、よう」
「そ、そうですねっ。あ、この人たち、どうしよう」
「警察に任しときゃいいで。強盗犯ってことは、すぐ分かるでよ」
頷いた未来は清次に肩を貸しながら車に戻ると、一目散にその場を走り去るのであった。




