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追憶 繁名 嘉穂

 私はあの村よりも遠い町で生まれました。

 母は大学の事務員、父は私の生まれる前に他界していて、女手一つで育てられました。それ程生活は豊かではありませんでしたが、とても楽しかったです。友人は優しくてよく遊びに行っていました。家でゲームをさせてもらったり、漫画を読ませてもらったり……誕生日には色々頂いたりしました。私は皆に返せるものがないのに…………あ、すみません。

 町の近くには自然もあって、川や林のような所がありました。幼いときはここで生き物を捕まえて遊んでいました。町中にある自然の割には結構色んな生き物がいたんですよ。玉虫を見つけたこともあるんですよ。母と喧嘩したときはよく家を飛び出してこの自然を眺めていました。すみません、話がだいぶ逸れてしまいました。母の話でしたね。

 私の母は病弱でした。仕事が休みの時、よく横になっていました。私はなるべくそっとして、家事とかしていたんですよ。でも、母はそういうのはあまり好きではないようで。少し機嫌を悪くしてました。特に料理は必ずしていました。母が好きだったんですよ、料理が。母の料理はとても美味しかったです。私が料理が好きなのは母の影響を受けています。私はそんな母のことが大好きでした。母との生活はとても幸せでした。

 でも、そんな幸せも長続きはしませんでした。

 母の病状は日に日に悪化していきました。床に臥せる時間も長くなりました。そしてとうとう入院になりました。もう余命は長くないと告げられました。

 そこで母は今まで自分が作ってきた料理のレシピをノートにまとめるようになりました。私が家庭の味を自分でも作れるようにって細かく書いていました。どれだけ体調が悪くても手を止めなかったそうです。母が亡くなる頃にはノートは三冊に達していました。

 母は四年の闘病の末、高一の秋に亡くなりました。遺された私は叔母の元に身を置くことになりました。それがあの村です。咲奈は叔母の娘です。

 叔母との生活は……まあ、大変でした。母と叔母は仲が悪かったそうで。そんな母の子ですから疎ましかったのでしょう。

 外出はさせてもらえませんでした。学校も行かせてもらえず、退学しました。暴力もありました。料理以外の家事は全て押し付けられていました。料理は叔母がやっていました。まあ、私の分はなかったわけですけど。なのでこっそりやっていたわけですけど。でも見つかっちゃって、散々罵倒されて皿ごと投げつけられましたけど。

 そして、あれが起こりました。

 ある時、叔母が鼻歌交じりに大鍋で何かを煮ていました。やけに機嫌がいいなあと思っていると、叔母がこちらに気づいてにっこりと笑いました。背筋が凍る思いがしました。

「今日はあなたのためにスープを作ったの」

 そう言って鍋を食卓に運んできました。

 私はその中身を見て絶句しました。

 鍋の中にはすっかりふやけきった紙が入っていました。その紙が何なのか、私は瞬時に理解しました。

「料理名は……クソ姉のレシピ本汁!!」

 そう言った後に叔母は噴き出して笑いました。

 私はふつふつと怒りが湧き上がってきました。母が私のために細い腕でめまいや吐き気に襲われながら、命を削って遺した物を踏みにじられたことが本当に……許せなかったのです。私は感情に任せて大鍋を叔母めがけてひっくり返しました。叔母は悶絶とした声を上げてうずくまりました。そこに咲奈がやってきてボコボコにされました。

 それから手足をガムテープで止められて蔵に投げ入れられて一晩放置されました。晩秋のよく冷える夜でした。

 その一年後、私は生贄に捧げられました。

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