三村会議
宴会というのは焚火のようで、ゆっくり勢いが増し、そしてゆっくり穏やかになる。
先程までの賑やかな様相とは打って変わり、通夜とまでは言わないが、すっかり静まり返った。
「禰々子も席着いたな。じゃあ始めるか」
覚は辺りを見渡してそう言った。そして悪態をついて言葉を続ける。
「新年何も考えずに浮かれてどんちゃんできりゃあ、そりゃどれだけ良いことか……。どうも七五の動きが気になってな。折角三村の地主サンが集まるなら、今回この場を借りて話をしようと思ったんだ」
覚はそう言って酒を一杯。「そう畏まるなっての。雑談みてえなもんだ」と笑う。
「なにが、『雑談みてえなもん』よ。嘉穂と五色が出ていくのを待ってたくせに?」
黒姫は怪訝な顔をして頬杖をついた。
「別に出ていくのを見計らってたわけじゃねえっての。ただ、まあ、あれだ。できるだけ地主とその眷属以外には聞かれたくはねえなとは思っていた。聞かれたとてどうというわけじゃねえが、一応な」
「ふーん。で、話って?」
「そう急かすな。……話ってのはな、昨今流行りの南部の町村合併についてだ」
「合併がどうした?」
「それじゃあ、ここで問題だ。その合併なんだが、どういう流れで成立するんだ?」
「それは、二村の地主が話し合って合意が取れれば書類を書いて見越さんに提出すれば済むのではないか?」
鈴鹿が代わりに答える。それを聞いた覚は気だるそうに拍手を送った。
「ああ、そうだ。もっと言うならその書類には立会人のサインも必要だ」
「そうだな。詳しいではないか。それがどうかしたのかね? ……いや、なるほどな。その立会人に七五が多く関わっているのだな?」
「話が早くて助かるぜ。多いっていう話じゃねえぜ? ほぼ全て七五だ」
覚はコートの内ポケットから四つ折りになった紙を一枚取り出した。とりあえず、隣に座っていた俺が開いて中身を確認する。
中身はここ一年間で合併した町村の名前がずらりと並んでいる。懐かしい名前や記憶にない名前も含まれている。その横には合併後の町村の名前、それぞれの地主の名前、合併後の地主の名前、立会人の名前がまとめられていた。確かに立会人は殆ど七五が行なっている。
「これはすごいな。九割七五って言っても過言じゃない」
俺はそう言って禰々子に紙を渡した。禰々子は暫く眺めた後、鈴鹿に回した。
「七五が何かしでかそうとしてるのは分かるんだけどさあ~。意図が分からないなあ~」
「そりゃああれだよ、あんた。地主総会で自分が優位に立つためさ」
「なるほどな、漸く君の言わんとすることを理解したよ」
鈴鹿は数回頷くと大沼にリストを差し出す。大沼は左手で顎をさすりながら目を通す。黒姫は大沼の横からそれを見る。
「全然言いたいことが分からないから教えてほしいなあ~」
「合併して地主の人数を減らすのだよ。それも反七五派のな。そうすることで地主総会で意見を通しやすくするのだよ」
首を傾げる禰々子に鈴鹿が説明をした。禰々子は「おお」と感嘆の声を上げた。
「ご名答。流石だな。龍神、ちょっと貸してくれ。……こことか見てくれよ。吞宋滅村と伯母峰村のとことか。親七五派の吞宋滅村の地主がそのまま呑峰村の新地主になってやがるぜ。しかもそこだけじゃねえぜ。他のとこもそうだ。……気づかなかったか? まあ、無理もねえか。一々どこが合併したとか言わねえし、他の地主同士で話したりしねえもんな」
そう言って覚は該当箇所を指し示す。
「これおかしくないか? 確か、この合併は吞宋滅村が伯母峰村に泣きついて合併する流れになったんじゃなかったか? 何故吞宋滅村の地主が新地主になってんだ? 筋が通ってないだろ」
「ああ。これは憶測なんだが、新地主を決める住民投票の前に稲荷町の住民をその村に住まわせてんじゃねえか? 親地主は合併が決まった後に住民投票で決められるからな」
「そんな、折角合併して助けようとしたのにい~……」
「情がねえんだよ、情が。七五から言わせてみれば『これが妖怪』なんだろうよ」
俺はふとあの村のことが頭を過ぎった。茶園を潰して工場を建てたあの村である。
