閑話 みんなが、仲良くくらす国
――みんなが、仲良くくらす国。
始まりの王が握りしめていたのは、ただ、温かで無垢な願いだった。
みんなで、仲良くくらすために。
――誰かが大事にしているものを、ばかにしてはいけません。
――自分がされて嫌なことを、誰かにしてはいけません。
苛烈な迫害により、疵物の神域まで追い立てられた者達は、ただ、己が抱えるものを大事にしたかっただけだ。
――誰かに嫌なことをされたなら、嫌なものは嫌だと、ちゃんと相手に伝えましょう。
神になどなれない自分達は、自分以外の心の中なんて、覗けやしないのだから。
……それに、降りかかる理不尽を、甘んじて受け入れてしまっては、いつまで経っても、終わらないままだから。
だからこそ、自由を名目に向けられた剣を迎え撃つのは、アレクサンドリアの女王である彼女の、義務だ。
***
一際高い場所に設置された玉座は、広間を見渡すのに都合が良い。
そして、その逆もまた然りだ。
――人、ひと、ヒト。
人族、獣人族、妖精族に魔族――。
茶色、青、黒、金色、それだけではない、様々な色彩の瞳。
好悪の入り混じった、数多くの視線を一身に浴び、それでも彼女は、朗らかな笑みを浮かべた。
「――知っていたわ、初めから」
彼女の王鞘が、浄化の力を有していたことは。
だが、それがどうしたのかと、おっとりと首を傾げれば、彼女に相対していた男は、気色ばんだ。
「エリザベス陛下、聖女の独占など、許されるものではありませんっ!
聖女の力は、皆の為に使われるものですっ!
――そもそも、何故貴女方は、多くの聖女や聖人を害した、先代の王鞘の暴挙を赦したのですかっ?!」
言い募る相手に、彼女は苦笑を零した。
別に彼女は、自分が正義だと言うつもりはないけれど、男の言い分が、事実に基づいている訳でもなかったので。
彼女を糾弾している男は、間違いなく彼女が治める王国の民であったが、男が信じているのは、『教会』の教えだった。
そして、男は、己の信じる『正しい国』を目指して、彼女に言葉の槍を向けているのであった。
彼女の治める国は――アレクサンドリアは、自由と剣の王国だ。
誰が何を信じようと、国主たる彼女は咎める気は無いし、アレクサンドリアの民は、己の自由の為に、王にさえ剣を向ける権利がある。
人の意思は、自由は、尊い。
それは、誰かに妨げられて良いものでも、踏み躙られて良いものでもない。
『教会』の協力を得、『隠された真実』を暴いた男は、声も高らかに語り上げる。
――先代の王鞘は、二十年前、『教会』の聖女や聖人達を害した。
それどころか、聖女の一人を攫い、子を産ませさえした。
……本来、浄化の力で多くの人々を救うべきその子は、その機会を剥ぎ取られ、当代の王鞘として、血と汚濁に塗れた人生を歩まされてしまっている。
故に、アレクサンドリア王家は、希少になってしまった聖女を解放し、『教会』に罪を償うべきだ、と。
それが、『正しい』と信じて。
――そんな綺麗なお題目は、上辺の事実を繋ぎ合わせた、張りぼてでしかないのだが。
男の背後の、己への絶対的な自信からか、神々しくさえある『教会』関係者――の、陰に潜むように佇む『神の目』に、彼女はちらりと目を向けた。
今この瞬間にも、『嘘を暴く』とされる、『教会』の秘術を行使し続けている、その司祭の顔色は悪い。
それも当然か。
――『神の目』は、全き事実を記録するのが役目だ。
しかしながら、その記録の開示には、厳重な禁止事項が幾つも設けられている。
……この様子では、男も、男に協力した枢機卿も、『神の目』の記録に触れるに値しなかったらしいけれど。
彼女は小さく溜息を吐き、大きくなった胎を撫でる。
何時生まれてもおかしくない程育っているが、長命種を含めた、多様な種族の血が入り混じる彼女は、正確な出産時期を測るのが困難だった。
「――地神の巫覡が、浄化の力を有しているのは、そんなにもおかしい事かしら?」
彼女の言葉に、一部の空気がざわりと揺れる。
平静を保っているのは、――神域に、王鞘に、縁深い者達か。
「ウェインは、地神の使徒だから、神域の番人なのよ。
――神域の番人は神の討ち手を弑する役割もあるから、王鞘は戦闘に特化しているけれど、リアは特殊で、紅姫の巫覡としての能力に秀でているだけ。
……神の祝福を受けた人間が、浄化の力を得られるというのなら、巫覡が――神と人との橋渡し役が、神の力の媒介者が、澱を浄化できて何がおかしいの?」
彼女の言葉に、『アレクサンドリアの女王の嘘を暴く』べく発動された秘術の反応は、無い。
当たり前だ。
嘘なんて、言っていない。
その結果に驚愕してか、男が喘ぐ。
「……忠誠を誓った主君すら殺める、気狂いの血族が、どうして、神の力を――」
違う。
「人が、人のままで、人以外の力を扱える訳が無いでしょう?」
紙の上の記述をなぞるかの様な、無機質な言葉は、彼女の意思とは無関係に零れ落ちた。




