初詣
『初詣に行こうよお~』
仮眠を取って屋敷に戻った時、禰々子さんに初詣に誘われた。
『三日に行こうよお~。それも現世の神社に行きたいなあ~』
それも現世の神社である。私としては幽世の神社に行ってみたかったけれど、それはまた今度にしよう。
『行くなら私の着物をやろう。折角行くなら華やかなものが良いに決まっておろう』
鈴鹿さんがそう言った。いえいえ、そんな! 大丈夫ですよ! と言って断ったけれど、翌日に振袖を持ってきてくれた。赤地に桃色と白の椿の花が花束のようにあしらわれている。華々しくて可愛い。私は何度も頭を下げた。それにしても何故このサイズの着物を持っているんだろう? これ、鈴鹿さんの着物なんだよね?
そして迎えた一月三日。鈴鹿さんから貰った振袖に袖を通す。着付けはいつの間にか家に上がりこんでいた鈴鹿さんにしてもらった。着付けの後は姿見鏡で振袖を確認。可愛い! 振袖が! 満足したところで一階へ降りて禰々子さんと五色鬼にお披露目した。
「可愛い」
「似合う」
「素敵!」
「良い」
「きれーい」
五色鬼はそれぞれ思い思いに私の振袖を褒めてくれた。嬉しい。私はくるりと一回転した。長い袖がふわりと遊ぶ。二十歳まで生きることはないと思っていたので心が躍る。
「すごくいい!、可愛いなあ~」
禰々子さんは笑顔で親指を立てた。かくいう禰々子さんも茜色の振袖に紺色の袴といった装いである。お洒落で可愛い。
「禰々子さんも可愛いじゃないですか」
「いや、そんなっ! そんなことは……もう!」
禰々子さんは恥ずかしそうに目を逸らすと、ばんと私の肩を叩いた。力が強い。
それから、五色鬼、禰々子さんと共に光輪に乗り込んだ。四人乗りなのでぎゅうぎゅう詰めである。私達はできるだけ体を細くして座った。
「鈴鹿さんは行かないんですか?」
「ああ、鬼神に話があってな。皆で楽しんでくると良い」
鈴鹿さんは上品に手を振った。鬼神様はその様子を後ろから眺めている。とても不機嫌そうである。
それから私達は浅川駅へ向かった。相変わらず薄暗い。改札窓口で文字化けしている駅の切符を買って駅員姿の狸がパチンと鋏で切符の端に切り込みを入れた。
「この駅の名前なんて読むんですか?」
「さあ? 読めない駅ってしか言わないから分からないなあ〜」
なんと、妖怪でも読めない文字だったのか……。
それからみんなで終末世界を歩いた。ワイワイ話をしながら進んだため、それほど寂しさは感じなかった。
話を聞くと五色鬼達は現世の神社には行ったことがないらしい。やけにそわそわしていると思ったら、そういうことだったのか。
「嘉穂ぉ、現世の神社って幽世の神社と何が違うの?」
「ええっと、それは……見てからのお楽しみですね」
「おお!」
私は白の五色鬼、素々の疑問に対して誤魔化して返事をした。幽世の神社は稲牛若神社以外知らないから、何が違うか訊かれても分からないのである。だから仕方がない。しかし仕方がないとはいえ、そんな弾んだ声を上げて濁りのないきれいな瞳の素々君を見ると、何だか悪いことをした気分になって罪悪感に苛まれる。さらに他の五色鬼のはしゃぐ声が追い打ちをかける。
そうこうしているうちに路地裏に着いた。ここから先はみんなで手を繋いで進む。道中禰々子さんは歌いながら歩いていた。何の歌かは知らないけれど、ポップで明るい、子どもでも歌いやすい童謡のような歌だった。五色鬼も一緒に歌っている。
暗い裏路地を抜けて商店街に出た。現世に帰ってきたのである。呼び込みの声、世間話、子どもの喚声、叱りつける大人の声。四方八方から人間の声が聞こえてくる。私達の前を通る人々は不審な眼差しを向けて歩いていく。まあ、いきなり裏路地から出てきた私達は傍から見れば確かに不審ではある。
「いつにもまして人が多いなと思ったら……今日は初売りなんですね」
私は誰に言うまでもなく呟いた。
