正月料理 二
嘉穂は料理を済ませると、雑煮と蛸を人数分取り分けて食卓へ並べる。俺も手伝おうとしたが、「座っててください」と言われたため、大人しくしておくことにした。
「本当はレンジで温めたいんですけどね。冷たいままでいただきます」
そう言っておせちを並べていく。三段の重が三つ卓に並べられる。
そうしている間に妖怪達が訪れる。鈴鹿、禰々子、覚、大沼夫婦。改めて新年の挨拶をして居間に案内する。嘉穂と五色鬼達は席に盃を配って酒を注いで回っていた。俺の横に一つだけグラスが置かれていたが、それは嘉穂の分なのだろう。
「お好きなように座って待っていてください」
「嘉穂ちゃん、何か手伝おうか~?」
「有難うございます。 でもすぐ終わりますので大丈夫ですよ」
嘉穂は禰々子に笑顔で応対する。
嘉穂の言う通り、準備はあっという間に終わった。最後に嘉穂が俺の隣に着席した。
「全員揃ったな、そろそろ始めるか。じゃあ乾杯」
特に畏まった挨拶などはなくゆるりと始まる。各々が近くの者同士と盃を交わす。席が離れた者同士は盃を掲げて乾杯したことにする。
「ではお節を開けていきましょうかね」
嘉穂はそう言ってお節を一段一段下ろしていく。
「本当は上の段から順に食べていくそうですけど、深いことは気にせずに食べたいものから食べましょう。あ、料理を取るときは取り箸を使ってくださいね」
それぞれの重には彩りの料理が詰められている。上段の重は黒豆の中心に玉子焼き、いたわさ、田作り、数の子、栗きんとんが据えられている。配色を考慮してか、黄色の玉子焼き、数の子、栗きんとんはそれぞれ離されている。
中段は縦三つ、横二つに仕切られている。中央に海老の酒蒸しと鰤の照り焼き、花の形に切られた蓮根の酢漬け、紅白なます、昆布巻き。限られた空間で見栄えよく丁寧に盛り付けられている。
下段は斜めに三分割に分けられている。それぞれ筑前煮、ゴボウスティック、鶏を醤油で炒めたものが詰められている。
お節の全容が露わになると感心の混じった歓声が上がった。
「おお、これは旨そうだな。これは嘉穂が全部作ったのか?」
覚が口角を上げて嘉穂に訊いた。
「いえ、色々な方に協力していただきました」
「おお、そうだったのか。流石にこの量を一人で作るのは骨が折れるか」
覚さんは腕を組んで数回頷いた。
「玉子焼きは私が巻いたのだよ」
鈴鹿は向かいの覚に自慢げに言った。「そうか、それなら最初にいただくか」
「まだ取っちゃ駄目ですからね」
「分かってるっての」
次に嘉穂は土鍋を開ける。昆布の香りがわっと溢れる。中身は鯛飯である。ほんのり色づいた飯の上に大きな鯛が一尾、堂々と横になっている。
「うわあ~、すご~い。鯛の香ばしい香りがするう~。焼き目がしっかりついてて美味しそう!」
「これは朱ちゃんが炊いてくれたんですよ。大変良い出来です。では、ほぐしていきますね」
朱の方に目をやると、彼女は両手を腰に当てて誇らしげな顔をしている。
嘉穂は杓文字で鯛の背骨に沿って切っていた。端から端まで切り終えると、その切れ目から外へ向けて身を外していく。すると綺麗に背骨から骨が取れる。そうして取り除かれた頭と尾のついた背骨と細かい骨は菜箸でひっくり返した土鍋の蓋の上へ移された。そして切るようにして飯と鯛を混ぜていく。
「多少の小骨はご愛嬌ということで」
綺麗に混ぜて全員分とりわけ終えると、蓋を流し台へ運んだ。嘉穂が席に着いたところで各々料理に手を伸ばした。手の短い五色鬼は手が届かない料理がある。読心なのか、偶然きづいたのか、覚は食べたい物を聞いて取り分けている。それを見た黒姫も彼らの手助けをしていた。嘉穂がその様子を微笑みを浮かべながら眺めていた。
「嘉穂ちゃん、鯛めし美味しいねえ~。鯛の旨みと香りがしっかりしててえ~身がふわっふわ」
