表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/88

霊鳥は、うたう

 神経を伝う衝撃に、視界が白んだ。

 それでも身体が動いたのは、リアが――(おう)(しょう)が、そう言うものであったからだ。


 ――主君の(くび)()ねる前に動けなくなるなど、彼等は自らに(ゆる)しはしない。


 リアが腐竜の攻撃に気を取られた瞬間を狙い、観客席から飛来した火の玉が、彼女に直撃したのだ。

 一種の魔導器である黒衣を身に(まと)い、気功術で強化していても、身体に浸透した衝撃を、リアは無視できない。

 そもそも、他の王鞘はこんな子供(だま)しの様な攻撃を受けはしないのだから、これが、所詮(しょせん)(まが)い物でしかないリアの限界なのだろう。

 口元に自嘲(じちょう)(にじ)ませ、リアは自分に突っ込んできた腐竜の(あぎと)から逃れる。

 観客席で騒いでいる聖女様(笑)の取り巻きなぞ、どうなろうとも心底どうでもいいが、足を引っ張られるのは業腹だ。


 ――物語の主人公ならば、分かり合う努力の一つでもしたのであろうが。


 明確に、リアを標的として魔法を行使してきた魔導士を、冷め切った目でちらりと見やる。

 腐竜を目の当たりにしながら、いけしゃあしゃあと仮想敵国の人間を片付けようとする馬鹿に、労力をかける意義など、リアには見出せない。

 周囲を探れば、ヴォルケや護衛が無事であることが分かり、リアは少しだけ安堵(あんど)する。

 クロードは着ぐるみ達と一緒に、地面の上に転がっているが、真竜の血を引くあれがそう簡単に死ぬ(はず)もないので放置である。

 内包する魔力を使い果たし沈黙した《風蓮(ふうれん)》に、リアは(まゆ)を寄せた。


 ――手札が切れた。


 正確には、まだいくつか残っているが、……使った後が不味(まず)い。

 腐竜を自分に引き付けながら、リアは葛藤(かっとう)に顔を(ゆが)める。

 現在進行形で、腐竜を強化している阿呆のおかげで、穏便に腐竜を討つ可能性ががりごり(けず)られているが、それでも、腐竜を退けた結果の戦争勃発(ぼっぱつ)では、何の為に故国を離れたのか分からなくなる。


