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地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


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閑話:鞘を咥える赤竜が招くのは

『――赤竜が参加者の証となります』


 手紙に書かれていた文章は、そう締めくくられていた。




 ローディオでも有数の商会の長である彼の元へ届けられたのは、差出人不明の、白い封筒であった。

 一目で最上級の品であると分かる封筒には、差出人の名前の代わりに、こう書かれていた。


 ――八十三年前の、利子の取り立ての代わりに。


 悪戯だろうかと訝しがる部下を言いくるめ、彼は独りで、封筒を開けることにした。

『利子』に関わる事柄は、彼の祖父や父親から、きつく言い聞かされてきた、公にはできない秘密であったので。

 部下達を追い払った執務室で封筒の封を開ければ、出てきたのは仄かな光を発する花弁を()き込んだ便箋だ。

 ローディオでは貴族でもしない贅沢に、彼は顔を引き()らせた。

 魔素(マナ)の濃度が濃い地域にしか生育しない霊花は、効果の高い霊薬の原料となる為、普通、紙の飾りに使うような代物ではないのだ。

 第一、紙より薬の方が、遥かに儲かる。

 美しい便箋に相応しい、流麗な文字で(つづ)られた文章を、彼は慎重に読み始めた。


 内容はこうだ。


 ・『債務者』達の交流の為に、宴を開催するので、是非とも参加してほしい。

 ・宴での服装の規定は仮装とするので、好きな服装で来てもらって構わない。

 ・事前に参加の有無を確認することはなく、指定した日時に、会場に集まってくれればいい。

 ・その際、『赤竜』が参加者の証となる。


 手紙に書かれた文章を、何度も何度も確かめた後、彼は深々と溜息を吐いた。

 宴の参加者の証である、『赤竜』。

 それには、嫌と言う程覚えがあった。


 ――鞘を(くわ)えた、赤き地竜。

 その紋章が描かれた契約書は、昔々彼の家族を地獄の淵から救ったが、同時に、いつか彼を破滅に追いやるかもしれない代物でもある。




 彼の曾祖父の代の話だ。


 当時、中堅の商会を運営していた曾祖父は、友人と思っていた人間に騙され、多額の借金を背負う羽目になった。

 そのままでは、商会を手放すどころか、妻子までもを売り払わなければいけないところまでいってしまったらしい。

 そんな曾祖父の元に、黒衣の青年が現れたという。

 ローディオでは珍しい、漆黒の髪と瞳を持つ青年は、彼の曾祖父にある取引を持ち掛けた。


 ――金は出そう。

 だから、商いを、その才覚に見合うだけの規模に広げて見ろ、と。


 あっけなく騙されるような人間に、けれど、曾祖父の才能を確信しているかのように、青年はそんな事を言ってのけた。

 アレクサンダーとしか名乗らなかった青年に、曾祖父は詐欺を疑ったらしいが、最終的には、青年との取引を呑まざるを得なかった。

 曾祖父が心底愛していた妻子を苦界へ追いやるくらいなら、悪魔に魂を売った方がましだという心境であったらしい。


 結論から言うと、青年は悪魔ではなかった。

 けれど、優しいとも、形容しがたかった。


 莫大な借金に利子はなく、定期的に支払いさえすれば、その都度の返済金額も自由。

 ――だが、契約時に提示された条件に背けば、財産の一切合切を失うことになる。

 そう言う、契約であった。

 しかも、この契約は、借金が完済されない限り、子々孫々に至るまで有効なのである。

 遺産相続の権利を丸ごと放棄しない限り、彼が契約から逃れる術はなかった。


 この契約を、公にするな。

 借金を、踏み倒すな。

 ――自分達の、敵になるな。


 履行を求められたのは、たったそれだけ。

 ある意味、単純で、公平な取引ではある。

 普通ではないのは、取引相手が恐ろしく気が長く、先祖や己の言葉に忠実であることぐらいか。

 通常、曾祖父の時代の契約を、曾孫の代まで持ち越すことはあり得ないのだ。


 ()(もた)れに背中を預け、彼は天を仰いだ。

『債権者』が何を考えているかは知らないが、彼には、取引相手からの申し出を拒絶する度胸はないのである。

 いくら取引相手が姓を出さなくとも、世代を代えつつ八十三年も付き合いがあれば、朧気ながらも察するくらいは可能だ。


 ――鞘を(くわ)えた、赤き地竜。

 竜を用いた紋章はそれなりに在るが、鞘は紋章に用いられることはめったにない。

 そんな特徴的な組み合わせの紋章を、家紋として用いるのは、隣の大陸に存在する一族だけである。

 ……また、その一族の中でアレクサンダーと名乗ることが出来るのは、当主の男だけだった。


 ――自分達の、敵になるな。


 それを条件とした彼らは、己の敵に容赦がないことで有名だ。

 ――『悪鬼』と呼ばれる程なのだから。


 と、手に持つ便箋が、ぼうっと光りだし、彼は瞠目した。

 見れば、紙に()き込まれた花弁の光が、更に強いものとなっていた。

 光は花弁から分離すると、便箋の上で新たな文字を形成していく。


 ――契約違反者が、発生致しました。


 あっけにとられる彼の目の前で、青い光はさらに文章を綴る。


 ――交流会の会場と、日時が変更になります。


 そうして、便箋に記載されていたものとは異なる日時と開催場所が浮かび上がり、――彼が記憶したのを見計らう様に、光の文章は消え去った。


 自分がどれ程固まっていたのか、彼には定かではない。

 部下のノックの音で我に返ると、彼は慌てて机の抽斗(ひきだし)に便箋を押し込んだ。


 ◆◆◆


 ある日、ローディオの老舗の商会の一つが消滅した。


 広く武器を扱っていたその商会は、『教会』を通して結んだ契約を破った結果、財産の全てが、『教会』名義に書き換えられたという。

 それは、五十年程前に、先々代の長が借入の際に行った契約であった。

 無利子、そして、非常識に長い返済期間に対する条件が、今回の罰則であったようである。

 条件が条件であるだけに、契約相手への非難はほとんどなかった。

 借金を踏み倒さない限り、罰則を受けるようなことはなかったのだから、当然だ。

 それから、潰れかけた商会を立て直した先々代とは違い、ドラ息子で有名だった当代は、決して、浮き上がってはこられまい。

 神の名の下に行われた契約を破ったのだ。

 それも、幾つか種類がある中でも、最上級の、最も金がかかるが、『教会』が威信をかけてその履行を保証する類の契約である。

 唯一神を広く信仰するローディオでは、そんな契約を破ることは、信用を底なし沼に投げ捨てる様な行いなのだ。

 商会の当代は、『教会』の活動地域内では、何処へ行こうと、まともに相手をしてもらえないことが確定したようなものだった。

 そして、神の名を穢した縁起の悪すぎる商会もまた、存続しようにもできなかった。

 そんな商会と取引したがる人間が、ローディオ国内にいる訳が無い。

 幸いと言うべきか、暴君だった当代の指示に従わざるを得なかっただけの従業員達は、何も悪くないため、『教会』が責任を持って面倒を見るらしい。

 更に、『教会』のものとなった商会の財産は、然るべき手順を以て、処分されるそうだ。


 ――全てを失った当代は、赤竜の紋章付きの契約書など、見たこともなかった、と、証言している。


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