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地獄の底に咲く花は  作者: 詞乃端


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癒しの拳

 ――氷竜の攻撃が直撃して尚、戦闘を継続することが可能だった。


 嘗ての王鞘のトンデモ情報は、かなり軽い感じで語られた。

 少なくとも、口にした青年は事実だと思っているらしく、徒人には致命傷を与えられる凶器を持った娘に対し、心の底から不思議そうに首を傾げている。


 ――最弱の竜の眷属であっても、氷竜と呼ばれる存在の攻撃が直撃したら、まともな人間は普通に死ねる。


 まあ、鉄製の剣が刺さらない青年も、悪鬼呼ばわりされる王鞘も、普通の括りには入らないのだけれど。

「クロード、私をひいひいおじい様と同一視させかねない様な事を言うのは、止めてくれない? 私は、歴代の王鞘の中でも最弱の自信があるから、一番力が強かったひいひいおじい様と、比べられても困るわ」

 当代の王鞘は肩を竦めてそう語るが、代々の先祖より弱いことと、彼女が暗殺者より弱いこととは、また別の話なのである。

「まー、ねーちゃんがひいひい祖父ちゃんより弱いのは事実だけどさ。 ――ねーちゃん、こんなんで死ぬのか?」

 ごくごく当たり前の様な顔で、青年は目の前の娘が持つ凶器を指差した。

 青年に問われた方は、ふっと、笑みを浮かべた。

「――私は、然るべき時まで、死ぬことは許されていないわ。 ……でも、そうね、私を殺したいというのなら、そんな玩具の様な魔法具よりも、戦略級の殲滅魔法を使った方が確実でしょうね」

「だよな~」

 あはは、と、青年は能天気に笑っているが、一個人を殺す為に戦略級の殲滅魔法を使用するのは、余りにも過剰だ。

 魔導士が束になった上で、大量の魔石を消費して発動する彼の魔法は、勝敗を決する為の戦場で使用してこそ、対費用効果が釣り合うのである。

 ……玩具程度の魔法具しか手に入らない暗殺者を、馬鹿にしているのか。

 はたまた、自分には戦略級の殲滅魔法を使わせるだけの実力があると、(おご)っているのか。

 発言した隻腕の娘の意図は、いまいち不明だ。

 だが、二人の態度を、自分達を馬鹿にしたものだと解釈したらしい。


「――ふざけるなっ!」


 声を荒くしたのは、聖女に侍っている青年の中の一人だ。

 怯えた様子の聖女を庇うように、ローディオ貴族に多い、金髪碧眼の青年は前に出る。

「ん? ふざけてないぞ? 本当のことを言ってるのに、何で怒るんだ?」

「貴方のそういうところが、ふざけている様に見えるのでしょう」

 訳が分からないと首を傾げる遠縁に、当代の王鞘は淡々と突っ込む。

 貴族にあるまじき程に言動が幼い彼女の遠縁は、だが狂人揃いだという王鞘の一族の評価によって、『比較的まとも』と認識されている。

 王鞘とその遠縁の言動に、神経を逆撫でされたらしい。

 若き貴族は、大股に途方に暮れる暗殺者に近づくと、彼女が手に持つ剣を取り上げた。

「こんなもの――」

「――ちょっ?! 死んじゃうぞ、お前っ!!」

 鈍い光を放つ刃は、あっけなく貴族の青年の手を傷付けた。

 慌てたような声を上げる遠縁に対し、黒衣の娘は軽く目を眇めるのみ。

 愚行を犯した当人は、手に持つ剣が、『人間ぐらいなら殺せる』ものだということを、理解していなかった。


「――いっ、かっ――?!」


 変化は、劇的だった。

 息も絶え絶えに、金髪の青年が崩れ落ちる。

 剣に塗られた、毒の効果だ。

 魔物との最前線に配属された平民将軍ならある程度猶予があったが、何の鍛錬もしていない宮廷貴族では、ひとたまりもないに違いない。

 聖女が、悲鳴を上げた。

 聖女の周囲にいた青年達は、動揺するのみ。

 どうやら、今まで毒で死ぬ人間を見たことがなかったらしい。

「あーっ! 何やってんだよっ?! 鉄の剣でも、人間ぐらいなら殺せるって、言ったじゃんっ!!」

「自殺でしょう」

 大声で騒ぐ遠縁に、王鞘はさらりと告げた。

 娘の深々とした黒瞳には、怪我人への心配ではなく、冷徹な観察者としての光が浮かんでいる。

「し、白うった~んっ!!」

 黒衣の青年の叫びに、白いウサギはシュビッと敬礼した。

 腰を落とし、何やら構えを取るウサギは、再び白い光を放ち始める。

 先程と異なるのは、ウサギが放つ光が、その拳に凝縮されているところか。

 ――治癒魔法を発動するつもりなら、何故短杖を使用しないのか。

 それを誰かが指摘する前に、ウサギが動く。

 ぽすぽすぽすっと、気が抜ける足音を立てながら、ウサギは倒れた青年貴族に駆け寄った。

 眩い輝きと共に、小さな拳が降り抜かれる。


「……え?」


 死にかけの青年の身体が、宙に舞った。

 ウサギが、力いっぱいぶん殴った結果である。

 ……誰がどう見ても、瀕死の人間に止めを刺した図であった。


 が。


「――き、貴様っ――っ! ……なっ?」

 ウサギの拳から移った白い光に包まれたまま、床を転がった青年は、すぐさ起き上がり、ウサギを怒鳴りつけた。

 だが、己の身体に異常がないことに気が付き、困惑したように自分の両手を見下ろす。

 どうやら、ウサギは青年を殴ることで治癒魔法を発動させたらしい。


 ――殴って治癒魔法をかけられるのなら、さっきは何故短杖を使用したっ?!


 多くの者の心に浮かんだ疑問は、当然のものであったが、ヘンな構えをとるウサギに気力を奪われ、誰も口に出せない。

「わはははっ! 凄いだろ! 白うったんは武闘派魔女っ娘でした~っ!!」

「クロード、何なの、その設定?」

 どや顔で高笑いする遠縁に、王鞘は冷め切った目で突っ込んだ。



「癒しの拳」:

白うったんが嫌いな相手を仕方がなく癒すときに使用する技。

殴ったダメージも癒せるため、白うったんも心置きなく殴れてスッキリ☆


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