竜は、おそれる
黒い女が、地面を見上げていた。
「――……」
黒瑪瑙の硬質な輝きを持つ、女の長い髪が、空へ向かって流れ落ちている。
髪と同色の瞳は、瞬きもせず、自らが開けた大穴に向けられていた。
「ぺリゼポルカ」
「――ザトゥルン……」
地面と平行するように宙に静止する、何色とも言い難い梟が、黒い女を呼ぶも、女は視線を逸らさない。
魔法による爆炎に炙られた家屋。
人の意思を以て創り出された暴風によって、抉られた地面の土砂。
――攻撃され、激高するままに人間達を迎え撃とうとした、若い真竜達に至るまで。
その空間にあるもの達は、二体の古竜を除いた総てが、時から切り離され、一瞬に縫い留められた様に停止していた。
時空間を掌握する『無色の時司』は、蛋白石の硬質な輝きを宿す瞳を、ゆっくりと瞬かせる。
長い長い時間を生きる彼は、人間達が作り出す建築物には魅了されていたが、その作り手自体には何も関心がない。
極論すれば、いくら人間達が生きようが死のうが、どうでもいい。
住まう者達が消え去った廃墟も、彼は趣があると思っていたので。
ただ、更地になってしまえば、趣も何も無い為、悪いが若き同朋には大人しくなってもらっていた。
――ぶっちゃけると、古竜達が大人しくしている理由には、卵や王鞘の要求の他に、自分達の趣味の場が減るのは嫌だ、という気持ちが結構な比重で含まれている。
彼の伴侶が地面に大穴を開けた理由だって、傍から見れば、かなり情けないものだった。
何があったかといえば、人間達の攻撃の余波で、事が終わった後に読む予定だった書籍が焼失し、それに衝撃を受けて力加減を間違えただけである。
まあ、趣のある貧民街のぼろ屋を、いきなり彼等ごと吹き飛ばそうとした人間達には、彼とて思うところはあるが。
今いるのが、人外に不寛容な国である事を知っているから、攻撃されたこと自体は、怒る気にもならない。
異物を排除するのは、生き物にとって可笑しいことではないからだ。
――けれど。
「ザトゥルン」
溜息の様に幽き声で、伴侶が彼を呼んだ。
「――吾は、これをした人間が、恐ろしいよ」
穴の底、尋常ではない数の不死者が蠢く水路から、目を逸らすことなく、彼の伴侶が呟く。
「生きる為ではない。
守る為ではない。
救う為でもない。
――奪って、壊して、それだけの為の、知恵。
……こんな知恵は、吾は嫌いだ」
失望するように、哀しむように、彼の伴侶は目を伏せた。
「――哀れ、哀れ」
彼の言葉は、目の前の光景を成した者と、死に切れぬ不死者達、双方に対してのものだった。
決して、求めるものを得られない人間と、その無為に巻き込まれ、未だ世界に還れない者達の。
「――呪術を知らぬ者の、なんと、愚かしきことか」
「これをしたのは、世界を書き換えることの代償を、何も、理解していない人間。
あの子と紅姫の方が、ずっと、良く知っている」
伴侶の黒瑪瑙の瞳に、憂いが過る。
――あの子は、喪い続けている、と。
王鞘と言葉を交わした後、考え込んだ伴侶はぼんやりしながら言った。
――愛する者がいなくなれば、全て丸く収まる世界を、書き換える代償はどれ程のものだったのだろう?
それは、彼にも分からない。
世界に近しい真竜達は、呪術に適性が無いし、生まれながらの強者故に、世界を書き換える発想が理解できない。
世界を一つ敵に回そうとも、何を振り捨てようとも、己の願いを貫く激情は、彼等には遠い。
……理解できないから、人間は、余計に恐ろしいのだと、彼は知っている。
遠くない場所で、世界が震えた。
ああ、死んだのに、世界に還れない同朋だ。
人間に屍を利用された哀れな竜の、残骸の哭き声だ。
耳を澄ます彼に、伴侶は、悲し気に言の葉を紡ぐ。
「ここを離れよう、ザトゥルン。
……吾達が、ここでできることは、何もない。
あの不死者達は、呪式の一部。
手を出したところで、世界に還せないし、――もしかしたら、卵に影響があるかもしれない」
だから、彼は何も言わずに、力を振るった。
彼が司るのは、時と空間。
故に、人間達が破壊したものを、元に戻すことは造作もない。
けれど。
彼が戻せるのは、世界を歪めない範囲に限定されているから。
――どうやっても、同朋も不死者達も、救えやしない。
『無色の時司』
時空間を司る真竜。
仮の姿は、硬質な輝きを有する蛋白石の瞳の、常に色彩が変化し続ける故に、何色とも言い難い梟。
黒賢の伴侶。
建築物が大好きで、普段は、黒賢や白姫が図書館等に入り浸っている間に、近くの建築物を見て回っている。
国の技術を結集した壮麗な城も良いが、突貫工事のぼろ屋も味があると思う。
廃墟も趣があるので、仲間内では一番人間の生死に無頓着。
建物が残っていれば、国が滅んでも構わないと考えている。
……逆に、一番ローディオ滅亡フラグを折るのに必死なのは、追っかけ中の物語の作者がローディオに住んでいる、白姫かもしれない。
(食べ物はレシピがあり、音楽は楽譜があるが、物語の続きは作者の頭の中にしかないので)




