年越しそば
闇夜にゴーン、ゴーンと除夜の鐘が鳴り響く。妖怪が煩悩を払うのは何となく奇妙だなあと思った。失礼だけれど、妖怪は煩悩とかあっても気にしない、感じがする。そういうイメージがある。が、よく考えれば、思い悩んだり、人情に厚かったり、恋をしたり、嫉妬したり……変わった住民が多いけれど、みんな人間臭い。なら煩悩くらい払うか。
今年も残り四時間となった。そろそろ年越し蕎麦の準備をしないと。元日〇時に神事が始まる。そこで五色鬼達が神楽を奉納する。また、鬼神様も神事に関わるらしい。だから、それまでには間に合わせないといけない。
五色鬼達と鬼神様は奥の間で寝ている。今のうちにやるか。
ということで料理開始。今回作るのは海老天蕎麦。だから海老天を作っていく。まずは海老の下処理から。最初に塩水で洗って臭みを取り、背ワタを取り除く。頭側から二、三節目、あるいは一番曲がっている所に横から竹串を刺して背ワタが千切れないように慎重に外側へ外す。それを一人三匹分、計二十一匹していく。……予定だったけれど、どうせ後で使うので、全部やっておくか。全て背ワタを取り除いたら、あまりの十四匹をバットに移してラップで包んで氷室へ。使う分は腹側に四ヶ所切り込みを入れていく。こうすることで海老を真っ直ぐに揚げられる。……失敗するときもあるけれど。
海老を処理し終わったら今度は衣と油の準備をする。鍋にサラダ油をたっぷり注いで熱する。その間にボウルに振るった小麦粉、氷でしっかり冷やした冷水、玉子を加えて混ぜて衣を作る。できたら菜箸の先を濡らしてキッチンペーパーで拭き取って温度を計る。泡が少しずつ勢いを増している。良い頃合いである。海老を衣に潜らせて油に放る。ざわあっと激しく泡が弾ける音が次第に落ち着いてくる。入れすぎると温度が下がってしまう。だから時間はかかるけれど、一回四尾ずつくらいで揚げていく。ある程度衣が揚げ固まったら、菜箸で衣を付けたり垂らしたりして衣を足していく。これを花を咲かせるという。揚げ終わった海老はキッチンペーパーを敷いたバットに引き上げる。海老を揚げる間に蕎麦を茹でて、出汁の準備をする。出汁は合わせ出汁を煮立ててみりんと醤油を垂らす。それとあご出汁を少し。全体に馴染ませて味見をする。
「うん、美味しい」
やはり出汁はほっとする。強すぎない素朴な味といい、鰹と昆布の気品ある静かな香りといい心が落ち着く。かと思えばあごのパンチのある出汁が押し寄せる。奥ゆかしさと派手さのバランスが絶妙である。
この香りに釣られてか、鬼神様と五色鬼が寝ぼけ眼を擦りながら、奥の間からやってきた。
「おはようございます。もう直にできますよ」
最後の海老の揚げ始めたところで乾燥和布を水で戻してかまぼこを板から切り取って切り分ける。
蕎麦が茹で上がったので、丼に蕎麦を盛って出汁を張る。麺を整えて海老天、かまぼこ、和布を飾って完成。
「年越しそば、完成しました。温かいうちに食べてしまいましょう」
※ ※ ※
黄金色の出汁から湯気が立ち上る。器にそっと手を添えるとその熱が器を通して伝わってくる。顔を近づけてみると、出汁と醤油が混ざった甘い香りが広がる。艶やかな出汁に蕎麦が静かに沈んでいる。その蕎麦の上には和布、蒲鉾、そして……海老が行儀よく並んでいる。海老には乾燥した黄色の何かが付いている。
「今回の蕎麦は海老天を乗せてみました」
「海老、天……」
「はい、海老天。海老の天麩羅なので海老天です」
「そうか」
早速海老天をいただく。
「美味い。食感がいい」
さくっと良い音がしたかと思えば舌の上ですぐに消え、海老だけが残る。それはまるで霜のようである。
「有難うございます。天麩羅は衣のさくさく食感がいいんです。高温でさっと火を通した海老もぷりっぷりで美味しいですよね」
「ああ、程よく弾力があって味もしっかりしている。どういう味かと言われると難しいが。甘みがあって臭みがない旨み。この、コロモ、の出汁が浸った部分も美味い」
続いて麺を啜る。出汁の香りをふんだんに纏った麺が緩やかに揺れて、喉を通り抜ける。冷えた体が内から温まり心が休まる。
「美味い。落ち着く味だ。ほっと一息つきたくなる」
「有難うございます。良かったです。蕎麦の麺は市販のものですけどね」
「出汁が美味いって言ったんだ」
五色鬼はずずずと勢いよく麺を啜っている。最早「食べる」というより「飲む」である。これだけ豪快に啜っているのを見ると気持ちが良い。
「美味い、美味い」
「神楽、頑張れる」
「うお!」
五色鬼は神楽の士気も一層上がったようで拳を突き上げていた。それに便乗して嘉穂も拳を掲げた。
「まあ。しっかりやれよ」
「はい!」
「嘉穂、お前には言ってねえよ」




