信仰、そして新年へ
お知らせです。
諸事情により、更新が二ヶ月ほど止まってしまいます。
こちらの小説は完結まで書ききりたいので、更新は続ける予定です。
ですので、暫くの間、お待ちください。ご迷惑をおかけします。
菅部享天楽
太鼓に合わせてカッカッと口を鳴らし、篠笛の音色に乗って勇ましく舞う。一歩ごとに舞台を踏みしめて力強く蹴りだす。その度に胴幕がふわりと遊ぶ。その荘厳な姿はまさに神獣である。
零時を過ぎた頃、稲牛若神社の神楽殿にて五色鬼による神楽が奉納されている。
稲牛若神社は村内の山の頂上にある神社だ。檜皮葺の屋根の小さな流れ造の本殿の脇にこの神楽殿がある。丸みのある屋根が設けられたそれは能舞台のように背面に鏡板が張られている。その鏡板の前には八脚案が置かれている。その上に、鏡、榊、幣束、三方に乗せられた水玉、平次、塩が供えられていた。参道を正面として建っており、奥行きのある造りになっている。決して広くはない神楽殿に私を始めとしたあららぎ村の住民、鈴鹿さんや龍神夫婦に覚さんが拝観しに訪れていた。そしてその一同が五色鬼の勇ましい舞に息を飲んだのだ。
「どうだ、獅子舞は」
神主のような恰好の鬼神様が私の横にやって来た。獅子舞の始まる前、八脚案にお供え物をしていた。その供物があの三方である。因みに鬼神様は別にこの神社の神主ではないそうだ。というより、この神社には神主はいないらしい。
「かっこいいです」
私は親指を立てて視線を神楽殿に戻した。ちょうど獅子舞が終わったところのようで、獅子舞が舞台裏に引いていった。と同時に巫女姿の藍歌ちゃんが現れた。
藍歌ちゃんの舞は獅子舞とは対称的に静かな舞だった。摺り足でゆったりと歩を進めながら舞う。鈴を振るとしゃらしゃらと澄んだ音色が幾重にも重なり合い、その場の空気が清められているような心地になる。
「美しいですね。神様の使いみたいです」
「神様、か……」
鬼神様はそう呟いて続けて私にこう訊いた。
「なあ、嘉穂」
「はい、どうしました?」
「お前は神様を信じるか?」
「……いませんよ」
唐突に変なことを聞かれて驚いたものの、私ははっきり答えた。鬼神様は「そうか」と返事をした。暫く鬼神様は黙っていたが、やがて口を開いた。
「この神社はな、俺が建てるように宮大工に依頼したんだ」
「え……」
「嘉穂達にはこの神社は奇妙に見えるだろうな。現世の神社なんてまじまじと見たことなんてないしな。何となくこうだろって宮大工に投げた」
私は境内を見回した。来た時から思ってはいたけれど、神社では見ないものがいくつもある。まず、境内にいくつも立っている案山子。なんの変哲もない案山子だが、近くに田畑があるわけではない。それにこの時間に見るとちょっと怖い。また、ここの狛犬は犬ではなく蜘蛛の姿をしている。ほかにも細かい違和感はあるけれど、特に気になったのはこの二つである。
「この神社は農作物を病気、害虫から守るために建てた。祀ってるのはナガコガネグモ、害虫を食う益虫だ」
「それで狛犬が蜘蛛なんですね」
「ああ、水と天候は……まあ、良くはないが、大沼に頼めばなんとかしてもらえることがある。だが、どれだけ気をつけていても、病と虫は完全には防ぎきれない。どうにもならないことは何かに縋るしかない。だからこうして祈りの場が必要なんだ。誰も飢えさせたくないし、不幸にしたくないからな」
この小さな神社には鬼神様の、いや、あららぎ村の住民全員の祈りが込められている。特に鬼神様はあららぎ村のことを誰よりも想っている。私はそんな鬼神様に「神様はいない」と言ってしまったのか。あまりに配慮に欠いた失礼な物言いだ。
「すみませんでした」
私は鬼神様に頭を下げた。
「何がだ?」
「その、神様はいませんとか言ってしまって」
「よく分からんが、俺も神なんか信じてはいない」
「え、そうなんですか?」
意外な発言に私は驚いて顔を上げた。
「ああ。そんなに神様の存在が重要か? 別にいようがいまいが関係ない。俺達が祈りたいから祈るんだ。ただそれだけだ」
私は神楽殿に視線を移した。藍歌ちゃんの舞は神々しかった。
※ ※ ※
神楽舞が終わり、拝観者と五色鬼達は集まって賑々しくしていた。私はこっそり抜け出して屋敷へと急いだ。
これからおせちと雑煮を作らないといけない。急いで帰って支度しないと。足元が悪く暗い山道を急ぎ足で下りていく。途中何度か転びそうになったけれど、なんとか堪えて無事に下山できた。後は屋敷を目指して急ぐだけだ。
屋敷に着いた私は早速調理器具を準備していく。
「随分慌てた様子ではないか。こんな時間から料理か」
「ひゃああ!」
凛々しい声が後ろから聞こえた。言うまでもなく鈴鹿さんである。私は悲鳴を上げた。
振り返ると鈴鹿さんが居間で正座をしていた。姿勢が綺麗である。
「黙って抜け出すとは感心しないな。行方知れずかと心配するではないか」
「すみません」
「まあ良い。それより、今から料理か?」
「はい、おせちとお雑煮を作ろうかと思いまして」
「一人でか? 大変だろう? 私も手伝おう」
鈴鹿さんは立ち上がって台所にやって来た。
「大丈夫ですよ、一人で何とかしますから」
「そう遠慮するでない」
「……ではお言葉に甘えて。有難うございます」
「良い良い」
鈴鹿さんがそう言い終わると同時に戸を叩く音がした。私は「今開けます」と言って戸を開けた。
「邪魔するよ」
そこにいたのは短い白髪の老婆であった。見た目は六十代くらいで顔に皺があるが、肌はとても綺麗だ。美人である。四十後半と言われても納得してしまいそう。そして燃えるような赤い瞳……白髪に赤い瞳……って
「いわてさん!?」
「なんだい、そんなに驚いて。失礼なやつだね」
「すみません、変わりすぎて誰だかすぐに分からなかったんです」
変わったのは見た目もそうなのだけれど、なんといっても雰囲気である。最初会った時は無礼だけれど陰気臭かった。けれど今は憑き物が落ちたかのように明るい顔つきをしていた。
「えっと、それでどうされましたか?」
「神社から一人で出ていくのが見えたからね。あんたのことだ。雑煮とかおせちでも作る気だろ?」
「はい、その通りです」
「一人じゃ骨が折れるだろ? だから手を貸そうと思ってね」
「あ、有難うございます」
「約束しちまったからね」
いわてさんは調理器具を手に取って眺めながら、そう言った。
「約束、ですか?」
「あんたが言ったんだろ? また一緒に料理をしようって」
「あ、はい!」
「だったらさっさと食材持って来な。すぐに終わらせようじゃないか」
「はい!」
私は急いで氷室に向かった。