「へえ~、ここではもう初売りやってるんだねえ~」
「そう言えば彩り市場はまだですよね? いつからなんですか?」
「明日だねえ~。零時からだよ~」
商店街を過ぎ、大通りに沿って歩いていく。道路は渋滞を起こしていた。ずっと車が存在しない場所で生活していたせいか、排気ガスが異様に鼻につく。禰々子さんと五色鬼も眉間に皺を寄せて鼻に手を当てていた。
振袖姿や紋入りのビニール袋を追い越し、追い越され、すれ違いを繰り返しているうちにだだっ広い駐車場が見えてきた。百台は止められそうである。料金は一時間三百円。中々アコギな商売である。それでも駐車場は満車だった。その駐車場の奥の方に鳥居が見える。
「嘉穂ぉ、鳥居!」
黄色の五色鬼、花葉が鳥居を指して言う。
「久々に見ましたけど立派な鳥居ですね」
「嘉穂ちゃん、ここには来たことがあるの?」
「はい。二年前くらいまでは毎年……それこそ初詣に来ていましたよ」
「そうなんだあ~、でもなんで急に行かなくなっちゃったのお~?」
「それは……」
私はあまり言いたくなかったのでへらへら笑って誤魔化した。すると察したのか、禰々子さんは「そっかあ~」とだけ言ってそれ以上詮索しなかった。
鳥居の前までやって来た。参道の両脇に出店がずらりと並んでいる。
「嘉穂ぉ、鳥居のすぐそばまで並んでる」
「六列あるのにここまで列が来ているんですね」
本殿までは随分と距離がある。ここからじゃ見えない。龍宮城にありそうな朱を基調とした楼門が小さく見えるばかりである。禰々子さんはきっと大丈夫だろうとして五色鬼は退屈しないかなあと心配だったけれど、初めて見る出店に興味津々でとても楽しそうだった。私の心配は杞憂だった。
「嘉穂ぉ、あの茶色の麵、すごく良い匂いがする」
「あれは焼きそばですね。幽世に焼きそばの麺があれば作ってみますね」
「あの雲みたいなのは?」
「綿あめですね」
「あれも作れる?」
「綿あめは専用の機械がないとできませんね……」
「そうなんだ……」
黒の五色鬼、玄治は残念そうな顔をした。
「嘉穂ぉ、あそこ、みんな鉄砲持ってる」
「あれは射的ですね。棚に並んでいる景品を撃ち落とす遊びですよ」
「ふーん」
花葉は暫く射的をして遊ぶ子ども達を眺めていた。現世のお金があったらなあ……と何だかやるせない気持ちになった。
どれだけ時間が経ったかは分からないけれど、楼門のすぐそばまでやって来た。あんなに小さく見えていたのに、目の前にすると、その荘厳なというか霊的なというか……とにかく何かしらの神聖な圧力に圧倒される。
私はふと五色鬼を一瞥した。五色鬼は変わらず楽しそうであった。
「うーん、現世のお金とか持ってくれば良かったかなあ~」
「禰々子さんは持ってるんですか?」
「いや、ウチは持ってないけどお~、龍神が持ってたはずだから、というより換金してくれるからね。換金してくれば良かったなあ~って」
「悪いですよ。それってつまり禰々子さんのお金ですよね? 申し訳ないですよ」
「ええ~、いいんだよ別にい~」
本殿は参詣者を見下ろすように堂々と鎮座していた。金色の箇所は楼門と比べて増え、全体的に煌びやかである。動物を模した彫刻も所々に見受けられ、とてもかっこよい。五色鬼と禰々子さんは小さく声を上げて本殿を見上げていた。
それから列が進むのに従って私達の歩を進めた。途中の階段を一歩、一歩と登る。並ぶのに飽きた参詣者はここから賽銭を投げる。
「やっと本殿前に着きましたね」
「長かったねえ~。それにしても本殿立派だねえ~。賽銭箱もおっきい! 私の舟くらい大きい!」
そして私達は神社に手を合わせた。しかし、私は特に願うことはなかった。手を合わせたまま立ち尽くしていると、五色鬼の楽しげな声が聞こえた。そちらを見てみると五色鬼と禰々子さんが御守授与所であれこれ眺めていた。
こういう日がずっと続くといいなあ
私はそう思って本殿に視線を戻した。




