お願い
「嘉穂、お前は風呂入ってとっとと寝ろ」
俺は嘉穂から食べ終えた食器を受け取った。嘉穂は暫くの間きょとんとしていたが、やがて口を開いた。
「いえ、手伝いますよ。作って頂いたわけですし」
「お前、疲れてんだろ。早く行って体を休めろ」
「でも」
だだをこねる嘉穂を朱と藍歌が後ろから両腕を掴んで強引に風呂に連れて行った。嘉穂は何か喚きながら姿を消した。
俺は洗い終えたものを花葉に渡す。花葉が手拭いで水気を取って素々と玄治に手渡す。そして二体が片づけをする。食器に付いたあんが少々洗うのに手間を取らせるが、思いの外順調にことが進んでいく。
「鬼神、それが終わったら、少し時間を取れるかね?」
居間でくつろいでいた鈴鹿は頬杖ついたまま尋ねてきた。
「ああ。取れるが。どうした?」
「話したいことがあるんだ」
「今じゃいけないのか?」
「真面目な話なんだ。それに君と二人で話したい。容赦してくれ」
俺は返事を返さずに洗い物を続けた。鈴鹿を一瞥すると、何か考えごとをしている様子でやや上の方を眺めていた。俺は手を速めて洗い物を済ませた。
鈴鹿が光輪の中で話したいというため、鈴鹿に案内されて光輪に乗りこんだ。乗るのは前回の地主総会以来であった。
「すまないな、夕餉をごちそうになって。美味であった」
「世間話はいい、とっとと要件を話せ」
「つれないな、君は」
鈴鹿はそう満更でもないように言うと要件を話した。
話題は嘉穂の義妹を送り届けるまでの道中での話であった。義妹が終始うるさかったこと、義妹が途中手を振り解いてどこかへ行ってしまったこと、嘉穂がそれを気にかけていたこと、そして、嘉穂の過去のことであった。
「まさか、俺に生贄を取るのをやめろと言うわけじゃないだろな?」
「何を言っている。妖怪の食人に講釈を垂れられるほど大層な存在ではない。所詮私も君と同じ妖怪だからな」
「そうか」
「だから頼んでみようと思ってな」
「……どういうことだ?」
そういうと鈴鹿はゆっくりと頭を下げた。背中に一本の棒が入っているかのように背筋がぴんと伸びている。
「よせ、俺みたいなのに頭を下げるな」
「頼む、生贄を取るのを止めろとは言わない。だが、嘉穂が元気なうちは彼女の好きにさせてやってほしい。やりたいことをできるだけさせてやってほしい」
鈴鹿は頭を下げたまま何も言わなかった。俺がなにか言わなければ、このまま動かないつもりなのだろう。
「嘉穂は俺の生贄だ。お前にどうこう指図される道理はない。嘉穂をどう扱うか、俺が決める」
すると鈴鹿は顔を上げた。そして笑顔でこう言った。
「そうであったな。すまない、時間を取らせてしまって」
俺は光輪から降りた。すると鈴鹿が簾から顔を出した。
「すまなかったな、さっき話したことは忘れてくれ。うおい、光輪を出せ。ではな、地主総会で会おうではないか」
鈴鹿が顔をひっこめると光輪は音を立てて走り出し、程なくして闇に消えた。




