正月準備 六
ざるを上げると、白く濁った研ぎ汁がざあっと流れ、綺麗に研がれたもち米が姿を現した。
大晦日の朝、村の昼行性の妖怪達がのそのそと活動する頃、私と禰々子さんは二人で餅搗きに使うもち米を研いでいた。研いだもち米は清潔な大きなバケツへ移す。
「嘉穂ちゃん助かるよ~。手伝ってもらってさ~」
「そんな、とんでもないことです。私もあららぎ村の住民ですから!」
私はもち米を紙袋からざるに移して再び研ぎ始めた。「そんなに急がなくてもいいよ~」と禰々子さんは言った。
「もち米を研ぐのは他に誰がしてくれるんですか? 後で龍神様が追加で持ってくるんですよね?」
「ん? 一人だよ~?」
「え? 誰も来ないんですか?」
「そうだよ~」
禰々子さんはそう言いながら、米研ぎを淡々とこなしていく。通りで手際が良いわけだ。
「誰か手伝ってあげればいいのに」
「大晦日はみんな忙しいからね~」
「禰々子さんも忙しいでしょうに……」
私は小さく溜息を吐いた。
「それを言ったら嘉穂ちゃんだってそうでしょ~?」
「いえ、私はそんなことないですよ。いつも暇を持て余しています」
「ええ~? こないだおせち作るって言ってたじゃん」
「ああー……」
こないだとは鬼神様、禰々子さんと一緒にもち米を買いに行った帰りのことである。鬼神様におせちを作りたいと提案したのだ。
「だったらついでに買ってくれば良かったじゃないか」
それはその通りである。
「買い過ぎても舟に乗らないし、鬼神様は地主だから、年始とかお忙しいのかなあと思って」
「年始は暫くは休みだ」
「あ、そうだったんですね」
「予定聞けば俺も答えられたのによ」
「すみませ~ん」
大して悪いと思っていないので、雑な返事をした。
「おせちってあれか。何層かになっている弁当箱か」
「弁当箱と言われるとだいぶ違うんですけれど……まあ、認識としてはもうそれで良いです」
違うのだけれど、納得させられる説明が思いつかなかったので、そう返した。
「箱がないなあ。大沼に持ってるか聞いとくか」
「有難うございます! ところで私達以外に誰か来るんですか?」
「俺と五色鬼と嘉穂と禰々子、大沼と黒姫に覚、あと……鈴鹿も来るだろうな。」
「……部屋入ります?」
「奥の襖を外して大広間にする。卓はあるからそれを並べれば何とかなる」
「そうなんですね」
思いの外きちんと考えているんですね、と言おうと思ったが、普通に失礼なのでぐっと堪えた。
「まあ、やりたいようにやれよ。何かあったから言えよ」
「有難うございます」
これから買い物に行って必要なものは仕込みをして、晩御飯を作ってそこからおせちか。晩御飯は年越し蕎麦にしよう!
「禰々子さん、この後時間あります?」
「うん、あるよ~」
「良かったら……」
「いいよ~」
「有難うございます!」
それから暫くして龍神様がやって来た。
「やあ、言われた通り、もち米を五袋持ってきたよ。あと、これも」
そう言って黒い風呂敷に包まれた四角い物を三つ手渡された。言うまでもなくおせち用の重箱である。
「有難うございます」
「そんな、とんでもないことだよ。こちらこそ有難う。もち米の準備におせちの仕込みまで」
「大丈夫だよ~」
「僕も手伝うよ」
「いいって、スーツ汚れたらどーすんの?」
禰々子さんは龍神様が持ってきた紙袋を家に入れながら返事をした。その様子を見ていた龍神様は残った紙袋を運び入れた。
「なら、着替えてくるよ」
「なんか悪いな~、忙しいのに~」
「大丈夫だよ、じゃあすぐ戻るから」
「有難う! ゆっくりでいいよ~」
禰々子さんは明るい声でそう言った。私は「有難うございます」と一礼した。龍神様は私達に手を振って飛び上がった。と同時に突風が発生、周辺の砂塵を巻き上げた。私達は目を瞑って顔を背けた。風が落ち着いたので視線を戻すと龍神様はすでに遠くにいた。
「買い物、龍神様も連れて行こうか~」
「ですね。早く片をつけましょうか」
私達は家に戻って米研ぎの続きを始めた。
※ ※ ※
「付き合っていただいて申し訳ないです」
お昼、私は禰々子さん、龍神様、そして黒姫さんと共に掲鏡村の漁港の市場、鮮魚市に来ていた。
「良いのよ、気にしなくて」
