忠臣と『神の目』と
色硝子に着色された光が、古惚けた聖堂の床を彩っていた。
王都の片隅に佇む、『教会』の祈りの場には、二人の人物がいるだけだ。
漆黒の、殺し合いを前提とする、無駄を排した装束と、純白の、神に仕える者の為の、儀礼的な装飾が施された衣装。
対照的な衣を纏う二人は、語り合うも、向き合いはしない。
「――どうして、ウェイン伯爵家の血筋は常にこう……」
『神の目』である女司祭は、頭の痛みを堪える様に、額に手を当てていた。
その姿を横目で眺め、リアは鼻を鳴らす。
「私の話を、ローディオ側がまともに聞くと思うのか?
所詮、あちらにとって、アレクサンドリアは都合の良い悪役だ。
何を話そうとも、ローディオに有利になる様に、話を捻じ曲げるに決まっている」
聖堂内の長椅子に凭れたリアは、行儀悪く脚を組み、隻腕で頬杖をついていた。
「……だからと言って、『暴食鬼』の『砦崩し』を持ち出すことは、やりすぎですの」
呻く女司祭に、リアは、皮肉気に口の端を持ち上げる。
「あれは、私のひいひいおじい様向けに調整して作り上げられた代物だ。
私やクロードでは、使いこなしようが無いし、同じ戦果をあげる気も無いから、安心しろ」
ちなみに、『暴食鬼』は、『砦崩し』を用いて、古竜に心的外傷を刻み付けたり、砦を一つ叩き壊したりしていた。
「……闘技場の地面ごと、地下水道を破壊すると宣言されて、一体どうすれば安心できますの……?
人間には、言葉と言うものがございますのに……」
女司祭の嘆きを、リアは艶やかな嘲笑を以て、切り捨てる。
「獣の鳴き声を、言葉と捉える人間がいるのか?
何故、アレクサンドリアが、悪の王国と呼ばれるまで戦い抜いたのか、知らないはずがないだろう、『神の目』。
私達を害獣と認識している者達に、言葉が届かなかったからだ。
死にたくなければ、――喪いたくなければ、アレクサンドリアを侵略しようとしてきた馬鹿共の戦意が折れるまで、戦い続けるしかなかったんだよ」
自らをも焼き尽くしかねない、黒炎を宿した瞳で、リアは、一時手を組んだだけの相手を見据えた。
『悪鬼』の末裔の、苛烈な眼差しを受けた女司祭は、リアの台詞を否定する言葉が無い故に、沈黙を選ぶ。
「棄てられた民の末と言う意味では、私達もフェルメリアと同じさ。
この世に顕現した地獄だろうが、星の加護さえ得られなくなる、疵物の神域だろうが、そこ以外に行く場所も、帰る故郷も無かったんだ。
――なあ、『神の目』、そんな人間が、世界の果てすら追われたら、一体どこへ逃げられる?」
言葉は、初めから届かず。
逃げ場など、何処にもなく。
護りたいものが、手の中に在って。
奪われることを、拒絶するならば、戦う以外の何ができるのか?
そして、どうあがいても退くことのできない戦場では、積極的に敵の戦意を喪失させることが、より早く、戦を終わらせることに、繋がっていた。
「……それでも、出来なかったことと、初めから放棄することは、違いましょう」
「そう考えられること自体は、尊敬してやるよ、『神の目』」
溜息交じりの女司祭の言葉に、リアは、上から目線で、素っ気なく返した。
彼女は、尊敬するだけで、決して、真似をする気はないが。
リアと、相手とでは、抱える信念も、護ろうとするものも、掠りはすれど、重なることはない。
「これからやる予定の事は、確かに伝えた。
こちらは、こちらで好きにするから、お前は、お前の好きにしろ。
――私の邪魔をしなければ、それでいい。
無辜の民でも、張りぼて未満の聖女もどきの駄作でも、なんでも救ってろ」
ぞんざいに手を振るリアに、女司祭は顔を引き攣らせる。
「……張りぼて未満とは……」
「実際、張りぼてにすら、なっていないだろう。
『聖女』どころか、下手な娼婦より性質が悪いぞ、あれは。
まったく、聖女の称号は、一体いつから、紙切れと大差なくなったんだ」
はっ、と、リアは鼻を鳴らし、女司祭に冷め切った目を向けた。
「澱を浄化する能力も無く、癒しの力は気休め程度で、医療の知識も、戦場に立った経験も無い。
次代の母体にしては、選ぶ種も、大したことがないしな。
そんな役立たずに、ぶら下がった名札が、紙切れ以外の何になる?」
辛辣なリアの言葉に、女司祭は顔を顰めた。
「……二十年程前の件では、高位の聖人や聖女達だけではなく、まともな者から死んでいった事は、ご存知でしょうに」
「自分が何をしているかも理解できない馬鹿共が、上層部に生息しているあたりは同情してやる。
――だが、それは、『教会』の自業自得だろうが。
不要な首は、とっとと刈り取れば、手間が掛からずに済んだものを」
「――なりふり構わず、佞臣も敵も殺し尽くした、貴国の『残虐王』が正しいと?」
鋭さを帯びた女司祭の声が、好き勝手に投げかけられた、リアの言葉を払い落とす。
お互いに、相手の信念も、護ろうとするものも異なると、理解し合ってはいたが、それでも、譲れないものは、譲れない。
「死体と憎悪を積み上げる、貴女方のやり方こそが、厄を齎すのではありませんの?」
「護りたいものが、護れないならば、綺麗事にも道理にも、意味などない」
横たわる断絶を知りながら、彼女等が放り投げる言葉は、二人の間の架け橋とはなり得ない。
空虚な確認作業に厭いたのか、女司祭は、気持ちを切り替える様に、長く細い息を吐いた。
「怪我人も死人も、出すことだけは、おやめ下さい」
「こちらが関わることになら、出来る限り保証しよう。
ただ、地下水道の中身については、確約しかねる。
――真竜が、出た」
リアの端的な言葉を、女司祭は、正確に把握したのか、小さく息を呑む。
「王都中に被害を拡大させないよう、約束させたが、卵に手を出した阿呆の身は知らん。
可能なら、澱に対処可能な人員を、呼んでおくことだ。
覚悟も無しに呪術に手を出した、馬鹿の足掻きは、予想外の事が起きやすい」
リアの警告に、女司祭は唇を引き締め、頷いた。




