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病弱な妹に婚約者も誕生日も全部奪われた姉ですが、三年間の嘘がバレた日に辺境で本当の人生が始まりました  作者: 月代


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第4話 雪の下に眠るもの


 翌朝、ルシアン様の執務室を訪ねた。


「帳簿に気になる記録がありました。銀鉱の副産物として採掘されていた白い粘土──廃棄と書かれていますが、実物を確認したいんです」


 ルシアン様は帳簿の該当箇所を見て、少し考え込んだ。


「廃坑の管理人がいる。明日の午前に呼ぶ」


 翌日の午前、管理人の老人が館に来た。

 約束通りに。

 もうこの「約束通り」に驚かなくなりつつある自分がいる。


 白い粘土は銀鉱の壁面に層になって露出しているらしい。

 銀を掘るときに邪魔になるので削り取って捨てていた、と。


「明日、現地を見に行きましょう」


 ルシアン様が頷いた。


    *


 防寒具を着込んで廃坑に向かった。

 馬で二刻ほど。領都の外れにある山の中腹に、坑道の入口があった。

 木枠は古びているが崩落はしていない。管理人が最低限の補修を続けてきたのだろう。


 坑道に入ると、空気が変わった。

 外よりも暖かく、湿っている。


 松明の灯りに照らされた壁面に──それはあった。


 白い層。

 銀色の鉱脈の隙間を縫うように、白い粘土が帯状に走っている。


 手袋を外した。

 指先で粘土に触れる。


 きめ細かい。滑らかで、しっとりしている。


 ──知っている。この質感。


 王都の高級陶器店で一度だけ見せてもらった、最高級の素地に似ている。

 あれは南方の限られた産地からしか採れないと聞いた。


 もしこの粘土が同等の品質なら──。


 胸が早くなった。

 誰にも見向きされなかったものが、ここにある。


    *


 館に戻り、提案をまとめた。


 三段階の計画。

 第一段階──粘土のサンプルを王都の鑑定商に送り、品質と市場価値を確認する。

 第二段階──鑑定結果が良好であれば、少量を加工して試作品を作る。

 第三段階──販路を確保し、本格生産に入る。


 ルシアン様は最後まで聞いてから、一言だけ言った。


「堅実だな」


 この人の言葉の少なさには、もう慣れた。

 少ない言葉だからこそ重い。

 「堅実」は、ルシアン様にとっておそらく最大級の褒め言葉だ。


    *


 粘土のサンプルを木箱に詰め、王都行きの定期便に託した。

 返事は二十日ほどかかる見込み。

 待つ間に、やることはいくらでもある。


 領都の市場を歩いていたとき、声をかけられた。


「あんた、噂の侯爵令嬢かい?」


 赤毛を短く刈り上げた女性。日に焼けた顔に人懐こい笑み。

 荷車の横に立ち、腰に手を当てている。


「マルグリットだよ。この辺で交易商をやってる。──あんたの話、領民の間で広まってるよ」


 ブランシュ辺境伯領で唯一の交易商。

 父の書庫の資料にも名前が出ていた人物だ。


「ノエラ・グランヴェールです。お話を伺いたいと思っていました」


「おっ、話が早いじゃないか」


 粘土の話をすると、目を丸くした。


「あの白い泥に値段がつくって? あたしはこの辺境で二十年商売してるけど、そんなこと考えたこともなかったよ」


 そしてすぐに目を輝かせた。


「面白いじゃないか。──で、あたしに何を手伝えばいい?」


    *


 マルグリットの協力を得て、領地内の職人たちに粘土の試作加工を依頼して回った。


 木工職人は興味を示した。革細工師は首をかしげた。

 そして陶器職人──領都に一人だけ残っている老人は、腕を組んで渋い顔をした。


「よそ者の令嬢に何がわかる」


 低い声。白髪交じりの頑固そうな顔。

 節くれだった手は、長年土をこねてきた手だ。


「わたしには陶器を焼く腕はありません」


 正直に言った。嘘をつく気はない。


「でも、帳簿なら読めます」


 資料を広げた。領地の収支表、冬の備蓄計画、食料の消費予測。


「このままでは来年の冬はもっと厳しくなります。この領地の人たちが冬を越すために、新しい収入源が必要なんです」


 数字を一つずつ示した。ごまかしのない数字だけを。


 老人は黙って聞いていた。腕を組んだまま、眉間の皺を深くしていた。


 長い沈黙の後。


「……一つだけ焼いてやる」


 その「一つだけ」がどれほど重い譲歩か、老人の表情を見ればわかった。


    *


 工房から煙が上がった。窯に火が入ったのだ。


 半日後。

 窯から取り出された器を、老人がわたしの前に置いた。


 白い陶器。

 素朴な形。飾りはない。


 けれど、その白さに息を呑んだ。


 雪のような白。混じりけのない、深い白。

 光を受けると、ほんのわずかに青みがかって見える。

 この辺境の雪景色そのもののような色だった。


 手に取った。滑らかで、軽い。

 指先に伝わる質感が、王都の高級品と遜色ないことを教えてくれる。


 ──わたしが見つけたもの。


 この辺境で、わたしの知識と、職人の腕と、この土地の資源が出会って生まれたもの。

 初めて、「自分が作った」と呼べるものを手にした。


    *


 試作品をルシアン様に見せた。

 執務室の机の上に、白い陶器を置く。


 ルシアン様は手に取った。

 しばらく黙って眺めていた。

 光に透かすように持ち上げ、指先で表面を確かめている。


 そして。


「……悪くない」


 その一言が、胸に落ちた。

 じわりと、温かいものが広がる。


 思わず笑った。

 小さな笑い。自分でも気づかないくらいの。


 けれどルシアン様の目が、ほんの一瞬だけ見開かれたのが見えた。

 すぐに視線を逸らされた。


 ──わたしが笑ったことに、驚いたのだろうか。


 考えてみれば、この人の前で笑ったのは初めてかもしれない。


    *


 その夜。自室で手帳を開いた。


 王都にいた頃、グランヴェール領の帳簿を何年も完璧に管理してきた。

 誰にも褒められなかった。当たり前のこととして消費された。


 ここでは違う。

 ルシアン様の「悪くない」の一言は、三年分の沈黙よりも重かった。


 手帳から母の押し花の栞が覗いている。

 色褪せた花弁に、そっと指先で触れた。


 ──お母様。わたし、少しだけ前に進めている気がします。


 窓の外では雪がちらちらと降り続けている。

 白い陶器と同じ色の雪。


 鑑定結果が届くまで、あと二十日ほど。

 その間にできることを、すべてやる。


 手帳を閉じて、灯りを落とした。

 明日も早い。

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