「まさか、吞宋滅村の運営が悪くなったのは七五のせいなのか?」
「分からん。が、やり兼ねねえとは思っている」
「そうか……それにしてもよくこんなものを調べようと思ったな」
「ああ、それはだな。実は半年前くらいに見越サンと飲みに行ったことがあってな。その時に護国神の奴らが合併を推奨してるって聞いてな。それで七五の動きが気になったんだ」
この覚の発言には少し補足がいる。
まず、護国神について。護国神というのは大地主を統括する十二体の妖怪達だ。幽世全体の政治を行なっていると言い換えても良い。そしてこの護国神、きちんと幽世のために政治をしてくれれば良いのだが……。どうもそんなことはないようだ。流石妖怪といったところである。
そして何故七五が出てくるのかというと、稲荷町が護国神から多額の資金援助を受けているからである。どういう経緯で護国神と縁ができたのかは不明だが、縁ができている以上は稲荷町は護国神の方針に強く影響を受ける。
「なるほど、それで調べたというわけかい」
大沼は腕を組んで頷いた。
「いんやあ。見越サンにお願いしたんだ。そしたら二つ返事で了承してくれてよ、この間その紙をもらったわけだ」
覚は両手を上げてお道化たように言った。満更でもないとでも言いたげに口角を上げている。実際そうなのかもしれないが、とんでもないことである。
「見越しさんにしてもらったのか? すごいな。俺でもそんなことしたことないぞ。どう親しくなったらそんなことできるんだ?」
「そりゃああれだよ、あんた。龍神の人徳だぜ。俺はそれにあやかってるだけさ。俺は虎の威ならぬ龍の威を借りる狡猾な狐さ」
「流石龍神ね」
黒姫は少し表情を緩めたが、すぐに我に返り、咳払いを一つ。そして話を続けた。
「それで、調査報告をしただけではないでしょう? 本題を訊かせてくれないかしら?」
「分かってるっての。……とりあえず、あれだ。合併の話には乗らんでくれ。それが七五から持ち掛けられた話じゃなくてもだ。何かある、そう考えてくれていい。それと、次の地主総会で通してほしい法案がある」
「なんだ?」
「移住と住民権に関するものだ。特に参政。移住してその村の選挙権は半年ないみてえなやつだ」
「それって憶測が正しいって前提で法案通せってこと? 違ったらどうするのよ?」
禰々子が覚に訊く。
「ああ、そうだ。でも現にそういう方法もあるんだ。違ったとしても手段を一つ潰すってことで意味はあると思うぜ?」
「それは、そう、ねえ~」
「それと、新地主は合併の申請の時には決めておくってもの追加で頼む」
「では、その辺りは私がまとめておこう」
「そうだな。そこらは鈴鹿に任せた方が良いだろう。ああ、あともう一つ。龍神も含めてあんたら三村は合併の理由になるような隙を今から潰しといてほしい。特に鬼神。この中で一番狙われやすいのはあんたの村だと思うぜ。気つけてくれよ」
「あ? 俺か?」
「ああ、そうだよ。いいか。七五は今、工場野菜に力を入れている。工場は平らで広い土地と大量の水が必要だ。あららぎ村はあまりにも工場を建てるのに都合が良い。それに、あんた、土地を余らせてるだろ? 新規の住民も長く移住してねえし。合併の言い分には十分だ」
「じゃあ、具体的には何すればいいのお~?」
「そりゃああれだよ、あんた。まずは新規住民増やす以外ねえだろ。そりゃあ、すぐにはむずか――」
「それは無理かな」
覚の話を遮るように禰々子は言った。低く冷たい声であった。それを聞いた覚は溜息をついた。
「そう言うと思ったぜ。気持ちは分かるぜ? ああいうことでもあればよ。でもな、妖怪の増えない村に未来はねえだろ? 現実的に考えてくれよ」
覚がそういうと禰々子は黙り込んでしまった。ばつが悪くなったのか、覚は「少し言い過ぎた、すまない」と頭を下げた。「いや、いいけど」と禰々子。
「俺の言いたいことは全部言った。時間取らせて悪かったな」
覚は手酌で酒を入れるとぐいっと一気に飲み干した。次の話題に移るまで少々時間がかかった。




