繫名 嘉穂 一
「では、そろそろ晩御飯にしましょうか」
午前中に彩り市場で買い物を済ませ、午後から五色鬼とクレパスでお絵描きをしていた。そうしたら、いつの間にか十七時を過ぎていたのである。
「卓に散らかしたもんは片しとけよ」
座卓を占拠され、畳で仕事をしていた鬼神様は蛇腹に折られた紙を開いて目を通したまま言った。私達は「はーい」と返事をして座卓の上を片づける。
「書類沢山ありますね」
「あ? ああ。明後日の総会に提出する分だ」
「こんなに提出するんですね」
「年始めは書かないかんものが結構あんだよ」
鬼神様は書類をかき集めると奥の間へ消えていった。すぐに戻ってきた。
「では私は晩御飯の支度を」
私がちょうど土間に下りた時だった。辺りに霧がかかりだしたのである。それは瞬く間に室内を包んだ。微かに人影が見える。
「贄が来たのか? どういうつもりだ?」
鬼神様の訝しげな声が聞こえる。私はどうすれば良いか分からず、ただ霧が晴れるのを待った。次第に人影の姿がはっきりしてくる。私よりやや背が低く長い髪を二つに結んだ少女……。
「咲奈……」
私のよく知っている人物が目の前に立っていた。
咲奈は誰からも好かれそうな顔をしている。目元は微かに私と似ているが、丸みを帯びていて柔らかい印象を受ける。野球をやっているため、体は程よく締まって薄っすら日に焼けている。明るく活発で人当たりが良い。私を除いては……。
咲奈は私を見るや否やカッと目を見開き、ずかずかと私に近寄っていた。そして私の頬に平手打ちを一発。
「なんで生きてんだよ! 早く死ねよ!!」
頭に響く金切り声でそう言い放つと、胸ぐらを掴んで続けて言う。
「お前が生きているせいで、お前が生きているせいで! 私が! 生贄になっただろうが!」
喉元に噛みつくような勢いで言葉を続ける。
「それってどういう……」
「お前、初詣に来てただろ!? 生贄の運び人が見たんだよ!」
「あっ――」
咲奈は私の反応が気に食わなかったのか、顔をさらに歪ませて私を思い切り突き飛ばした。土間と居間の段差に足を取られて転倒、背中を打った。五色鬼が駆け寄って心配げに声をかける。
「ふざけんなよ! なんでバケモノ何かと仲良しこよしやってんだよ! 何にもできない陰キャのくせに!」
「ほお。その話を詳しく聞いてみたいな」
咲奈の後ろから凛々しい声がする。鈴鹿さんである。咲奈は悲鳴を上げる。
「誰だよ、お前! バケモノが!」
「誰でも良いではないか。それより、嘉穂が……何だと言ったのかね?」
一切表情を変えずに咲奈を見下ろす。その言い知れぬ圧に咲奈はたじろぐ。
ふと周囲を見てみると、いつの間にか五色鬼が武器を手にして立ち上がっていた。その目つきは初めて会った日に向けられた敵意のある眼差しであった。
「止めろ、おい嘉穂」
「はい」
一触即発、いつ鈴鹿さんと五色鬼が襲い掛かるか分からない状況の中、鬼神様が咲奈に助け船を……出したと思ったのだが……。
「良い食材が手に入った。これを使って料理しろ」
「え?」




