平民将軍、引率役を押し付けられる
「――串焼き、揚げ物、サンドイッチもいいな。 甘いのも食べないと。 あ、おっちゃんのおすすめって何?」
子供の様に目を輝かせているクロードに、ヴォルケは何とも言えない表情で頭を掻いた。
クロードの足元では、着ぐるみ達がスキップし、黒猫が尻尾を楽し気に揺らしている。
中々街に出られなかった為、相当浮かれているようだ。
外出を禁じて、思わぬところで爆発されるよりまし、と言うリアの判断も、あながち間違いではないかもしれない。
因みに、只今、リアは不在である。
来る決闘に備え、色々と根回しが必要らしく、残念生物達の引率をヴォルケに押し付け、何やら動いているらしい。
まあ、行き当たりばったりで、破壊工作に走られるよりはましだ。
しかし、思考回路を未だ把握できていない生ける災厄達の引率なんぞ、ヴォルケの手に余る。
周囲から、異国の娘に陥落した情けない男として冷たい目を向けられるのは仕方がないとして、残念生物の暴走の責任など、ヴォルケは負いきれない。
自分は、リアの怒りを買うようなことをしたのかと、ヴォルケが自問自答をしている間にも、クロードは露店から食べ物を大人買いしては、異常な速度で完食していた。
リアからは、露店では使用しない金貨単位での軍資金をたっぷりと貰っているが、初回の両替分が早くも枯渇しそうな勢いだ。
恐ろしいことに、ヴォルケの給金並みの金額が、今日一日だけでクロードの胃袋に消えてしまいそうである。
繁栄を謳歌するローディオ王都の下町は、猥雑な活気に溢れていた。
煉瓦で舗装された道の上には、色とりどりの露店が軒を連ねている。
露店には、新鮮な食べ物の他に、日用品や異国の雑貨、珍妙な品々等々、様々な品物が並んでいた。
所々で大道芸人や、即興の演奏家が己の芸を披露しており、下町の賑わいに花を添えている。
行き交う人々の表情は、それぞれの日常を負って尚、悪いものではなかった。
――ヴォルケの見慣れた、しかし、あっけなく喪われかねない風景。
昨日と同じ今日が、明日も続く思い込みの儚さを、ヴォルケは『災獣』に思い知らされた。
戦争を望む自国の人間が、ヴォルケの部下達を使い捨てようとしているのを感じて。
仮想敵国から来た娘の、戦争を起こさない事への覚悟を見て。
ヴォルケは、自分の立場が悪くなることを承知で、リアに協力することを決めた。
……色々と酷い娘に溺れることも、残念生物達の引率役を押し付けられることも、当初の予定には全くなかったけれども。
「うあ~、平和が一番だ~」
揚げパンを頬張りながら、クロードが奇声を上げた。
屋台メニューが相当好きなのか、食べ続けるクロードの表情は、この上なく幸せそうだ。
ちょっと前に、暗殺されかけたとは思えないほどの能天気ぶりであった。
ふらふらと屋台の間を彷徨い歩くクロードを見張っているうちに、ヴォルケ達は王都にいくつも点在する広場の一つに出ていた。
今日は、劇団が演劇を行っているらしく、広場の中心には、簡易の劇場が設営されている。
王都には本格的な劇場も存在しているが、市民向けの小さな劇団などは、広場で演劇を披露することも多い。
入口近くの大きな張り紙に描かれていたのは、雨の中消えゆく妖精と、彼女に手を伸ばす男の姿。
そう言えば、最近、最果ての妖精の御伽噺を脚色した悲恋が流行っていると、演劇好きの部下が話していた。
正直、悲劇系統の演劇は欠伸が出そうになるが、リアと同じ名を冠する最果ての妖精の話は、少し気になる。
音楽好きの黒猫の耳が動き、物語大好きなウサギが、ぽすぽすと劇場に向かうのをよそに、クロードの視線は広場の片隅の豚の丸焼きに固定されている。
赤竜(?)の着ぐるみの視線は、ずっと、クロードが食べているものに向かったままだ。
残念生物達の自由っぷりに、ヴォルケは顔が引きつりそうになった。
ここにはいないリアに、早く合流してくれと、異能が無い為届かない念を送信する。
竜鍋未遂事件を起こした先祖のせいなのか、残念生物達は妙にリアに対して腰が引けているが、ヴォルケに対しては遠慮もへったくれもないのだ。
「おや? ――暗殺未遂された割には、元気そうだね」
聞き捨てならない台詞にヴォルケが振り向けば、立っていたのは、初老の紳士である。
身に着けている眼鏡も、衣服も、小洒落てはいるが、少しばかり流行っている商家の主人と言った風情だ。
何処か見覚えのある紳士の後ろには、クロードが張りに食べ物を抱えた青年が控えている。
むっつりとした表情の栗毛の青年は、クロードとは違い、手にしているものを仕方なく口に運んでいる印象が強かった。
「あ、ヴィルさんだ。 この前は、食べ物ありがとう」
「別に」
クロードに食料を恵んでやったことがあるらしい青年は、実に愛想が悪い。
リアと同じ色であるからか、あどけなさの残滓が残る青年の、深々とした黒瞳が、ヴォルケには不思議と気にかかった。
「――あ」
思い出すのが遅い、と、ヴォルケは自分で自分に突っ込む。
――暗殺未遂事件時に居合わせた、異国のご隠居と、その護衛だ。
正直、聖女(笑)とその一行の印象が強すぎて、いまいち記憶に残っていなかったけれども。
「……お忍びでしょうか?」
「そんなところだね」
ヴォルケの問いかけに、異国の先王は朗らかに笑った。




