君に贈る、煌めきは
上品な内装の中で、残念系のウサギと赤竜の着ぐるみは、どうしようもなく浮いていた。
どこぞの怪談の如く、長椅子の影から覗き見している意味が分からない。
……ので、周囲の人間達は、謎の行動をとるウサギと赤竜を、視界から外していた。
「――思い付いたネタが期待した様な話にならないと、自分にも文才が有れば良かったのにと思ってしまうよ」
「う~ん、でも、作家さんって、ウケるかどうかも考えちゃうんじゃないかな。
セイさんが考えたっていう、御伽噺の最果ての妖精が、男を破滅させるネタって、全然夢が無いじゃん。
それ、最果ての妖精が人助けをしてる御伽噺の内容に、掠りもしてないし。
実際にさ、作家さんが最終的に書いた、最果ての妖精の話を悲恋的にまとめた方が流行してるから」
「意外性って、大事だと思うのだけれどねぇ」
「俺、斬新過ぎて、読者が理解できないのもダメって聞いたそ」
のほほんとしたクロードと異国のご隠居との、読み専の悲哀についての会話を聞き流しながら、ヴォルケは目の前のキラキラを睨み付けていた。
透き通る青い石が、金色の台座に嵌め込まれた指輪。
繊細な細工を施された首飾りは、緑の石が印象に残る。
様々な石を、様々な形で用いた装飾品の数々。
独特の輝きを有する魔石によって作られたそれらは、全て、ヴォルケには使用できない魔法を付加された、魔法具であった。
魔法具と一口に言っても、その効果と価格はピンキリだ。
効果が低い使い捨ては、廉価な材料と作成の手間が掛からないだけ安い。
逆に、強力な効果が永続的に期待できる魔法具は、希少な素材と高度な技術が要求される分、それこそ目玉が飛び出る値段になる。
特に、装飾品としても機能する魔法具となると、小さなものに呪式を刻む技術の難易度の高さから、一層高価になる。
それが、最上級の宝石と遜色無い程美しい、高純度の魔石を使用したものなら、尚更だ。
宝石にはあり得ぬ独特の輝きを宿す魔石は、己が内包する魔素の純度を、ヴォルケに対し如実に主張していた。
軽い気持ちで聞いてみた値段に、ヴォルケは本気で眩暈を覚えてしまったものである。
下手すると、それ一つでヴォルケの貯金を吹き飛ばしかねない代物を、不躾な目で物色している者がいた。
異国のご隠居が連れ歩いていた栗毛の護衛は、奥方に贈るという魔法具を真剣に選んでいた。
ご隠居曰く、栗毛の青年の過激な言動で敵が多いのと、奥方の希少な血筋が、良からぬ人間を招き寄せやすい為、護身用の魔法具が必要らしい。
童顔の青年は、しかし見た目に反し、強力な魔物が生息する竜穴を、単独で行き来できる戦闘能力故に、寧ろヴォルケより金はあるようだ。
元々、竜穴で採取される希少な生体素材の中には、ヴォルケの月給より高く取引されるものがあるし、高純度の魔石の値段は言わずもがなだ。
本来、護衛ではなく、竜穴の魔物を専門に狩っている青年に、ヴォルケが敗北感を覚えたって、仕方がない。
竜穴において、単独で魔物を狩っている青年が、リア達並みに異常なのであるのだから。
そもそも、竜穴の素材が希少なのは、それだけ竜穴が危険地帯で、生きて素材を持ち帰ることが出来る人間の少なさ故だ。
給金が自分より年下の人間の収入より低かろうと、軍属の方が安定性は上なのである。
上司に恵まれず、精神の安寧が訪れなくとも。
……その辺りは、思い出すことは止めておこう。
故意に黒塗りにした記憶を突きかけ、ヴォルケは頭を振って、忘却の箱に送り戻した。
人間、忘れた方が幸せなこともある。
因みに、どうしてヴォルケが青年と一緒に魔法具を物色しているかと言えば、成り行きと言うか、売り言葉に買い言葉と言うか。
偶々遭遇した暇なご隠居に、リアとの関係を質問されているときに、ヴォルケが装飾品の類を一切贈ったことが無いと言う話題から、栗毛の青年の奥方への贈り物に話が飛んだ。
満面の笑みで、白金貨が詰まった袋を掲げたクロードに、ヴォルケが切れたのが、決定的であったが。
――おっちゃんのお金が無いなら、ねーちゃんから貰ったお金があるよ、とか、アホか。
女の金で、当の女への贈り物を買うなんぞ、男として終わっている。