龍神様に言ったつもりだったけれど、なぜか黒姫さんが反応した。おかしいなあ、黒姫さんを誘った覚えはないんだよなあ。心なしか少し機嫌が悪く見える。
鮮魚市では鰤、蛸、鯛、赤海老が多く店頭に並んでいた。恐らく年始に向けての食材だと思う。海老は長寿、鯛はめでたいの語呂合わせ、蛸と鰤はなんだろう。気になるので龍神様に訊いてみた。
「鰤は出世魚だから縁起良いとされているね。あと、嫁ぶりと言って婿の実家から嫁の実家へ送る風習があるんだよ」
「そうなんですか」
「それと蛸は多幸にかけられているね」
「なるほど」
それなら鰤、蛸、鯛、海老全部買おう。とりあえず、寒鰤一本、蛸一杯、鯛一本、海老三十五尾。どうやって持って帰ろうか……いや、それよりこの量の食材を持って買い物続けるとなると大変だなあ。
と考えていると、後ろから声をかけられた。青花さんである。走って来たようで私達の目の前まで来ると、腰に手を当てて荒い息を整えた。
「こんにちは、龍神様、黒姫様、禰々子さん、そして嘉穂さん」
「こ、こんにちは。ってどうしたんですか? そんなに慌てて」
「嘉穂さんが来ていると聞いて挨拶を思ってね」
「そ、そんな。かと言って走ってこなくても」
「いいえ、それにあなたに訊きたいことがあったの」
「訊きたいことですか?」
「ええ、訊きたいこと」
青花さんは笑って両手を合わせて頬に当てた。薄っすら開いた細い弓なりの瞳は可愛らしくもあり、色っぽくもあった。そんなずるいと言いたくなる愛嬌のある顔をされると照れる以外できなくなる。
「嘉穂さん、お正月にお雑煮作るでしょう? 今、私達鮮魚市の子達と焼いたあごを干しているの。もしあご出汁を使うなら嘉穂さんの分も取っておこうかなって思ってね」
「え、良いんですか? ほしいです!」
「分かった。じゃあ、後でまた会おうね。あ、荷物預かるね」
青花さんは先程買った縁起物達を受け取ると、どこかへ去っていった。彼女を見送った後、再び買い物を始めた。
蕎麦の出汁を作るための昆布と鰹節、かまぼこ、乾燥和布、いりこ、数の子を購入。そして帰る前に青花さんに会った。青花さんは鮮魚市の入り口にあるポラードに座っていた。
「荷物、輸送しようと思うのですが」
「有難う青花さん。でも僕が持っていくから大丈夫だよ」
龍神様は青花さんから荷物を受け取ると宙へ飛んだ。十分な高さになると龍に変化して彼方に消えた。
「じゃあ、いきましょうか」
黒姫さんが満面の笑みを浮かべてそう言う。分かりやすく機嫌が良い。
次は彩り市場で野菜類を選ぶ。カツオ菜。人参、黒豆、鶏肉、コンニャク、かんぴょう、絹さや、そして生蕎麦麺。パッケージには「無燈火蕎麦」と書かれていた。商品を選ぶ最中、周囲がざわついていた。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
黒姫さんはそういうと傍の川に飛び込んだ。程なくして龍の姿になった黒姫さんが現れた。暫く自由に空を舞った後、ゆったりと私達の前に降り立った。辺りからざわざわと声がする。
「乗って。送ってあげるから」
黒姫さんに甘えて私と禰々子さんは黒姫さんの背中に乗ってあららぎ村に帰った。
「ただいま戻りました」
買ったものを抱えて屋敷に戻った。
「おう。大沼が持ってきた分、嘉穂が買ったものだろ? とりあえず氷室に突っ込んだからちゃんと見とけよ」
「え、有難うございます! 生ものなので助かります」
「お、おう……そうか」
私はとりあえず蕎麦、雑煮、おせちで使う分の出汁を取る。具体的には鰹と昆布の合わせ出汁、あご出汁、干し椎茸である。
合わせ出汁はいつも通り昆布を浸して出汁が出やすくなるようにしておく。あごは頭と内臓を取り除……こうとしたけれど、もうすでに処理がされていた。流石青花さんである。だからそのまま水に浸す。干し椎茸は塗れたキッチンペーパーで汚れを拭き取って水に浸す。
「今回は三種類の出汁か」
いつの間にか後ろにいた鬼神様はそう言った。
「そうですね。これらの出汁で蕎麦、おせち、雑煮を作っていきます」
では、良い出汁が出るまで待ちましょうかね。五色鬼達と遊びに行こう。