 ――ぶわりと、腐竜の身体から、紋様が広がった。


 虚空を舞う紋様が、連動するように点滅する(さま)に、リアは総毛立った。

 何が起こるか分からずとも、(いく)つもの死線をくぐり抜けてきた本能が、強烈な警告を発したのである。




 我が君――

 かえると、いったのに――




 そして、鮮やかな、赤。


 突如視界に広がった火炎に、リアは小さく息を呑む。

 そこらの魔導士が扱うものとは、一線を画す威力の炎は、腐竜に編まれた呪詛(じゅそ)を容赦なく焼き尽くしていく。


 顕現(けんげん)しかけた絶望を(はば)んだのは、(たえ)なる旋律(せんりつ)であった。

 この世のものとも思えぬ歌声は、声の主の望むまま、鮮烈な色の炎を呼び寄せたのだ。

 夢幻の様に火の粉が舞い上がる空間を、炎色の翼が()らす。

 滑る様に宙を飛ぶのは、白鳥大の優美な鳥。

 その姿を目にしたリアは、(うめ)くようにその名を呼んだ。


「フィオ……」


 声量が小さくとも、リアの声は耳に届いたのだろう。

 最上位の魔物である《原初の魔》――その一角である《浄火の不死鳥(フェニックス)》は、嬉し気に長い尾羽を振った。

 周囲に散らばった紋様を一掃した火炎は、その勢いを増して腐竜に襲い掛かる。

 腐竜の(のど)から、濁った苦悶(くもん)咆哮(ほうこう)が上がった。

「――何もするなと、言っただろうが……」

 好転した状況に、しかし、リアは苦い声で吐き捨てた。


 ――だって、リアは、フィオに何も返せない。

 フィオに差し出す為のものを、リアは何一つとして、持っていないのだ。

 フィオが、リアに何をしてくれたって、何も返せないならば、自分はあの健気な鳥を利用するだけだ。

 利用して、使い潰して、――そうして、フィオと一緒にいられなくなるならば、何もしてくれなくたって、良かったというのに……。


 奇跡だと、浮かれる声が聞こえ、リアは弾かれるように観客席に目を向けた。

 聖女様(笑)の取り巻きが、己の聖女の為に、神が霊鳥を(つか)わしたのだと、大真面目に叫んでいた。


 ふざけるな


 リアの腹の底から、内腑(ないふ)()じ切れる勢いで濁流が()き上がる。

 白熱を通り越し、いっそ冷え切ってさえいる憤怒(ふんど)は、リアの思考から、瞬く間に不純物を取り除いてのけた。




 あの、優しい生き物は。


 貴様ら(ごと)きが、易々と使って良い存在ではない――




 観客席の愚か者に向きかけた、リアの殺意を引き戻すように、腐竜がもがく。

 闇雲に振るわれた爪は、リアがいた空間を引き裂き、地面に長々と傷跡を付けた。

 火達磨(ひだるま)の腐竜は、だが、しぶとく魔法を発現しようとし、フィオの浄化の火炎に阻まれる。

 観客席には、安堵(あんど)の空気が流れたが、リアは顔を強張(こわば)らせた。


 フィオに、腐竜は仕留めきれない。


 フィオが操るのは浄化の火炎だ。

 本来、(よど)を消し去るに足るそれは、フィオの魔力を(まき)とする故に、(わず)かながらも、魔法を()らうという腐竜に力を与えてしまっているのだ。

 ()み締めた唇に、リアは(てつ)(さび)の味を感じた。


 ……それだけは、切る気が無かった札だったけれど。


 瞋恚(しんい)に燃える瞳で、リアは世界を睥睨(へいげい)する。


 ――フィオを、誰かの都合の良い存在に(おとし)めるなど、誰が何と言おうと、許す気はない。


 その時、リアの熱を冷ますように、優しい風が(ほお)()でた。

『あれが動いたのならば、今この時だけは、我らが動いても問題無かろう』

(へき)(くん)

 良く知る古竜の声に、リアは忌々(いまいま)しさを隠せなかった。

 古竜なぞ、関わらなければどうでもよかったが、碧君だけは、――あまり、好きにはなれない。

「お前が私に何をしようとも、おばあ様の過去は変わらんぞ」

『知っているよ』

 言い捨てたリアの台詞(せりふ)に、風を()べる古竜は寂し気に微笑(ほほえ)んだ。


 幼い頃、リアは、自分に(くく)られた亡者達と、生者の声の区別がついていなかった。

 言葉の意味を理解する前から、リアの耳に届いていた一つの声は、飽きることなく、リアへ、生者の声について諭し続けていた。

 それが、高祖母を養い子としていた、一頭の古竜のものであると知ったのは、物心がついてからの事。


 碧君の行動には感謝しているものの、――リアは、高祖母の代替品ではないのだ。

 守り切れなかった誰かの為のものなど、リアはいらない。

『――だが、今ここで我らが同朋を討たねば、困るのはお前の方だろう?』

「うるさい」

 古竜の言葉の正しさを分かっていたから、リアは不貞腐(ふてくさ)れた。


 本当は、碧君からもう何もされたくないというのに。


 切り替える様に息を吐き出すと、リアは短く言った。

「あの腐竜に、『砦崩(とりでくず)し』で一発かましてくれ。

 ――核から(よど)()ぎ取るのは、()()()()

『――と、言うことだ、ディー、我が背の君』

 碧君の言葉に応える様に、腐竜のものではない重厚な咆哮(ほうこう)が、闘技場に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