鶏肉のあんかけとなめこ汁
「すみません! 着物をびしょびしょにしてしまいまして」
「良い良い。それより落ち着いたかね? 嘉穂が良い時に出よう」
屋敷に着くころには辺りはすっかり暗くなっていた。私は何度も頭を下げた。鈴鹿さんは笑顔で対応。
気持ちを整えて光輪の外へ。すると
「なんか、いい匂いがする」
温かい家庭の匂いがする。
それは昔、よく嗅いでいた香り。
それは出来立ての味噌汁と仄かな米の香り。
それは母の料理の香り。
私は勢いよく戸を開けた。美味しそうな食卓の匂いが一気に押し寄せる。
屋敷内では食事を準備している最中であった。朱ちゃんがご飯をよそい、藍歌ちゃんが味噌汁を取り分ける。そしてメインのおかずを鬼神様が配っている。おかずは鶏肉のあんかけ!
「おお、嘉穂。帰ったか。ちょうど飯ができた」
そう言って私に皿を渡す。美味しそうな鶏肉のあんかけが盛られている。
「あ、ただいま……。これ、鬼神様が作ったんですか?」
「ああ。なんだ、文句あるのか?」
「そんな! とんでもないことです! 美味しそうです!」
「そうか」
それだけ言うと鬼神様は鈴鹿さんの方を見た。
「お前の分もあるぞ」
それを聞いた鈴鹿さんは目を丸くした。意外に思ったのだろう。暫く固まったままだったが、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「良いのかね?」
「ああ。お前にも迷惑かけたからな」
と言う割には眉間に皺が寄っている。
「おお、そうか。ならば有難く頂こう」
鈴鹿さんは鶏肉のあんかけの盛られた皿を受け取ると卓に着いた。ご飯と味噌汁が運ばれる。味噌汁の具は……なめこだ!
「なめこ汁ですね。なめこと鰹の香りがとても良いです」
「昆布で出汁引いたら時間がかかり過ぎると思ってな。鰹節でさっと出汁を取ってなめこで旨みを補強してみた」
鬼神様は話をしながら横に座った。これで全員席に着いた。
「絶対美味しいじゃないですか」
「そうか。鶏肉のあんかけは南瓜を入れてみた。あとエリンギも」
「いいですね! 絶対合いますよ!」
「そうか。なら早速食うか」
そう言って皆で手を合わせる。鬼神様の「いただきます」に続いて私達も唱える。
さて、どれから食べるか迷っちゃうなあ。なめこ汁は奥ゆかしい出汁の香が「まあまあ、ゆっくりしてお行き」と誘惑する。鶏肉のあんかけは見た目で食欲を刺激する。黄、緑、白と色彩豊か。それを半透明の茶色のあんで一つにまとめて全体に光沢をつける。それがきれいで美味しそうなのである。うーん、よし、なめこ汁から食べよう。
軽く混ぜて味噌を全体に馴染ませて啜る。ほっと心が落ち着く。畳の上に布団を敷いて、い草の芳香に包まれながら、毛布を被って横になっている気分である。具材のなめこも控えめでありながらも、きちんと存在感があり、出汁になめこの味がしっかり溶け込んでいる。
「美味しい! 味噌汁になめこはやっぱり合いますね。旨みもあるし、食感も良い。香りも立ってて、満足です」
「そうか」
次は鶏肉のあんかけ。鶏肉と薄く小さく切られたカボチャ、エリンギを同時に頂く。口に入れた途端、生姜のすっきりとした風味が広がる。鶏肉の旨味、野菜の甘味があんの酸味とが混ざり合い、口当たりの良い、まろやかなあんとなっている。もちろん、食材一つ一つも美味しい。
「鶏肉のあんかけも美味しい! ご飯に合います!」
「そうか、それなら良かった」
鬼神様はそう言った後、じっと私の顔を見つめていた。
「あの、どうかしました?」
「いや、なんでもない。いつも通りでなによりだ、そう思っただけだ」
鬼神様はそう言ってなめこ汁を啜った。私はしばらく首を傾げていた。




