物理でタコ殴り
背骨に沿った、滑らかな切断面を晒し、腐竜が地面に崩れ落ちる。
頭頂部から、真っ二つになった身体の、丁度心臓がある筈の部位。
宙に在るリアは、暗く濁った紫の、鈍い輝きに目を止めた。
《風蓮》を振るおうとするも、黒い紋様が紫を覆い隠し、すぐに見失う。
『魔法での攻撃は不可。
腐竜に、力を与えるだけ』
舌打ちしたリアの耳に、黒賢の声が届く。
元々、魔法の素養が無い彼女には、無用の助言だ。
ぎちぎちと関節が軋む音が聞こえるような動きで、完全に戻り切っていない腐竜が、リアに向かって前脚を振り上げる。
遅い。
操る風で不可視の足場を作り、リアは横跳びして、腐竜の爪を回避する。
『物理でタコ殴りを推奨。
魔導器は、攻撃魔法と似た効果を付与させているものは、不可。
でも、《風蓮》は、精霊術に基づいているから、可』
風の刃で、腐竜の前脚を切り落としてやったが、黒い紋様によって、すぐに繋がる。
――腐竜の、復元速度が上がっていた。
『多分、今は慣らし運転。
戦闘と並行して、最適化を行っている』
飄々(ひょうひょう)とした黒賢の台詞に、リアは眉間に皺を寄せる。
『楽に滅ぼせるのは、今の内。
――黒いのを構成しているのは、澱で、紫のが、核。
核を剥き出しにして、浄化して、それから核を壊せば、終わりになる』
簡単に言ってくれるが、物理でタコ殴りしていく端から、腐竜は復元していくのだ。
浄化用の道具は揃えてきたが、腐竜に詰まっている、澱を祓いきるに足るのか、少々不安が残る。
魔法によって届く雌竜の声は、平坦なその下に、煮え滾るものを蠢かせていた。
地面に着地したリアに、腐竜はその咢を開く。
視界の端に、白と赤をくっつけた、黒が見えた。
「――どっせいっ!」
いつの間にか、無駄に大きな木槌を持ったクロードが、腐竜の鼻面へ渾身の殴打を叩きつけた。
そして、強制的に口を閉めることになった腐竜は、地面に激突。
地を揺らす衝撃と共に、腐敗した体躯から、体液が飛び散って。
濃さを増す空気中の澱に、リアは顔を顰めた。
澱に耐性のあるリアやクロード、前もって浄化の首飾りを渡しておいたヴォルケは良いとして、このままでは、観客席の人間達に悪影響を与えてしまう。
「こいや~っ!」
そう叫びながら、クロードはやる気満々で素振りしていたが、側面に『10t』とでかでかと書かれた木槌では、頼もしいとは全く思えなかった。
無論、腐竜を地面に叩きつけたことから分かる様に、ふざけているのは見た目だけだが、一々間抜けに見えるのはどうしたものか。
クロード曰く、木槌の『10t』の模様は、様式美というやつらしい。
彼が振るっている魔導器は、それが異常に強力であることを除けば、単に壊れず、攻撃時に重量が増す効果だけを付与されたものだった。
――国土全体が、高濃度の魔素が凝る竜穴であり、それ故に生息する魔物が強靭なフェルメリアは、独自の感覚を持つ民が多すぎて、奇人変人の巣窟とも呼ばれる。
そのフェルメリア製であるクロードの10t木槌も、いたって真面目に制作された代物だ。
見た目が喜劇か何かのネタの様な魔導器や、威力が高過ぎて、逆に扱い辛い魔法具が、むやみやたらに多いのも、彼の国の特徴である。
まあ、固い鱗を有する腐竜には、下手な鈍らよりも、打撃武器が有効なのは確かであるけれども。
頭に竜モドキ、腰にウサギがへばりつくクロードへ、リアは冷たい目を向けた。
素振りする余力があるなら、腐竜を攻撃しろ。
クロードによって、顔面が陥没した腐竜は、ぎこちない動きで、身体を持ち上げようとする。
斬り落としたり、焼き払ったりした時よりも、復元の速度が遅い。
……傷口からあの黒い紋様が現れるとしたら、潰した肉が、復元の阻害をするのか――。
リアの思考は、しかし、裂帛の叫びによって水を差された。
叩きつけられた鈍色に、腐竜の頭が潰される。
――重金剛製の、蛇腹剣。
それを握る男の姿は、異形と呼んで差し支えなかった。
身体を巡る気脈に沿って、紅い紋様が皮膚に浮かび、瞳には血の色の光がちらつく。
リアが独力では辿り着けなかった、気功術の極致の一つ。
――歴代の王鞘達は、それに名を付けなかった。
堕ちた神器遣いを討つ為には、ヒトの限界を踏み越えるのが当然であったから。
『アルトビャーノの鬼神』、と。
そう呼ばれる男の存在を、リアは耳にしたことがあった。
雇い主が、避難できずに結界内に囚われているのだ(犯人は、そう思っていなくとも)。
護衛としては、腐竜を相手取るしか、なかったのだろう。
栗毛の青年は、容赦なく腐竜の胴に蹴りを叩き込む。
あらぬ方向に首が捩じれ、それでも、腐竜は止まれない。
「ていっ!」
クロードの気の抜ける掛け声とともに、腐竜の背骨が折れる音がした。
容易に止めを刺せないのならば、取り敢えず、動きを阻害する方向で攻撃を続けるつもりらしい。
10t木槌が腐竜を打ち据える度に、嫌な音と共に腐敗した身体がひしゃげていく。
クロードはあまり気分が良くないらしく、いじめか、と、口が動いていた。
本当に、タコ殴りと言って差し支えない状態だが、迂闊に腐竜の行動を許せば、被害は甚大になるだろう。
早く腐竜を止める必要があるリアは、哀れな成れの果てのしぶとさに、舌打ちした。
*10t木槌
クロードが某屋台でお買い上げした魔導器。
自分の魔力で付与効果を発揮するタイプの為、クロードのおこずかいで何とかなった。
付与効果は、不壊と攻撃時の重量増加。
10tとは書いてあるものの、クロードの魔力量では、10tどころではない威力を発揮する。