「有難うございます。鯛を米と一緒に炊くことで蒸されてふわふわになるんです」
「そうっかあ~、どおりで」
禰々子はそう言って再び鯛飯に食らいついた。
さて、俺は蛸の唐揚げから。醤油と生姜の香ばしい香りが胃を刺激する。箸で軽く撫でるとかりかりと音を立てる。これだけで食感の想像がつく。はっきりとした歯ごたえの、あのざくざくとした小気味の良いものだ。後はこの蛸の味である。正直見当がつかない。
昨夜、嘉穂が蛸を下処理しているのを見ていたが……何というべきか……悪戦苦闘していた。頭から直接生えた八本の腕? であらゆる所に纏わりつき、中々離れない。引っつく度に禰々子と一緒に引き剥がそうと引っ張る。無理して生きたまま調理しなくても良いのでは? と思ったが、どうやら鮮度がどうとかで都合が悪いらしい。
あのぬるぬるしたやつ、美味いのか? 一応塩でぬめりを取ってはいたものの、どうしても食感が気になるところである。
ゆっくり口に運ぶ。ざくっと恐らく揚げ料理の中で一番大きい音が口の中で響く。気になる蛸はというと、これがまあ美味い。ぬめりはなく、しっかりとした歯ごたえがあり、噛むほどに甘みが滲み出る。一口大ではあるもの、一つでもかなり満足感がある。
「この唐揚げとやら美味いな。食感の緩急が良い。蛸も得体が知れなかったが、味がしっかりしていて良いな」
「有難うございます! 雑煮も冷めないうちに頂いてください」
嘉穂は笑顔で雑煮を勧める。俺は勧められるがままに椀を手に取った。透き通った出汁に今朝搗いたばかりの丸餅と彩り豊かな具材が沈んでいる。嗅いだことのある香りだと思ったら、年越し蕎麦の出汁のそれと同じである。ということは出汁は飛魚か。
まずは餅からいただく。出汁を吸った餅は柔らかく、噛むほどにじゅわっと旨みが溢れる。
「雑煮も旨い。出汁は蕎麦と同じなんだろうが、醤油の分量を少なくしているな。その分飛魚と野菜の味が分かりやすくて良いな」
「よく気づきましたね! そうなんです、野菜の旨みを感じてもらいたくて醤油を薄くしてみたんです」
嘉穂は余程嬉しかったのか、時折縦に体を揺らして興奮気味でそう言った。
「ほかの具材にも出汁が染みていて旨い」
「それが聞けて嬉しいです。さ、他にも色々ありますので食べてくださいね」
それから様々な料理に箸を伸ばした。いたわさは辛味と共に鼻から抜ける香りが爽やかで紅白なますは程よく酸味が利いていて旨い。煮物は相変わらず旨いしゴボウスティックは中毒性がある。
宴会は酒も程よく回りはじめ、一層賑やかになった。席の移動もちらほらし始めている。五色鬼達はすっかり料理には興味をなくしてしまい、いろは歌留多で遊んでいる。黒姫が読み札を読んでいた。
嘉穂は隣に来た覚と話をしていた。
「考えていること読まれていそうなので、単刀直入に聞きますけど、どうして覚さんがこちらに?」
「随分直球だな。そりゃああれだよ、あんた。俺がお役人サンだからだ」
「役人?」
「覚はね、僕の手助けをしてくれているんだ」
覚の台詞に大沼がそう付け足した。
「あら、そうだったんですね。そんなこと何も教えてくれなかったので」
「それくらい伝えとけよな、全くよお」
覚はすっかり呆れかえっていた。
その後も宴会は続いた。途中、五色鬼が眠くなったと言った。嘉穂もそれに合わせて私も仮眠を取ってきますと頭を下げた。最初は二階に行こうとしていたが、全員で横になるにはあまりにも狭すぎるとのことで禰々子の家で寝させてもらうことになった。
「そっちの方が静かだしい~。あ、ウチ、布団敷いてくる」
禰々子は五色鬼と嘉穂を連れて離席した。それを見届けた覚は初めにいた席に戻って咳払いを一つ。
「禰々子が戻ったら本題に入るぞ、いいな?」




