決闘をすることになりました。
「――取り敢えず、うっかりに見せかけて、闘技場の地面をぶち抜け」
「ねーちゃん、それ、殺す気に見られると思うんだ」
緊張感の感じられない親戚同士のやり取りに、毎度のことながら、ヴォルケは頭が痛くなってきた。
折角煩い連中から逃げられ、ヴォルケの部屋に戻ることが出来たのに、一息つく暇もありはしない。
「あのなあ、決闘の話が何で地面に穴を空ける話になるんだよ……」
幻の暗殺集団によるウェイン伯爵家及び平民将軍暗殺未遂事件のどさくさで、ヴォルケ達三人の中の誰か一人が、聖女(笑)の取り巻きその一(?)と決闘する羽目になっていた。
何が原因かと言えば、リアが無意味に相手を挑発したせいだと思われる。
初めからリア達を悪と定義付ける聖女(笑)一行には、ヴォルケもイラッときたが、何故むやみに喧嘩を売る。
暗殺未遂はさておき、正義の味方モドキの発言にいちいちことを荒立てていては、戦争回避の目標が遠のく気がするのだが。
ヴォルケの突っ込みに、リアはにぃっと口の端を吊り上げる。
……何というか、リアの表情が悪役そのものだ。
『アレクサンドリアの悪鬼』だけに。
「馬鹿共のお陰で、いい機会が出来たんだ。 有効活用しない手はない」
「……お前、決闘を狙っていたのか?」
「あわよくば、な」
訝しがるヴォルケにそう言うと、リアは懐から掌大の箱を取り出す。
生体素材で作成されたと思しき箱は、魔方陣に似た紋様が刻まれていた。
「見ろ」
リアの言葉を鍵として、箱の上の空間に淡い光が舞い散る。
舞い踊る光の粒子は、瞬く間に精巧な像を形成した。
「こりゃあ、王都、か?」
驚くヴォルケに、リアが一つ頷く。
見覚えのある、小さな城を中心とした、これまた小さな建物群の集合体。
よく観察すれば、ヴォルケが目印としている広場や時計台と言ったものも、きちんと存在していた。
空間に浮かび上がった、ローディオの王都の幻影は、恐ろしいほど精確だ。
「あのさあ、ねーちゃん、闘技場ってどこだっけ?」
クロードの問いに、リアは箱をひと撫ですることで答える。
王都の幻影が崩れたかと思うと、次の瞬間、闘技場を中心とした一区画の像に切り替わった。
王都の端の方にある闘技場は、円形で中がすり鉢状になっており、肉食獣や魔獣を戦わせる闘獣や、大々的な決闘が行われる場所であった。
決闘なんて、別にどこでやろうとヴォルケは構わないのだが、聖女(笑)の取り巻きその一(?)は闘技場でやりたいらしい。
皆の前で化けの皮を剥いでやるとかと、勝手に息巻いていた。
また、聖女(笑)は神の加護がと、祈るように手を組んでいたが、その振る舞いが出来の悪い魔道人形を見ているようで、ヴォルケは心底気持ち悪かった。
飛んでいる虫を観察するような目だったリアではないが、ヴォルケには聖女(笑)一行と分かり合える気がしない。
「……闘技場の下にあるのはなんだ?」
闘技場、と言うか、区画の全体像の下に、何やら蜘蛛の巣のような管が存在していた。
何だかよく分からないそれは、闘技場の下では悪質の腫瘍の様に膨らんでいる。
「地下水道だ。 ここに、高濃度の澱が凝固している。 ――本来、そうなる前に気が付かれてしかるべきなんだがな」
リアの表情には、分かりやすく呆れが浮かんでいる。
「遷都時に建設されてから、二百年以上増設を繰り返していても、本来、不具合が起きたら分かる様に呪式を構築してきた筈なんだ。
皆殺しになっていなければ、管理者達もグルなんだろうな。
……或いは、役目を放棄して久しいか、だ」
「教えてやれよ」
「どうせ濡れ衣を着せられるんだ、面倒臭い」
ヴォルケの突っ込みに、リアは投げやりに答えた。
