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器に灯る七つの声 〜七人の英雄を継ぐ旅は、彼らの声と歩む旅だった〜  作者: ひげくま
灯らぬ朝、業火の夜

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第1話 目覚めの儀

お読みいただきありがとうございます。

以前から書いていた作品をGWの空いた時間で登校してみました。

楽しんでいただけましたら幸いです。

夜明けが、まだ霧の底に沈んでいた。

フィンは目を覚まし、しばらく天井を眺めていた。

木の梁に、薄い朝の光が差している。

身を起こし、深く息を吐く。

胸に手を当てる。そこに、七つの刻印がある。


肌のすぐ下に、薄く影のように並ぶ七つの円。

誰かに見せたことはない。

鏡で見ても、肌の色と区別がつかないほど淡い。

十三歳のあの日、魔物に襲われ深手を負った。

その治療の最中に、長老たちが見つけたのだという。


「これが、お前を継承の器と認める証だ」


長老ラドウィックの、低い声。

フィン自身は、怪我の痛みで朦朧としていて、はっきりとは覚えていない。

けれど、その低い響きだけは、今も、耳の奥に、残っている。


息を吐く。空気は、冷たい。

晩秋の朝、霧が深く渓谷の底に溜まる時刻だった。


フィンは布団を畳み、襟を正した。

今日は、フィンの成人の儀が行われる。そして、その同じ日に、最初の継承の儀式も。

本来なら、成人の後で時間をかけて準備するはずのものが、今日のうちに始まる。

彼の胸に並ぶ七つの刻印のうち、最初の一つが——順調にいけば——灯る。

賢者マリウスの魂が、彼の中に流れ込む。


四百年前、世界を救った七人の英雄。

彼らの魂の断片を継ぐことが、フィンに与えられた役目だった。

里の教えはこうだ——いつか黒き災厄が再び目覚める。

その時、英雄たちが甦っていなければ、世界は再び滅びる。器となれる血筋は、稀である。

だから、現れた器は、必ず七人を継がねばならぬ。

それが、滅びを食い止める唯一の道なのだ、と。


近年、里では、原因の分からぬ病で命を落とす者が、ぽつぽつ、増えていた。

災厄の前兆かもしれない、と長老たちは口を閉ざす。

だから、急いでいる。

フィンの成人を待って、その日のうちに、継承の儀へ。


この十三の年から、フィンの生は、その役目のためにあった。

それが、自分の人生の、何かの始まりなのだろう、とフィンは思っていた。

けれど、何の始まりなのかは、まだうまく言葉にできない。

階下から、朝の支度をする音が聞こえる。父が、すでに起きている。


「フィン、降りてこい。湯が沸いた」


父の、低く落ち着いた声。


「うん」


——


里長の屋敷は、里の中ではいくらか大きい。

けれど、王宮のような豪奢さはなく、木組みの古い造りが、落ち着いた木の匂いを保っていた。

階下では、父——里長カイル——が、囲炉裏の前に座っていた。湯気の立つ椀を、二つ、用意している。


「儀式の朝に、粥か」とフィンは少し笑った。


「お前の母は、儀式の朝に粥を炊いた」と父は言った。

「それが、家の作法だ。覚えておけ」


「……はい」


母は、三年前に逝った。流行り病だった。

けれど、似たような原因不明の病で人が逝くようになったのは、その頃からだ。

フィンの胸の刻印が顕現した翌々年のことで、母はそれを「我が家の誇り」と言いながら、その先を見届けることなく旅立った。

フィンは父の前に座り、椀を取った。手のひらで包む。粥は、温かかった。

しばらく、二人とも黙って食べた。

父は寡黙な人で、フィンも、自然と無口になる。


「儀式は、昼過ぎだ。成人の儀から、続けて、継承の儀に入る」と、父が言った。


「わかってるよ」


「お前のことを、皆で見守る。気負うな」


「気負っているように、見える?」


父は、椀を置いて、フィンを見た。


「見えん。だが、見えないことが、必ずしも、ない、ということではない」


フィンは、苦笑した。父はいつも、こうした言葉を選ぶ。

直接的でなく、迂遠で、けれど芯のあることを言う。


「気負いは、ある」と、フィンは正直に答えた。

「七人を、無事に継ぎ切れるかどうか、まだ分からない」


「最初の一人だ。先のことは、最初の一人を継いでから、考えればいい」


「そうだね」


父は、再び椀を取った。それから、少し声を低くして言った。


「フィン。お前が継ぐのは、英雄だ。だが、英雄である前に、彼らは、人だった。だからお前は、まず、自分も、人として、しっかりとしておけ。器、というのは、そういうことだと聞いている」


「父さんも知らないんだね」


「私が生まれてから継承に挑戦した人間はいないからな……」


フィンは、父を見た。父の目は、囲炉裏の火を見ていた。

何かを言いたくなったが、言葉が出てこなかった。


「行ってくる」


それだけを言って、フィンは席を立った。


——


外に出ると、霧が、少しずつ晴れ始めていた。

里の家々の屋根が、白く朝霧の中に浮かんでいる。

空の色は、まだ淡い青で、東の山の稜線が、薄く金色に染まっていた。

里の中央の高台に、儀式の堂が建っている。

三百年前、一族の祖が建てたという古い木造の堂。

屋根には、円の中に七つの光が描かれた象徴が刻まれている。


その象徴を、フィンは見つめた。七つの光。自分の胸に並ぶ、七つの刻印。

今日、その一つが——揺らぎ、ともる。


なぜか、その瞬間を想像すると、胸の奥が、少しだけ重くなった。

期待ではない。

恐怖でもない。

けれど、何かが——彼の知らない何かが、今日から始まる、という予感が、確かにそこにあった。


朝の鶏が、里のどこかで、鳴いた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

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