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地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


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文化の庇護者

「いたいよ~。 ねーちゃんがひどいよ~」

「早く、殴る必要が無くなれば良いわね」

 頭を押さえてしゃがみ込み、しくしくと泣き真似をする遠縁に、女伯爵は冷たい目を向ける。

 悪鬼の一族は、教育を肉体言語に頼る模様だ。

 脳筋専用武器を扱うだけに、教育の方も脳筋仕様らしい。

「――横領するくらいなら、どうして、――どうして、『虚無の聖女』を売ってくれなかったんだ……。 『虚無の聖女』なら、言い値であっても買い取ったのに……」

「魔石の横領犯と、絵画の管理に関わる役人共は別だろうが。 国有の財産を上の指示を仰がずに売り払う馬鹿なんて、そうそういてたまるか。 それに、普通は、絵ごと壁をぶち抜く人間を想定する方がおかしいだろう」

 苦悶の声を上げる雇い主に、ヴィルが呆れたように突っ込んだ。

 それはそうだろう。

 ローディオで一番警備が厳重で、修復にも高額な費用が掛かるであろう場所で、わざわざ、壁をぶち抜くやつの気が知れない。

「……ふ、不幸な、事故だったんだ……」

 己の意思とは無関係に、王宮の一部を損壊してしまった青年は、挙動不審に目を逸らした。

 しれっとした顔の女伯爵とは違い、遠縁の青年の方は悪いとは思っているらしい。

「まあ、魔石の横領に関しては、ローディオ国内の管轄で、私達が関わるべきことではありませんね。 絵画の修復に関しては、アレクサンドリアから人員を派遣することもできますが」