そんな事を無いと言い切るには、アレクサンドリアの悪名が轟き過ぎて困る。
先祖代々、敵対した相手に容赦がなさすぎなのだ。
「この国の人間達が、凝固した澱を見つけられないならば、見つけさせるしかないだろう。
闘技場の地下空間が、一番地表に近いからな。
決闘中、うっかり地面をぶち抜いてしまえば、無駄な工作もしなくて済む。
それに、大勢の目に触れてしまえば、敵方の隠蔽も防げるだろう?」
リアの作戦が、豪快過ぎる。
闘技場の地面ごと、地下水道を破壊するとか。
一応、闘技場は国営だから、公共施設なのに。
だが、ローディオでのアレクサンドリアの評判は、ぶっちゃけ良くないため、聖女(笑)の取り巻きその一(?)との決闘を行うとしたら、さぞ野次馬が集まるだろう。
敗者となった仮想敵国の人間を嘲笑って、留飲を下げる為に。
何百年経とうとも、『教会』側の人間達に悪感情を残す程に、聖戦時のアレクサンドリアの戦いぶりは激烈だった。
「……そもそも、どうしてそんな出来のいい魔法具が作れるんだよ」
ヴォルケが箱を指差せば、リアは眉をあげてみせた。
「神域と言う生体素材の宝庫があるのに、有効活用しないなど馬鹿だろうが。
地神におんぶにだっこの、シルワではあるまいし。
それに、敵を知り、味方を知れば、百戦危うからずという言葉を知らんのか?
仮想敵国の情報収集は基本だろう。
まあ、これに関しては、元から蓄積していたものに加えて、黄君や碧君からの情報も加味されているがな」
アレクサンドリアの情報収集能力が、怖すぎるのだが。
ローディオの民であるヴォルケさえ知らない情報を、リアはどれだけ握っているのだろう。
隣の大陸に在るアレクサンドリアの事を、ヴォルケはろくに知りもしないのに。
「でもさあ、ねーちゃん、うっかりで地面をぶち抜くって、無理があるんじゃね?」
難しそうな顔をしたクロードへ、リアはじろりと目を向けた。
「クロード、お前がやれ。 私には無理だ」
「へ?」
端的すぎるリアの指示に、クロードが首を傾げる。
「私では、『暴食鬼』の『砦崩し』は持ち上げられないからな」
肩を竦めるリアに、クロードはあんぐりと口を開けた。
……何故か、ヴォルケの視界の隅で、着ぐるみ達が頭を押さえて、ぷるぷると震えながら蹲っている。
「……え、『砦崩し』って、竜鍋未遂事件でもねーちゃんのひいひいじいちゃんが振り回してたってやつだよな?
ほんとに砦を崩しちゃった、アダマンタイト製の有り得ない大きさの剣? だって聞いたけど……。
そんなの、対人戦で使っちゃ駄目だろっ?!」
なんだそれ。
引き気味のクロードを見て、ヴォルケはげっそりする。
リアの先祖の人外ぶりが酷すぎて、ヴォルケの想像力が追い付かない。
リアも十分怪力だと思っていたが、その彼女でも扱えない武器とは、どんだけだ。
クロードの反応を、リアは鼻で嗤った。
「相手方は、決闘で家宝とやらの鎧を使用するらしいぞ。
ローディオで一番の防御力を誇る魔導器だそうだ。
――なら、ウェインが所有している中で、一番物理的威力が高い武器を持ち出して、何が悪い」
ローディオとアレクサンドラでは、武器や魔導器に求められる性能の基準が、根本的に異なっている。
対人装備の相手に、対魔獣、それも、神域に生息する魔獣を前提とした武器を持ち出すなど、問題以外なかろうに。
一体、どんないじめだ。
「どうせあれは、クロードには扱いきれる代物でもないからな。
うっかりでの事故を起こすには、丁度良い」
「うえ~」
だから、どんだけだ。
真竜の血を引くクロードでも扱いきれないという武器に、ヴォルケは遠い目で思いを馳せた。