そんなこんなで、ヴォルケはリアへの贈り物を探しているのだが、ぶっちゃけ、装飾品や魔法具程度で喜ばれる気がしない。
リアは護衛ではなく、殺し合う類の人間であり、彼女の戦い方は、気功術によるものだ。
無駄な装飾品は邪魔だと言いそうだし、ちゃちな魔法具は不要だと言いそうだ。
ついでに言えば、目の前にある魔法具が、どれもこれも高価過ぎて、泣きたくなってくる。
栗毛の青年が無造作に持っている品など、使い道が特にないせいで、勝手に貯まっていたヴォルケの貯金をはたいても足りないとは、どういうことだ。
全財産をつぎ込んだ贈り物を、要らんと突き返されたら、本気で心が折れそうだ。
何も決められず、ヴォルケがうんうん唸っていると、栗毛の青年が不意に口笛を吹いた。
見れば、闇夜を連想させる黒瞳を感慨深げに細め、青年は耳飾りを摘み上げている。
透明な六角柱の結晶に、白い花弁が封入された耳飾り。
リアに、似合うだろうか。
そんな事を、反射的に思った。
予算と付与された効果ばかり考えていたので、贈る相手に似合うかなど、ヴォルケの頭からすっぽりと抜け落ちていた。
元々、ここ十年程、装飾品を贈る相手など存在していなかったのだ。
ヴォルケが、魔法具としての機能にしか着目してなかったのも、仕方が無かろう。
リアとは似ても似つかぬ顔立ちの、ただ、色だけはそっくり同じ黒瞳が、ヴォルケに向けられた。
「いるか?」
端的にヴォルケへ問うた青年の指先で、花弁を抱えた結晶が、光を弾く。
「あんたは、いいのか?」
「要らん。
――魔石の再結晶化はそれなりに高度な技術だが、これ自体は呪式が碌に付与されていない代物だ。
女房に持たせても、意味が無い」
ヴォルケの確認に、青年は淡々と返した。
魔石と言うのは、大気中の魔素が結晶化したものである。
そして、水が氷や水蒸気に変化する様に、魔素もまたある条件下で液体に変り得る。
この原理は、低純度の魔石から液体化した魔素を取り出し、濃縮することで高純度の魔石に再結晶化させることに使用されている。
まあ、この技術に関しては、割に合う合わないは、地域によって異なってくるのであるが。
具体的に言うと、液体化時にも、再結晶化時にも、ある程度の魔素の損失が発生する為、再結晶化した魔石の魔素は原料に含まれる分よりも少なくなる。
付け足すならば、竜穴や神域などでは、そこらで手に入る様な、低純度の魔石を百使用して作り出したものよりも、遥かに純度の高い魔石が産出されるのだ。
よって、この技術は、ローディオの様に、高純度の魔石が中々手に入らない地域で磨かれてきたのである。
また、再結晶化された魔石は、比較的安全に得られる分、同じ純度の天然物の魔石よりも安価な傾向があった。
――いける、か?
思い切って、値段を確認すれば、大体ヴォルケの貯蓄の半分程度。
使用されているのが再結晶化された魔石だったことに加え、耳飾り自体の保護の呪式以外、何も付与されていないことが大きかった。
何でも、試作品の一つらしく、追加料金を払えば、任意の呪式を後から付与できるらしい。
そうして、考え、考え、ヴォルケは腹を決めた。
どうせ使い道のなかった金だ、半分ぐらいなら、突き返されても浮上はできる。
今にもネタ帳を引っ張り出しかねないウサギを、務めて無視しながら、ヴォルケは控えていた店員を呼んだ。
*某ご隠居の悩み*
御伽噺の最果ての妖精をモチーフにしたネタを思いついて、支援している作家に書かせてみたら、全然違う話になっていたorz
文才が無いから、自分では読みたい話が書けないよ……
・元ネタ
心優しい最果ての妖精は、人々の為に自分の宝物を惜しみなく与え、それが無くなっても尚、渇水に喘ぐ人々を救うために、雨を降らせて消えてしまったとさ。
・ご隠居が思い付いたネタ
御伽噺の妖精は、実は贈った宝物で男を調子に乗せて、破滅させる悪女でしたヒャッハーな話。
お子ちゃまの教育には悪そうだ。
・作家が書いた話
御伽噺の妖精が、愛した男に貢ぎまくって、最期に雨の代わりに消えました的悲恋。
こんなの自分のネタじゃないと不満たらたらなご隠居をよそに、世間的には大流行してしまった。