「悔しいけれど、下手な人間に任せるより、アレクサンドリアの文化の庇護者を頼った方が確実だろうね……」

 女伯爵にとてもとても残念な目を向けながら、好事家の男は溜息を吐いた。


 広く知られる悪鬼の二つ名の印象からは程遠い行動であるが、ウェイン伯爵家は芸術に随分と金をつぎ込んでいた。

 見どころのある者を見つけては、惜しげもない援助を与え、いくつもの才能を開花させるのに一役どころではなく買っているのである。

 しばらく前にジャネタの雇い主が拾い上げた細工師もその口で、彼が作り上げた逸品のあまりの美しさに、ひと騒動があった程だ。

 しかしながら、歴代の王鞘がこよなく芸術を愛していたかと問われれば、そんなことはない。

 また、彼らに、アレクサンドリアの文化を振興させるといった高尚な志が存在している訳でもない。

 ウェイン伯爵家で余って仕方がない金を世に還元する際に、一番手軽だったのが芸術という形であっただけだったようだ。


 ――主君に献上するのに、相応しいものを。


 それが、王鞘が芸術家達を支援する時に提示する、唯一にして絶対の条件であり、全くぶれない主君への忠誠を端的に示していた。

 件の細工師は何をとち狂ったのか、女王への献上用の宝石で王鞘への首飾りを作成し、愛を乞うたせいで、問答無用で叩きだされたと言う。

 献上された作品を叩き返したうえでの国外追放の処置は、あるいは細工師の腕への敬意であったのか。

 ……王鞘は、細工師の前では巨大な猫を被っていたに違いない。

 芯の強さを秘めているが、儚げで、目を離すと今にも消えてしまいそうな女性とは、一体ドコのダレなのだ。

 ――高価な装飾品には大して興味がないジャネタでさえクラリとさせ、アルトビャーノの王妃を始めとした多くの人間を狂わせた、紅玉の首飾り。

 それを差し出されて尚、細工師にくれてやるものは何もないと言ってのけ、求婚者の心をへし折ったことに関しては、王鞘を素直に尊敬できるけど。


「……少なくとも、その絵画の管理に関わった者に関しては、魔石の横領犯と癒着していた可能性が高いと思われますの」

 必死の形相で修道服姿の青年の口元を押えていた『神の目』が、口を挿んできた。

『神の目』が青年に言い募っていた、女性には言ってはいけない言葉がとかと言う台詞は、絶対女伯爵にも聞こえていたと思うが、女司祭は素知らぬふりである。

「魔石を然るべき場所に配置すれば完成する、陣が既に構築されていますもの。 これは、人目を誤魔化す為のものかと」

 魔法的素養の無いジャネタは、聞きかじっただけで、本物を判別できないが、破損したら困る絵画の額は、大概魔法具としての機能を有するらしい。

 そして、こういうものは、絵画を入れた後に、魔法具として完成させるための仕上げをするという。

 永続的に魔法効果が持続する魔法具と言うのは調整が難しく、一歩間違えれば、絵画を入れられない額と言う、無意味な代物が爆誕しかねないからだ。

 それ故に、魔法具になる一歩手前の状態で額が放置されていたなら、仕上げをする技術者が怪しいということになる。

「ていうかさ、わざわざ魔石の横領なんかしなくても、灯りに使っている魔石を回したら、それなりの量になるんじゃね?」

「クロード、無茶を言わないの。 アレクサンドリアの王城で灯り用の魔石を必要としないのは、結界の陣に組み込んだ、地脈からの魔素(マナ)を流用しているからよ」

 首を傾げる遠縁を、女伯爵が(たしな)めた。

 神域のお隣と言う王都の立地は、魔物の危険性はともかく、労無く使える燃料が無尽蔵にあるということだ。

 アレクサンドリアを疎む国や人間は多くとも、数百年の長きに渡り、彼の国が独立を保ち続けたのは、故なきことではないのだ。

 因みに、アルトビャーノの王城の灯りも地脈からの魔素(マナ)を利用したものであるが、この仕組みが使用できるのは、魔素(マナ)が濃い神域や竜穴が近くにある場所に限定される。

 生憎と、ローディオは魔素(マナ)の濃度が乏しく、灯り用の魔法具を使おうとすれば魔石に頼るしかないのだ。

 その一方、アレクサンドリアやアルトビャーノでは重大な問題である魔物の害が、ローディオでは比較的少ない為、何事も良し悪しである。

「――アレクサンドリアの陰謀だっ! 魔石を奪って――」

「神域から高純度の魔石が産出されるというのに、どうして手間をかけてまで純度の低い魔石を他国から持ってくる必要があると? そのような時間と人手の浪費をするぐらいなら、他のところへ振り分けますよ」

 空気と化していた、聖女様(笑)の取り巻きその一の言い掛かりを、女伯爵は鼻で嗤った。

「それに、アレクサンドリアの民には魔力の高いものが多いですから、魔石が無くとも、戦略級の魔法を放つことには問題ありません。 質の悪い他国の魔石など、わが国には不要なものです」

 多種族国家の二つ名の通り、アレクサンドリアには多くの種族が存在している。

 その中には、他国では魔物扱いされることが多い魔族も含まれていた。

 魔族は、その名の通り、魔法に秀でた種族である。

 人族より多くの魔力を保有し、身体能力にも秀でた彼らの切り札の一つが、血によって受け継がれる血統魔法だ。

 習得に血筋と言う厳しく、絶対的な制約が課された血統魔法は、強力な効果を発揮し、過去の戦争でも猛威を振るったという。

「いちいちアレクサンドリアを疑うよりも、もう少し足元を見たらいかがですか?」

 異国の第一の忠臣は、そう言って口の端を吊り上げる。

 どことなくヴィルを彷彿(ほうふつ)させる娘の表情に、ジャネタは回れ右をして走り去りたくなった。


 怖い。

 近付きたくない。

 ――可愛いとか、儚げとか、あり得ないから。


「どこにでも、己の利益のために故国を破滅させる輩はいるものですから」


 災厄の星を負う黒衣の娘は、凄絶なまでの笑みを浮かべた。


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